カテゴリ:近代短歌の沃野
若山牧水(わかやま・ぼくすい) 児等病めば昼はえ喰はず 小夜更けてひそかには喰ふこの梨の実を こほろぎのしとどに鳴ける真夜中に 喰ふ梨の実のつゆは垂りつつ 歌集『くろ土』(大正10年・1921) 子供たちが病で臥せっている手前 昼は食べられず 清らかな夜が更けてからはひそかに食う。 この梨の実を。 秋の虫がはなはだしく鳴いている真夜中に 食う梨の実のつゆは垂れつつあって。 註 こほろぎ:今でいうコオロギ類だけではなく、広く鳴く虫全般を指した古来の意味で用いていると見て間違いないだろう。 しとどに:はなはだしく。したたかに。ひどく。やや被害的な感情を含意する。ここでは、秋の虫が「うるさいぐらいに」鳴いていて、その合唱と夜陰にまぎれて、といった意味合いか。 垂り(つつ):現代語の動詞「垂れる」ではもちろんなく、中近世以降の「垂る」(下二段活用)でもなく、鎌倉時代頃までの、とりわけ(おそらく作者の意識としては)万葉時代(奈良時代)の上古語としての「垂る」(四段活用)の連用形なので、この形になる。 一種の古拙(アルカイック)な素朴さと格調を醸し出している。 私の印象では、牧水はこういった文法的な技巧に凝るのが好きで、かつ得意だったと思う。言葉に対して、今でいうマニアックな気質があったのだろう。詩歌人としては、なかなか幸福な資質である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021年09月21日 05時05分56秒
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