銘柄紹介 第五弾 9994やまや
第一弾から第四弾の銘柄紹介を読んで頂いていない読者は、先にそちらを順に読んで下さい。(お手数おかけして申し訳ありません)過去に紹介した内容を理解されていることを前提として、今回の銘柄紹介を始めます。銘柄紹介 第一弾 7509アイエー銘柄紹介 第二弾 9866マルキョウ銘柄紹介 第三弾 6060こころネット銘柄紹介 第四弾 7865ピープル経常利益の成長率、利益の変動率。それが大きく変わる場合、何が起こっているかが重要になります。変動したという事象そのものよりも、何故変動したかの理由が重要になるからです。投資家にとって材料は、『何故そうなったか』、『その結果どうなるのか』、こそが重要になります。事象に振り回されてはいけません。材料に振り回されてはいけません。分かり易い銘柄で、丁度良いのが見つかりましたので今回紹介します。東証1部上場の酒類の小売業、9994やまやです。この銘柄は割安成長株でした。低PER低PBRの成長株。この銘柄が、ここに来て成長を加速してきました。内容を見てみましょう。2013年3月期 売上高119,885百万円 経常利益3,767百万円 最終利益2,218百万円2014年3月期(会社予想) 売上高127,000百万円 経常利益3,650百万円 最終利益2,270百万円 2014年3月期(四季報予想) 売上高138,000百万円 経常利益4,600百万円 最終利益2,850百万円 2015年3月期(四季報予想) 売上高179,000百万円 経常利益7,300百万円 最終利益4,400百万円 ちなみに、現在の株価はPER10倍、PBR1倍、時価総額22,500百万円程度です。なかなか魅力ある成長企業だ、これは今すぐ買いたい、と思った方は注意した方が良いです。上の業績予測を見て、単純にこの成長が2016年度以降も持続すると思ってしまってませんか?繰り返しますが、『何故そうなったか』、『その結果どうなるのか』、が重要です。それが分からない材料は、自分の理解を超えている材料なのです。そこにはリスクしかありません。やまやは酒屋さんです。小売業です。この業種がこの変動をしたとしたらどうなるのでしょうか?人員確保は?教育は?流通システムは?店舗拡大による設備投資は?3つくらいしか店舗のない小さな企業が毎年新規に店舗を出すのとは違います。2年間で60,000百万円、つまり300億円/年の売上成長になります。これがどれだけの数値かピンと来ないなら、色々な小売業の財務諸表を読み漁って下さい。単体でそんな売上成長する小売業はありません。という事は、連結での成長だろう、という予想になります。これはきっと、M&Aによる買収でもやったのだろう。2014年3月期の会社予想はその買収による業績変動を見込んでいない時に発表した数値だろう。それなら、実際の業績は四季報予想の方に近くなる、つまり会社予想は連結のみ上方修正するだろう。単体については、本来の業績見込に対しての進捗を把握する必要がある。ここまでが上の数値から推測できる訳です。もう少し言うと、その連結上方修正時に同時に単体を下方修正する可能性もある訳です。M&Aをやった場合は、何故M&Aによる買収をやったのか、という理由が重要になります。安かったから、相乗効果を望めるから、有効活用できない資金が余っていたから、M&Aをやった。大抵はそんな感じです。安くて相乗効果を望めて資金が余っていた、という事も有り得ますし、安くはないが相乗効果が望めて資金が余っていた、という事も有り得ます。そして、調べてみると分かりますが、当然やまやの成長はやはりM&Aによるものです。ここからはM&Aについて見てみましょう。買収先は3178チムニーです。チムニーは居酒屋チェーンで、東証2部上場企業です。M&Aには相乗効果が期待できるので、M&A自体には批判的になる必要はありません。ただし、暖簾代が幾らなのか?というのは気になるところです。暖簾代とは、乱暴に言うと無形資産代、つまり時価に対してどれだけのマージンを支払ったか、です。(これはかなり乱暴な表現です)M&Aの場合は、何を幾らで買ったのか、その結果どのようなメリットがあるのかが重要です。どれだけ業績が成長したかが重要ではありません。ここは注意が必要です。いくら注意してもし過ぎるということはありません。それでは見てみましょう。長くなるので、掻い摘んで重要なところを書きます。チムニーはジャスコ(現イオン)からの派生です。やまやもイオングループです。そういう繋がりによる経営者の着目もあったのでしょう。ただし、チムニーは過去にイオンの経営方針で系列から切り離され、米久に売られます。その後、米及の親会社が三菱商事になり、経営に圧力を受けるようになります。その圧力から逃れる為という名目で、カーライルと組んでMBOを実施。上場廃止後、カーライルから役員を受け入れ、社内改革を実施。魚の加工場の設置、自衛隊の基地食堂の受託、調理技術向上の為の社内大学設置、などをしつつ2012年12月に東証に再上場。チムニーの現在の時価総額は253億円。現在の株価は1324円です。TOB発表当時の株価は1000円程度で、時価総額は約200億円でした。やまやはチムニー株を1株1510円で50.22%買い付けて連結子会社とします。対してやまやの現在の時価総額は225億円。2013年3月末の時点で、現金預金3,449百万円、売掛手形1,609百万円、短期有利子負債3,116百万円、負債合計15,421百万円、株主資本合計20,306百万円です。買付価格から試算したチムニーの時価総額は280億円。やまや買付分は約140億円になります。2012年12月末のチムニーの財務諸表を確認すると、現金預金6,502百万円、売掛手形735百万円、短期有利子負債1,300百万円、負債合計19,384百万円、株主資本合計10,797百万円、となっています。チムニーの業績予想は下記の通り。2012年12月期 売上高41,995百万円 経常利益3,297百万円 最終利益1,263百万円2013年12月期(会社予想) 売上高44,820百万円 経常利益3,440百万円 最終利益1,526百万円 2013年12月期(四季報予想) 売上高43,800百万円 経常利益3,350百万円 最終利益1,480百万円 2014年12月期(四季報予想) 売上高45,800百万円 経常利益3,600百万円 最終利益1,550百万円 ちなみに、チムニーの買付価格では、ざっくりPER約20倍PBR約2.5倍となります。ただし、ROE水準はやまやもチムニーも同程度。約14%前後で推移する見込みになっていますので、M&AによりROEが低下する事はありません。M&Aでは買う側と買われる側の、長期的なROE水準が最も重要になります。M&Aを行う事により、長期的なROE水準がどのように変動するか。それを推し量ることなしに、単純にPERやPBRだけで云々言うべきではありません。ここはファンダメンタル投資家が損得を誤って評価しやすいところなので注意が必要です。例えば、ソフトバンクを見て下さい。ソフトバンクが過去に行ったM&Aを見て下さい。高い買い物かどうかは、長期的なROE水準で考えなければいけません。現時点でのPERやPBRで判断するべきではなく、将来生み出す相乗効果を含めた長期的なROE推移で判断するべきです。この点ではM&Aの分析はバリュー投資家の視点とは全く異なる物の見方が必要になります。相乗効果でどれくらいの効果があるかは、推して知るべきでしょう。暖簾代が妥当かどうかについて、僕の意見は述べません。その代わりと言ってはなんですが、業績予想を並べてみましょう。上がやまや、下がチムニーの業績推移です。2013年3月期 売上高119,885百万円 経常利益3,767百万円 最終利益2,218百万円2012年12月期 売上高41,995百万円 経常利益3,297百万円 最終利益1,263百万円2014年3月期(会社予想) 売上高127,000百万円 経常利益3,650百万円 最終利益2,270百万円 2013年12月期(会社予想) 売上高44,820百万円 経常利益3,440百万円 最終利益1,526百万円 2014年3月期(四季報予想) 売上高138,000百万円 経常利益4,600百万円 最終利益2,850百万円 2013年12月期(四季報予想) 売上高43,800百万円 経常利益3,350百万円 最終利益1,480百万円 2015年3月期(四季報予想) 売上高179,000百万円 経常利益7,300百万円 最終利益4,400百万円 2014年12月期(四季報予想) 売上高45,800百万円 経常利益3,600百万円 最終利益1,550百万円 さて、気が付きましたか?やまやの利益成長の殆どは、チムニーの業績を足しただけです。引き算すると、当初のやまやの業績予想が出てきます。M&A発表前の2014年3月期の四季報予想は2,500百万円程度。2015年3月期は2,800~2,900百万円程度でした。恐らく四季報予想は、連結化のタイミングで2014年3月期は半分程度、2015年3月期は全額が足されるという試算でしょう。さて、大体の背景が分かりました。重要なポイントは・やまやの今後2年間の業績の伸びは基本的には単純にチムニーの業績を足しただけ・やまやの連結業績は薄利多売の酒類小売に利益率の高い居酒屋が合わさって利益率が急上昇する・やまやはチムニー買付として約140億円を支払う・チムニー全発行株数をやまや買付価格で試算するとチムニーはやまやの時価総額以上になる・チムニー買付価格ではPER約20倍PBR約2.5倍・やまやはチムニー買付によりバランスシートが大幅に毀損される・やまやもチムニーも直近の経常利益成長率はほぼ同じ・やまやもチムニーもROE水準はほぼ同じこれらのポイントを総合的に勘案して評価するのは難しいです。M&Aに限らず、材料を短時間に評価することは滅多にできません。しかし大きく株価が動いた時は、市場がその材料をどのように評価しているのかを理解する事が重要になります。地道な作業ですが、サヤ抜きとはそういうものです。慣れればそこまで長い時間はかかりません。地味な作業を繰り返して、繰り返して、繰り返す。結局大して難しいことはしていません。株式投資は上級者も初級者もいません。みんな基本的にはやってることは同じなのです。しっかりやることをやるか(やっていない事をやっていないと理解しているか)、比較的短い時間で理解できるか(理解できていない事を理解していないと把握しているか)、慣れているかどうか(時間短縮のため手を抜きつつも要所々々を押さえているかどうか)、程度の差です。慣れてくるともう少し深く掘り下げるようになりますが、経験上あまりそのような行動が成果に繋がる事はありません。銘柄分析が好きな投資家であればそれを知りつつも深く掘り下げますが、それは単純な知的好奇心を満たす為の行為であって、投資家のやるべき事からは逸脱しています。いつだって重要なことは基本的なことです。そして、その基本的なことは、必ずしも貴方が考えている基本的なこととは限りません。そのことを分かっているかどうかは、株式投資において思いのほか重要なことです。