テーマ:時計NEWS(281)
カテゴリ:コラム
最近やたらと時計が高い!趣味の時計集めが思うようにできません。こんな時はちょっと発想を変えて、新しい時計の情報収集は一休みして、機械に対する知識欲を満たすべく自ら勉強しながらコラムを始めたいと思います。
最新の機械については雑誌などでも盛んに取り上げられているので、あえて役に立たない(!?)過去の技術について考えてみたいと思います。 前回までの内容 第3回:鎖引き(フュージー)装置について 主ゼンマイの出力(トルク)を巻上げ量に関係なく一定に保つ目的で開発された、ゼンマイの巻上げ機構の一種です。この装置は完全に「過去の遺物」という訳ではなく、ランゲ&ゾーネの一部の限定モデルなど、ごく稀に現在も採用されています。 まずこのフュージー装置の説明をする前に、ゼンマイのトルクについて触れたいと思います。ゼンマイとは、金属を細長い板状にして渦巻状に丸めたもので、それが直線状に戻ろうとする力を機械の動力などに利用したものです。機械式の腕時計や懐中時計の動力は(私の知る限り)例外なくゼンマイが使われています。当然ですが緩く巻いたときときつく巻いたときでは発生するトルクが違い、概ね下図のような特性を持っています。 機械式時計ではゼンマイが発生させるトルクが一定でないと歩度が安定しないので、上図の矢印で示した範囲だけを使います。それでもトルクは一定ではなく右肩上がりの特性を持っているのでゼンマイが解けるにつれて歩度が変化します。今日の機械式時計に於いて、この問題を改善する手法で最もよく使われるのはゼンマイを長くして上図の右肩上がりのカーブを緩く引き伸ばすという手法です。具体的には香箱を大きくして1本のゼンマイを長くしたり、香箱を複数搭載して輪列に伝わるまでのゼンマイの長さを長くします。これによってゼンマイの出力は一定値に近づき、しかもパワーリザーブが長くなるというメリットもあることから、近年のトレンドになっています。 ただし、限られた容積の中でゼンマイを長くするということは、必然的にゼンマイを細くまたは薄くしなければならず、つまりゼンマイのトルクの絶対値が小さくなってしまいます。これは輪列のちょっとした抵抗で、すぐに止まってしまったり十分なテンプの振り角が得られず外乱に弱くなったりするため、非常に繊細な仕上げが要求されます。また複雑機構(クロノグラフや永久カレンダー、トゥールビヨンなど)を搭載できない(しにくい)といったデメリットでもあります。 では、昔よく使われていた「鎖引き(フュージー)装置」とはどのような装置だったのでしょうか? 簡単に言えば「てこの原理を利用した定力装置」とでも言いましょうか。例えば2人で野球のバットの両端を持ち、お互いに逆方向に回転させようとすると、太い方を持って回す方が回しやすいというあれです。ゼンマイが十分に巻いてある状態では径の細い部分を回し、解けるにつれて太い部分を回すことで、輪列に与えるトルクを一定に保つというものです。真横から見た簡単な構造図を以下に示します。 図の青い円柱が香箱で、中にゼンマイが巻かれています。回りには鎖が巻きつけられ、鎖の一端が固定されています。右の円錐状の赤い部分がフュージーと言われる部分で、鎖の一端が円錐の最も径が大きい部分(図では最下段)に固定されています。ゼンマイの巻上げはフュージーの上部を、鎖を巻き取る方向に回します。香箱に巻きついていた鎖がフュージーに巻きつけられれば巻上げ完了です。ゼンマイが解けようとする力は、香箱を回転させ鎖を巻き取ろうとします。このときゼンマイが沢山巻かれているときはフュージーの細い部分を、解けたときはフュージーの太い部分を「引っ張る」ことになり、フュージーから力を受けて回転する緑の一番車へ伝わるトルクが一定になります。 よって、ゼンマイの巻き具合に関わらず一定のトルクを得ることができるというわけです。 と、理屈はとても簡単ですが、これを実際の装置として時計に搭載するとなると結構な複雑機構になります。見て解るとおり、香箱とフュージーは鎖で繋がれ、巻き上げ時と稼動時で往復運動をします。これは、香箱と一番車が一体になって一方向にしか動かない一般的な巻上げ装置と決定的に異なる点です。フュージーと一番車の接続はもちろん完全な固定ではなく、ラチェットを利用して一方向にしか力が伝わらない構造になっていますが、それだけでは巻上げ時に一番車へ力が伝わらず、巻き上げている最中は時計が止まってしまいます。そのため内部には2重のラチェット構造と、巻上げ時にだけ一番車へ動力を供給するバネがあり、ちょっと見ただけでは理解し難い構造になっています(実は私もあんまりよく解っていません^^;) また、鎖の巻き取りスペースが縦方向に大きく必要なため、とても分厚くなります。薄くしようとしたらものすごく細い(薄い)チェーンでなければならず、とても精度の高い技術が必要になります。時計がまだ分厚いものだった19世紀の懐中時計では重宝されたものだったようですが、あまり高さを必要としないスイスレバー脱進機が主流となる20世紀に入る頃には懐中時計も薄いものが主流になり、それに伴ってこの鎖引き装置は姿を消していきました。なのでこれを腕時計に搭載するということは、実はものすごいことなのではないかと(どれほどの効果があるのかは別として)、ランゲのプール・ル・メリットを見るたびに(ってそんなにないですが)感心します。 アンティーク懐中時計ファンなら一つくらいコレクションしたい機構の一つですね。 知識の部屋へ 書籍コーナーへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.03.18 21:08:34
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