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カテゴリ:小説感想
柳作品2つめ。一つ目は『贋作「坊っちゃん」殺人事件』(感想はこちら)
〔どれ読もっかな~~〕で検索しながら柳さんを久々にチョイス。他の作品のタイトルもアマゾンに並ぶ。いんや~柳氏、タイトルが逸脱しているもの書きさんでらっしゃる 2003年7月、単行本発刊。2006年10月、文庫本発刊。 第二次大戦が終わった夜、原爆が生まれた砂漠の町で一人の男が殺され、混沌は始まった。 狂気、野望、嫉妬、憐憫 ...天才物理学者たちが集う神の座は欲望にまみれた狂者の遊技場だったのか。 そしてヒロシマ、ナガサキと二つの都市を消滅させた男・オッペンハイマーが残した、 謎の遺稿の中で、世界はねじれて悲鳴を上げる。 ウィキペディアによると、柳氏の作品は歴史上の作品や人物に関わるものが多いという。 本作も然りで、原爆の父と言われたロバート・オッペンハイマーが登場する。 唯一の被爆国である日本の、その日本人が加害者のアメリカからの目線で描いた作品。 アメリカ国民、しかも原爆を作り出した人々から見た戦争とヒロシマ・ナガサキの思い、考え方。 大変興味深い設定でありました。 日本人が語り継ぐべき現実としてのノンフィクションではなくて、第三者からの目でもない。 ”加害者”と言われる人たちから見たヒロシマ・ナガサキの悲劇という歴史とフィクション(だよね?)の殺人事件が絡み合う。 散々語られた隻眼の少女なる人物の正体と、オッペンハイマーに繋がるものは理解したものの、結局はオプションという点でしかなかった自分に、軽い失望。 殺人事件の結末も、ミステリ小説とするとちょっと拍子抜けするような、作品に対するがっかり感。 オッペンハイマーが何故”友人・イザドアになりきってこの作品を書き上げた”のかということは〔自分以外の視点から、正気と狂気を書きたかったのか?〕程度でしか分かりませんでした。 自分の想像力の無さにORZ 殺人事件については正直〔えー〕でしたが、原爆を扱う作品としては奥が深いものでしたから、他人の目線で解釈して”翻訳”されて、ぴったりだったのかもしれません。 ちょっと批判してしまいそうになるところが多かったんだけど、それはミステリ小説として読んでしもたからであって、被爆関係だけだと思えばよかったのかな。 いや~、本格ミステリってあったけどね、私はちょっと...(* ̄∇ ̄*)てへ。 読み難かったという点も、まぁ...否めんか 登場人物それぞれの心情が詳しく書かれていて、フィクションだとは思えない。 事件の結末も、この原爆をモチーフにしたところから皮肉に起きてしまうものであったことを考えると、上手く結びつく。 (犯人)と私たちの、いったいどちらが正気なのだ? 解説にも有栖川氏が書かれています、ジレンマだと。 隻眼の少女が”案内”するファンタジックな形で描写されるヒロシマの惨状を見る科学者の、苦悩が緻密に描かれていました。 日本人だからこのジレンマをどうこう言うわけではない。 <与えられた仕事の責任を果たしたことで悲劇を生み、人の人生を狂わせる>というものは、原爆を作り出したオッペンハイマーだけではなくて、もっと身近なものでも言えることなんやと思える。 それでも、日本人だからこそ語り継ぐべき現実であることは間違いないし、生み出したアメリカ国民にももちろん知る義務があるんではないかと考えます。 ってか、戦争に関することって誰もが知るべきことじゃないのかな。 ~妄想劇場~ 第十四章・カルテ、第十六章・黙示録。 ここに描写される絵はまさに『はだしのゲン』でした。 うちの小学校にももちろんあった漫画。 当時は〔うーわー〕としか思えなかった場面は、原爆をちゃんと理解していないし、”歴史”としか認識していなかったし、たった数十年前に焼け野原だったとは、あまりにも平成の広島は違いすぎるからだと...『新世界』を読んでいて思い出しました。 ご用事とかございましたら、 ←コレ使ってください~~。 お返事はこちらにて♪ ご面倒おかけしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年11月19日 10時22分39秒
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