名作落語大全集

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  落語「さ」の３６：佐野山（さのやま）

  ​​​【粗筋】　寛政年間に佐野山という力士がいたが、大の親孝行で、その母親が病気になったため、食う物も食わずに看病をし、初日から黒星続き。これを見た横綱の谷風梶之助が、千秋楽に自分と佐野山を取り組ませてくれるよう年寄に申し入れる。年寄は全勝の横綱と全敗の佐野山じゃいただけないと思うが、横綱のたっての頼みでは仕方がない。　これを見た江戸っ子達は、「佐野山が谷風の女を取ったから、仕返しに投げ殺すのだ」とか何とかいい加減な噂をしている。谷風は相手にまわしに触れることも許さずに勝ち進んでいるので、佐野山の贔屓達は、右でも左でも一本差したら五両、もろ差しになったら十両をやると激励する。いよいよ当日、両者立ち上がると、ぶつかったとたんに佐野山は足がふらふら。谷風は佐野山の腕を引っ張り込んでもろ差しにさせ、じりじりと後退して土俵を割った。場内割れんばかりの騒ぎ。「見たかい。佐野山の押しを……よく効いたね」「押しが効くわけで、名代の親孝行（香々）ですから」【成立】　講談にある「谷風情け相撲」を委嘱したものか。春風亭柳朝は落ちをつけずに人情噺風に切っていた。金原亭馬生（１０）は、必死の声援が泣きそうな顔でおかしかった。現代の話かも多く聞いているが、大相撲で八百長が問題になると、こういうネタもやり辛くなった。講談では神田伯山のを聞いた。【蘊蓄】　この谷風は二代目で、１７８９（寛政元）年に横綱を張った名力士。佐野山は実在せず、モデルがあったとも思えない。谷風梶之助初代：享保年間（１７１６～３６）の力士。鈴木善十郎、陸奥国出身。　八角楯之助という力士は背が低く力もあったが、低く構えて当たる、ずるい関取だった。立ち会いに待ったをした最初の力士とされる。この待ったを繰り返して谷風を破るが、高松藩のお抱えだった谷風がお暇が出ることとなった。最後の相撲で４５人を立て続けに投げ、御前を立ち去るが、その勇壮さに再び召し抱えよとの命令が出たが、二度と戻らなかった（上田秋成『肝大小心録』の１３８にある）​​​二代目・本名金子与四郎、陸奥国宮城郡。　柏戸が仙台で興行を行っていたが、米俵４俵を背にしたまま見物している子供に驚き、伊達藩の家老の仲介で弟子にした。貧しい百姓なので、馬がおらず、子供が仙台に運んでいたのだという。秀ノ山として初土俵、１７６９（明和６）年に達が関、１７７６（安永５）年に谷風を名乗る。『大相撲評判記』上によれば、身の丈６尺２寸５分（１８９ｃｍ）、重さ４３貫目（１６１ｋｇ）とある。安永７年、大阪の力士・小野川喜三郎が２１歳で江戸に下り、二段目で１０日間勝ち抜き、翌年は７日目に谷風と取り組み、難なく谷風が押し出しで勝った。翌年は８日目に対戦、小野川は谷風の乳の上を両手で雷のごとく叩いて押し立てる。谷風も押し合うが、先手を取った小野川がついに押し出した。この後両者は互角に渡り合ったという。『俗耳鼓吹』では浅草蔵前八幡で１７８２（天明２）年閏３月２８日のこととする。これを詠んだ歌が、　　手練せし手をとうらうがをの川やかっと車のわっといふ声　朱楽菅公　　谷風はまけたまけたと小野川がかつをよりねの高いとり沙汰　四方赤良　１７８９（寛政元）年にそろって横綱となった。谷風はどこまでもきれいな相撲を取る小野川がいるから自分も強い相撲と世に認められると述べたという。　寛政３年６月、江戸城吹上御苑で将軍家斉の上覧相撲で対戦、立ち上がり損ねた小野川が気合い負けとなって谷風が面目をほどこしたという。優勝２１回、連勝６３。風邪によって死亡するが、風邪が「たにかぜ」と呼ばれた。

  2022.11.04

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• 落語「さ」の３４：真田山（さなだやま）

  【粗筋】　欲の深い男が、「真田山に埋められている虎の子の金を掘り起こしてくれ」という夢を毎晩見るので、仲間をさそって堀りに行く。瓶を掘り出して喜ぶと、女の幽霊が現れ、「私はトラという名で、娘はカネと申します。その瓶の中にある子供の骨を一目見たいと毎晩迷って出ていました」　と言う。つまり、「トラの子のカネ」を掘り出したのだ。「ああ、これが本当の骨堀り（折り）損だ」【成立】　上方噺。演っている人がいるかどうかねえ……　真田山は、大阪市天王寺区にある町。明治時代に騎兵隊の営舎が出来、真田山の聯隊と呼ばれたことから地名となった。大阪の陣で真田幸村が出丸を構築した真田丸は隣町であり、江戸期に真田山という名前が使われた記録は手元にはない。その資料からは、明治以降に作られた新作ということになる。　もし江戸期の資料がありましたら、ご教授下さい。資料のタイトルと発刊年を記載のこと。よろしくお願いします。​​

  2022.11.02

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• 落語「さ」の３３－２：真田小僧の改作：「落語小僧」（らくごこぞう）

  【粗筋】　親から金を巻き上げて出ていくまでは同じ。​「口がうまいから噺家にしようか。立川談志くらいにはなれるかもしれないよ」「あんな奴、ブラックにだってなれるもんか」　というので、談志の弟子だった快楽亭ブラックが、サラ金その他を借りまくり、弟子からも金を取っていたことが分かって破門になる経緯を話す。　そこへ戻った子どもが、落語を聞いて来たと言って、同じ話をし、ブラックが使ったカードっていうのはどういう物と尋ねて、親父のカードを持ち逃げ。「これで限度額まで下ろすんだ」「うちのカードもブラックに落ちた」​【成立】　鈴々舎馬るこが、ブラックとの二人会で演じた。​

  2022.11.01

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• 落語「さ」の３３：真田小僧（さなだこぞう）

  【粗筋】　小憎らしい小僧で、父親に小遣いをせびるが、出ないと思うと、按摩が来たのをまるで母親が男を引き入れたかのように話して、まんまと金を取って逃げてしまう。父親が、「真田幸村は父と共に出陣し、城を松田尾張守、大道寺駿河守に取り巻かれた時、松田の定紋永楽通宝のついた旗をたてて夜討ちをかけた。松田の寝返りと思った敵が混乱し、真田勢は危機を脱し、この時から真田の紋は永楽通宝を６つ並べた六連銭になった。大阪の陣で死んだというが、うまく逃げ出して薩摩に落ちたという説もある。１４歳で知恵を出した幸村と、１３歳で銭をせびるうちの奴とは大違い」　と嘆いているところへ帰ってきた子供、講釈で真田幸村の話を聞いていたと、今の親父の話をそっくり繰り返し、六連銭がどういうものかと尋ねる。「銭がこう、二列に並ぶんだ」「どうれ、あたいにも貸してみて……こうかい、ヒィフゥミィ……」「おう、それじゃ駄目だ縦に二列……」「ヘヘッ、このお足、もらってくよ」「あっ、ちくしょう。またやられた。おい、どこへ行く。また講釈を聞くのか」「今度は焼き芋を買うんだい」「ああ……うちの真田も薩摩へ落ちた」【成立】　講釈「難波戦記」を元にした上方落語「六文銭」と言われるが、それを子供を主人公に変えたのであろうか。前半の按摩の話は「按摩はんご苦労はん」という小噺そのまま用いる。最近はこの部分だけで、かみさんが帰って来ると、「どうして金を持って行かれたんだい」「聞きたいかい……じゃあ、最初に１銭出しねえ」で落とす例が多い。これでは「真田小僧」ではない。【一言】　落語に登場する子供は、おとな顔負けの知能を発揮する利発な子が多い。『佐々木政談』と『真田小僧』は、その代表的な噺だが、どちらとも同じように利発な子供を主人公にしながら、その実、この二つはまるっきり肌合いが違う。『佐々木政談』の子供は、桶屋の伜で十三歳、まさにおそるべき早熟児だ。しかもそれでいて聴き手に決して不快感を与えないのは、とても十三歳とは思えないほど達者な口をきくこの子供に、いやしさがないからだ。そこには一貫して、無邪気な子供らしさが流れている。これに比べると『真田小僧』の場合は、やはり職人の子供だが、およそ子供らしさとか可愛げがない。利発さといやしさが同居している。父親に小遣いをねだるのにも巧妙、悪辣な手段を思いつく。落語の『真田小僧』がおかしいのは、あのこましゃくれた子供の異常児ぶりが現実ばなれをしているからであって、それが異常でもなんでもなくなった時、その笑いは消滅する。（江國滋）【蘊蓄】　落語家の符牒で「６」を「サナダ」というのは、真田の紋「六連銭」から。　真田幸村は大坂落城で自害した。徳川の兵らも見ているが、首を取っても何にもならないので誰も見向きもしなかった。十勇士のような英雄がいれば、家康を追い詰めたというのもありそうだが、全て創作。家康が何里も逃げたというが、真田は一里も進めずに自害している。　猿飛佐助は江戸の書物にはおらず、『立川文庫』で一躍人気になった。大坂の陣は、実際にはいくさというものではなく、徳川が豊臣を滅ぼすというだけのこと。十万の軍勢が囲み、真田丸などと名付けた出丸も無くなって、豊臣方は手も足も出なかった。優れた忍者でもここから脱出して落ちのびることは不可能だったと思われる。　冬の陣の真田丸攻撃も講談の嘘が転用されているが、家康という人の人柄は味方の犠牲を最低限に抑えて相手を倒すもの。出丸の強度をチェックしたもので、真田丸への攻撃は半日のみ、全ての出丸への攻撃が２日で完了している。すでに裏では和解が整っていた。この時徳川と通じていた大野修理が悪役として描かれているが、彼の目的は秀頼の助命のみ。夏の陣では裏切り者として闇討ちされて大坂を脱出、戦の後、秀頼の命が奪われたと聞いて、すぐに抗議の自害をしている。もう一人の織田有楽斎は、家康に自害を止められた。　真田といえば、息子の秀忠が関ヶ原に遅れた上田城攻防も嘘で、予定通りの行動だったのは常識。その前の家康の上田城の攻防も怪しいのは、家康の大軍を迎え討ち、三の丸、二の丸まで必死の防衛にも関わらず落ちてしまう。これで油断させ、総攻撃で撃破したというもの。「必死の防衛」があったのに、ほとんど犠牲を出さずに終わったというのが眉唾。しかも、その後この城が登場するのは、秀吉の命令で家康が城を返したというのだからねえ。経緯を説明しないのは、真田に都合が悪いからだろうか。​​​​

  2022.10.31

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• 落語「さ」の３２：悟り坊主（さとりぼうず）

  ​​​【粗筋】　願人坊主を見て、女房「あれは願人坊主の中でも特に汚い」亭主「そんなことを言うものではない。弘法様は人の心を見るために汚い恰好でお歩きな    さると言う。あれもそのような偉い坊さんかも知れねえぞ」坊主「南無三、悟られた」女房「何を言ってるんだよ。あいつはいつもここらにいる乞食坊主さ」坊主「南無三、また悟られた」【成立】　１７７２（明和９）年『譚嚢』の「願人坊主」、１７７４（安永３）年『茶のこもち』の「末世」など。原作は最初の「悟られた」で落ちになる。  最初の「悟られた」を聞いて、亭主が「俺が偉い坊さんかも知れないと言ったら、もうその気になって、悟られたかとは何事だ」と文句を言と、「ほい、また悟られた」と落とすのが、ほとんどの原作小噺の筋。粗筋の方が無駄がなく明快である。【一言】　乞食坊主＝弘法大師のイメージが残っていたことを、この上方落語にみることができる。（宇井無愁）​【蘊蓄】　信仰が形骸化し、他人を雇って自分の代参をさせるようになった。これを専門に請け負ったのが願人坊主である。​​​​

  2022.10.30

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• 落語「さ」の３１：悟りつんぼ（さとりつんぼ）

  ​​【粗筋】　大工仕事をしているところへ耳の遠い男が来て、「この木は何だ」と話しかけるので、「欅だ」　と答えたが、聞こえないので通じない。そこで、焚き火に髪の毛をくべると、「ああ、欅（毛焼き）か」　今度は「この仕事にいつから掛かっているか」と尋ねるので、差しがねを後ろから尻の間に入れると、「あと月（けつ＝尻）の差し入れか」「この木は誰から買ったか」　と尋ねるので、「武助だ」　と答えようと屁をすると、「ああ、ヘー助か」【成立】　上方噺。屁の音で伝えようとしたが、匂いだけが伝わったという落ち。津軽の民話に同じ趣向があるという。　「つんぼ」は差別的用語になるが、落語の記録のためにそのまま残します。​​

  2022.10.29

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• 落語「さ」の３０：里帰り（さとがえり）

  【粗筋】「お父さん、春が来たのよ。春が来た」「春が来た。どこに来た」「郷に来たのよ」　嫁に行った娘、春が実家に帰ってきた。姑の意地悪にいたままれなくなり、別れる気で帰ってきたのだという。父親は、『たとえ姑は鬼でも蛇でも可愛いあなたを生んだ人』という都々逸を引いて帰るよう説得。春はそれなら姑を殺すと言い出す。父親はそこまで追い詰められているならと、戦時中に外地で手に入れた毒薬を渡す。「いいか、これをすぐ飲ませるとバレるから、一年みっちりと親孝行をして近所の人をだませ。そうすれば警察が疑っても近所の人がかばってくれる」　・・・「お父さん、春が来た」「春が来た。どこに来た」「郷に来た」　一年後、春が再び里帰り。姑が徹夜で着物を作ってくれ、着付けまでしてくれたという。　今は誰もが仲のよい嫁と姑だと噂している。それならそろそろ殺してもいいなと言うと、娘がそれはやめたいと言う。１年前に帰ってから、姑が急に優しくなり、今ではすっかりうちとけ、夫よりも好きになったと言う。今日は毒薬を返しに来たのだ。父親はこれはうどん粉だと告白し、１年前の娘の心得違いを諭す。「お前が真似事でも親切にしたから、お母さんの方でもお前が可愛くなる。人のつながりとはそういうものだよ」「まあ、じゃあ、もしうどん粉を呑ませていたら、私は今頃どうなったでしょうね」「そりゃ手討ち（手打ち）だろう」【成立】　春風亭柳昇が演じていたが、若い頃に聞いてやってみたかった作品だと語っていた。自作ではないようだが、未詳。柳昇風の飄々とした人情噺に仕上がっている。人情噺ではあるが、随所にくすぐりを散りばめ、笑いの中に人情を加えるという、新作らしい佳作となっている。　尚、本人曰く、母親も嫁も、これで仲直りできるならこんな簡単なことはない。下らないと言ったそうだ。寄席でお客様のご機嫌を取っているんだから、家でお前たちのご機嫌は伺わないと宣言したとも……【蘊蓄】　うどんというのは「温飩（うんどん）」のンが消えたもの。うどん粉というのは小麦粉。諸説あるが、小麦粉の皮に餡を包んだ「混飩（こんとん）」という菓子があり、食べ物なので「混」を食偏で書いたものが一般になり、「饂飩」の字で「うどん」と読んだ。現在のうどんは室町時代にはあったが、現代でも「うんどん」を使う店がある。​​​

  2022.10.28

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• 落語「さ」の２９：薩摩守（さつまのかみ）

  【粗筋】　薩摩守忠度、あまたの敵に囲まれて、ようやくこれを打ち破り、ほっと一息つきかげ（ほっと一息つくのと、「月影」を掛ける）に、彼方を見れば酒屋あり。「酒を所望」と飛び込んで、一杯グッと引っかけて、「戦の最中で金がない。忠度とつけておけ」　店の親父が耳遠く、「何、ただのみとな」　とは聞き違え。まさか「ただのみ」とは付けられず、帳面に……「飲み人知らず」【成立】　１７８８（天明８）年『千年艸』の「忠度」は、酒を飲もうとしたが空になっていて、代わりに「ささ波や」の歌を書いた紙が入っている。「ああ、飲み人知らずか」という噺。本文の方がはるかにセンスがあるが、聞いたことはない。　『平家物語』の逸話をもとにしている。それを知らなければ分からぬ噺。私は好きな噺なのだが、現代人の知識不足が取り上げられない原因だろう。　「詠み人知らず」は作者不明ということ。『万葉集』では柿本人麻呂が優れた歌人で、平安から鎌倉時代には詠み人知らずは全部人麻呂の歌と扱われた。『古今集』は『万葉』直後くらいの詠み人知らずの時代、六歌仙の時代、撰者の時代と三つに分けられる。　「詠み人知らず」を扱った小噺。　やんごとなき雲の上人、恋ゆえ落ちぶれて人足仕事。頭がどれだけ働いたか記録するので尋ねる。「お前は何荷だ」「三荷運びました」「名は何と言う」「名は……ございません」「それでは帳に付けられぬではないか」「では持ち人知らずとなされて下され」　１７７５（安永４）年『一のもり』の「土持」。身分は変わったがプライドだけは残っている。【蘊蓄】　薩摩守忠度は京を落ち延びる時に、藤原俊成を訪ねて自作の歌を預けた。忠度は一ノ谷で討死し、世が改まって『千載集』編纂の命が下った時、俊成は忠度の作である、　　ささ波や志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな　を入集することにしたが、朝敵となるため、名を出すことが出来ずに「詠み人知らず」として入集した。この逸話は『平家物語』巻七にあるもの。　ＪＲが国鉄時代には無賃乗車を「薩摩守」といった。これはもちろん名前の「忠度（ただ乗り）」の洒落。「キセル」というのは煙草を吸う道具で、竹の両側に吸い口と火口（ほくち）を付けている。最初と最後だけ金を使っているということで、安い切符で乗り、降りるときに切符を無くしたと申告して、隣の駅から乗ったと主張するもの。同様に、安い切符で乗り、定期券で降りるやり方もあったが、今はカードで乗降が記録されるらしい。​​​

  2022.10.27

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• 落語「さ」の２８：雑俳（ざっぱい）

  ​【粗筋】　隠居が俳句が趣味だと聞いた男が、自作を発表する。​席題で「蛙」が出ると　　　　がま口を忘れて何も買わずかな　「朝顔」には　　　　　　　　朝顔を洗うは年に二三回　「四十雀」には　　　　　　　青空やあなたの財布はしじゅうから　「蝙蝠」には　　　　　　　　こうもりは安くて便利なワンタッチ　「百日紅」には　　　　　　　狩人に追っ掛けられて猿滑り　「梔子（くちなし）」には　　口無しや鼻から下はすぐに顎「何だか変だなあ」「顎無しなら、顎無しや鼻から下はすぐに胸。胸無しや鼻から下はすぐに臍。臍無しや……」「よしなさい」　という調子。初心者は「初雪」という題がよかろうと、　　初雪や二の字踏み出す下駄の跡　　初雪や鳥の足跡散り紅葉　　初雪や犬の足跡牡丹かな　という例を教えると、この男、　　初雪や馬の足跡お碗かな　　初雪や大坊主小坊主おぶさって転んで頭の足跡ダルマかな　と詠む。誰が聞いてももっともだというものを作れと言われると、　　初雪や方々の屋根が白くなる　　初雪や塩屋転んであっちなめこっちなめこりゃどうじゃ　……確かに塩屋が転べば塩と雪の区別がつかずに慌てるだろう……「お前さんの俳句には色気がないなあ」「じゃあ、こんなのはどうです。    初雪や裏の間戸開け小便すれば黄色くぼしょぼしょ穴があく、猫の火傷にさも似たり  ……ほうら、色気がついた」「何だいそりゃあ」 ​【成立】　１８１４（文化１１）年『富久喜多留』の「初ゆき」は、通人ぶった主が、雪見に行く前に一杯やるが、「昨日の鴨は残っているか、菜か葱でもあればよいが」という所へ小松菜を売り歩く者があって呼び込む。八百屋がいい句が詠めたかと尋ねるので、「初雪や犬の足跡梅の花」と詠む。八百屋がこれに応えて、「初雪や人の足跡小判形（こばんなり）」と詠むので、「なぜ人の足跡が小判なのだ」「私は草鞋をはいております」というもの。​　１７９６（寛政８）年『喜美談語』の「はつ雪」では、俳句をひねろうとする主人のところへ「旦那、悪い物が降りました」と無風流な八百屋がやって来る。主人が「初雪や人の足跡あざみの花」と詠み、八百屋が「初雪や人の足跡小判形（なり）」と詠み、「草鞋をはいています」という。春風亭柳昇の独断場で、何となくとぼけた感じがほのぼのとした雰囲気を作り出していた。柳昇は、これで終わりにしたり、「りん回し」につなげたり、自由に演じている。　昔々亭桃太郎（１）が「桃太郎の俳句」という題で録音を残している。「四十雀」には「人間の男盛りは四十から」、「蝙蝠」には「こうもりの蓋の付いたは女持ち」など、多少の違いはあるが、梔子をやって、「お前さんの句は何も言えないな」「言えないはずで、口なしでございます」と落としていた。柳昇が演じたものの元になったと言ってもいい。現・桃太郎（２）は柳昇のものに珍句を追加して演じている。【蘊蓄】　「初雪や二の字踏み出す下駄の跡」が必ず出るが、こんな句を作ってはならないという駄作のお手本。落語では「二の字二の字の」になる。足跡を見立てるのが簡単だが、感動がなく、落語のように幾つも並べると、全く意味のない句だということが分かる。　「塩屋転んであっちなめこっちなめ」はすごい句だが、『絵本江戸風俗往来』には、「塩や。江戸の頃、価の廉なるものは塩をもって第一とすべく、されば俚言に塩をなめて金を溜めるといい、塩をなめても覚えがあるなどといいしにて、その安価なりしを証とすべし。故に足腰達者にて家業の資財（もとで）なきものは世渡る道も随分ある中に、塩売りなどを尤も便利とす。その荷なう所の篭桶、升、天秤に至るまで塩店より貸し与え、塩の売り上がり銭と残りたる塩と清算して、その日の得たる利益を貰いて糊口するものとす。この商は老年に多し。塩篭と桶を天秤にかけて商なうあり。かぶせ蓋、堅長桶を二ツにて商うなり。＜エ塩エ、しおー＞と呼あるく」　とある。

  2022.10.26

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• 落語「さ」の２７：座禅の遊び（ざぜんのあすび）

  【粗筋】　女房が死ぬという悪い夢を見るので、越前永平寺に厄払いに行くと言う亭主。かみさんは亭主を理解しているから相手にしない。荒行に励むつもりが、女房から言われてお籠りに格下げ、結局自宅で座禅を組み、断食をすると言う。「断食だけに覚悟の上（飢え）だ」と言うが、これも１０年から５年、５年が１年、１月とだんだん減って、一晩だけの断食、座禅をすることになった。旦那は店のことを頼むために番頭を呼ぶが、実は花子という女があり、女房に内緒で出掛けるための口実を作ったのだ。一晩身代わりになってくれるよう頼む。　夜中に目を覚ました女房、やはり亭主が心配で、絶対にのぞいてはならぬと言われていたのに、声をかける。番頭がおびえて声が震えるので、風邪でも引いたら大変と、被り物を取って正体がばれてしまう。番頭が旦那のしゃべったのろけまで口にするので怒ったね……代わりに女房が座禅をして亭主の帰りを待つ。　帰った亭主は座禅襖をかぶっているのが番頭だと思って、花子との今夜の経緯をのろけたっぷりで話す。聞いている女房がだんだん怒りに震えて来る。さんざのろけて、「別れがつらいと花子が泣くんだ。『あたしにとっての男は旦那、あなただけよ』って、手をつねって、痛いって……器量のいい女が泣くと一幅の絵になるね。うちのが泣くと、もう殺すよりしょうがない。なにしろこんな顔だから」「こんな顔で悪うございました」「あっ……は、初めてお目にかかります。どうも明けましておめでとう」「全くみっともない」「わしもそう思う。騒ぎでみんなが起きてきたらみっともない」　逃げ出して店へ出ると、もうみんなが掃除を始めている。「番頭はどうしたんだい」「へい、何でも煩悩が渦を巻いてしょうがないと、お部屋で座禅を組むそうで」「番頭まで座禅をすることはない。おい、番頭、何をしている。被り物を取れ……あっ、お前、小僧の二三蔵」「初めてお目にかかります。明けましておめでとう」　番頭は女に会いに行っていた。「驚きました、明け方来るんですもの」「私もその気はなかったが、店が煩悩だらけなので嫌になったんだ」「ご主人に知られたら大変よ」「その時はその時さ」「あたしにとっての男は、番頭さん、あなただけよ」「痛い、そんなに手をつねるなよ、花子」【成立】　三遊亭円窓の創作落語。​​

  2022.10.25

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• 落語「さ」の２６：指物丁稚（さしものでっち）

  【粗筋】　客が宿にあった品をほめ、それを作った指物師に手箱を作ってもらうことになった。急がせたからもう出来ただろうと、丁稚を使いに値段を聞きに行かせる。指物師は、「出来てる。日中（ひなか＝半日）で作ったが手は抜いてないから安心しろと言うてくれ。値は二朱だ」　小僧、店に帰ると、「田舎で作ったが手は抜いてないから安心しろと言うてました」「何、あの職人がいいから頼んだのに……田舎はどこだと言うてた」「聴いてまへん」「故郷（くに）聞かせぇと言うて来い」「へい……指物屋さん、旦那が釘を効かせぇと言うとります」「うちは釘を使わんのが自慢や。旦那も知っとるはずや、そう言うとけ。うちは釘は使いません、みな膠（にかわ）でございますとな」「へえ……旦はん、国は三河やと言うとりました」「ずいぶん遠い所やな……三州やな」「いえ、二朱でおます」​【成立】　言葉の行き違い。桂米朝が演った。半日の「ひなか」は兵庫辺りでは今でも使われているとのこと。​​

  2022.10.24

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• 落語「さ」の２５：さじ加減（さじかげん）

  ​【粗筋】　雨宿りが目的なので遊女は一人でいいと住吉の加納屋というお茶屋に上がったのが運の尽き。阿部玄益という２５歳の医者が、合い方に出た遊女お花に夢中になり、とうとう親から勘当されてしまう。医者の腕は持っていたので、長屋を借りて一生懸命に働くと、半年ほどで貯えも出来た。久し振りに加納屋に行くと、お花は玄益の夫婦約束を信じ、気鬱の病で寝込んでいるという。医者であるから自分が何としても治してやりたいと申し出る。この娘は近江屋の抱えで、お座敷がある時だけ来てもらっていたものだが、加納屋の座敷から病気になったのでそちらで看病しろと押し付けられていた。厄介払いになるというので身請けを勧め、玄益からは１０両を受け取り、近江屋には３両だけ渡して身請けさせる。​　半年間心尽くしの看病で、お花は全快。近江屋がこれを知ると、あれだけのいい女だからもう一度店に出したいと言い出す。加納屋が間に入り、身請けの証文を渡していないのだからお花はまだ近江屋のものと言い張り、連れ戻そうと長屋にやって来る。ここの大家が、「いきなり来てそんな話をするのは不人情。明日までに話をしておくから、明日わしの家に来なさい」と中に入る。　翌日加納屋が大家を訪ねると、「本人が嫌だと申しますので、この話はお断りします」　ときっぱり。怒った加納屋、土足で上がり込んでそこにあった皿まで割るが、大家は平気な顔。加納屋は近江屋をたきつけて訴えを起こし、奉行の裁判となる。　奉行は、「医者でありながら、証文を受け取り忘れるとは手落ち。お花は近江屋のものじゃが……近江屋のものだとなれば、この半年間の療治代は近江屋が支払え」「それはもちろん即金でお支払いいたします」「阿部玄益、近江屋はこのように申しておる。お花は大病だったと聞いておる。療治代は幾らかかった。よいか、医者は匙加減が大事じゃ。よく考えて返事をいたせ。お花は大病と聞いておる。よほど高くついたであろう」　真面目な玄益は金などいらないと申し出るが、奉行の再度のお尋ねに、後ろから大家が教えるままに、１服２両の薬を日に３度飲ませたと申し出ると、薬代の他に治療代を加え、半年の代金として１２８０両を支払うよう命じたのである。近江屋と加納屋ではとても支払いが出来ない。「もし支払えなければ双方で相談の上示談といたせ」　の一言があったので、翌日加納屋が大家のところへ交渉に来る。大家は証文だけを持ってくれば金は要らないと言う。加納屋、まさか一文も払わずに示談に出来るとは思わなかったので大喜び。ところが大家の方は、「お花の方はこれですんだが、わしの方はどうしてくれる」　と、先日割った皿の賠償を求めて来た。これが何と２０両の名品だという。それが嫌なら１２８０両ということで、あわてて証文と金を取りに戻る。その姿を見送って、「婆さん、これで目出度しめでたしやな」「夜店で２文で買った皿が２０両になるとは思いませんでした」「この金でみんなに施してやろう。お奉行様の匙加減で、みんながすくわれました」​【成立】　桂文我が演じたう。落ちは「救う」と「（匙で）すくう」の洒落。もちろん奉行だけでなく、医者であったことが生きている。​

  2022.10.23

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• 落語「さ」の２４：山茶花咲いた（さざんかさいた）

  ​【粗筋】　爺さん婆さんが大事に育てている山茶花だが、今年も燕が飛ぶ季節になったのに一向に花が咲かない。山茶花は家の人が幸せになると咲くといわれているが、咲かないと俳句も作れないと愚痴っているところへ、お梅さんが茶を入れてくれる。お梅さんは息子を甘やかして育て、２０歳を過ぎても金をせびりに来る。仕事先を変えてもどこからか嗅ぎ付けて来るため、気鬱から病気がちになって逃げ出し、この村までたどりついて倒れたところを爺さん達に救われたのである。そのまま１年、手伝いとして居ついてしまった。爺さん婆さんは子供が亡くなっているので、どんな子供でもいるだけで幸せだと話す。　お梅さんが買い物に出たところへ、その息子・藤太が現れる。爺さんが、「燕さえ子供を大事に育てる。親が子を思う気持ちは同じ。親を大事にしなさい」と諭すのだが、息子の方は、「親が子に餌を与えるのは当然で、燕が親の面倒を見たという例はない」と反論。行き詰まった爺さんと、婆さんがバトンタッチ。「昔は人間も動物や鳥と同じで親の面倒はみなかったのですよ。それが知恵をさずかるようになって、ものを考えたり作ったりするだけでなく、優しさや思いやりの心を持つようになったのです。子が親の面倒を見るのはそうした優しさを持った人間だけがやることです。人間は皆本来そうした優しい心を持っている。そうした良い心を形にしたのがお釈迦様や阿弥陀様なのでしょう」　今度は藤太の方が返事も出来なくなり、婆さんは小遣いを持たせて、「目を閉じて仏様が見えるようになったら、またいらっしゃい」　と送り出す。爺さんが難しいことをよく言ったと感心すると、婆さん、和尚さんのお説教の受け売りだと告白する。　翌年の２月、お梅さんが風邪をこじらせて寝込んでいるところへ、藤太が現れた。婆さんに意見をされて気持ちが変わり、櫛職人として賢明に働くようになり、目を閉じると仏様が見えるようになったという。母親が留守だと聞くとそそくさと帰ろうとするが、爺さんにまだ何か用があるだろうと見透かされ、結婚が決まって女房になるお咲を連れて来ているという。この娘は幼い頃に両親を亡くし、たとえ貧しくとも親と呼べる人と一緒に暮らしたいというのだ。爺さんは奥のお梅さんを引っ張り出す。既に涙を流している母親を見て、若い２人が「おっ母さん」と抱きついて行く。声を上げて泣く３人を見て、爺さん婆さんは声を押さえた分だけ余計に涙を流した。　十日後、元気になったお梅さんを若い２人が迎えに来た時に、爺さん婆さんの計らいで祝言の真似事をさせ、３人連れ立って去って行った。「婆さん、茶を入れておくれ……何だか身内を取られたようだ……また婆さんと二人きりかい」「山茶花を入れて３人ですよ」「そういえばしばらく山茶花を見ていないな……婆さんや、山茶花、咲いた」「この季節外れにですか……まあ、この安物の木が……」「婆さん耄碌（もうろく）したのかい、いいのを吟味して買ったのにって言っていたじゃないか」​​「耄碌はしていませんよ。ちゃんと咲く木を買って来たでしょ。いいことがあると山茶花が咲くって、本当なんですね」「うん。冬堪えて痩せ山茶花の心意気……どうだ、みごとな句が出来たぞ」「その句は去年の暮れに机の上の紙切れに書いてありましたね」「見たのかい……あの紙切れすぐしまっておけばよかったな」「お爺さんも耄碌しましたね」「冗談じゃない。耄碌はしていないよ。句を覚えてすらすらと言えるんだから」「まあ私達も長生きさせてもらいましたから、耄碌の１つや２つはしかたがありませんよ。この山茶花だって時期外れに咲いて、この家はみんな耄碌をしていますね」　柔らかな日差しを一杯にうけた山茶花が、「こう見えても木瓜（ぼけ）じゃありませんよ」【成立】　ふたくちつよし原作の戯曲をもとに三遊亭円窓が脚色。​

  2022.10.21

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• 落語「さ」の２３：佐々木政談（ささきせいだん）

  【粗筋】　南町奉行佐々木信濃守がお忍びで市中を歩いていると、子供が裁判ごっこをやっている。奉行役の子供、四郎吉が佐々木信濃守と名乗るので、興味を持って見ていると、「数の一から十までに、『つ』が揃っているかどうか」が訴えの筋。この奉行は、「一から十までに、『つ』はみな揃っている」「しかし、お奉行様、十つとは申しません」「五つには『つ』が二つあるので、一つを『十』につければ揃う」　と裁いた。　感心した信濃守が、四郎吉を奉行所に呼び寄せた。星の数を尋ねられた四郎吉は、白州の砂利の数を問い返した。そこで、「それでは、私は砂利の数を数えさせるから、お前は星の数を数えて来い」　と言うと、「それでは星まで梯子を掛けて下さい」　という返事。　父母のどちらが好きかと問われると、前にあった饅頭を二つに割り、どちらが美味いかと問い返す。　寄力の身分を問われると起き上がり小法師を指し、「お上の威勢をかさに着てふらふらしている」と言う。その心はと聞かれると一方に銭を結んで起き上がれなくして「銭のある方に転ぶ」。　最後に衝立に描かれた仙人が何を笑っているかと聞かれ、「仙人は佐々木信濃守が馬鹿だから笑っていると申しております」「何、馬鹿で奉行が勤まるか」「私ではなく、仙人が申しているんでございます」「なぜ拙者が馬鹿か聞いてまいれ」「はい……絵に描いたものが喋る訳がないのに、それを聞いてこいというのは馬鹿だと申しております」「なるほど、見事」　頓智頓才ぶりに感心した佐々木信濃守、四郎吉を家来に取り立てます。「佐々木裁き」でございます。【成立】　笑福亭松鶴（３）作「佐々木裁き」。一休さんの話をもとにしたものという。　三遊亭金馬（３）は、後輩の三遊亭円生（６）からおろしてもらい、奉行を大岡越前守に、子供が後に池田大助になるという設定に変え、「池田大助」という題名で演じた。円生は、設定を変えるのは許したが、大岡越前では銭勘定など幾つかの矛盾が出るのでおかしいと言っている。安藤鶴雄が金馬だけは認めなかったというが、金馬はこうした配慮に欠けていたからではないかと思う。　「佐々木高綱」という題も見えるが、これは、この奉行が佐々木、子供が四郎吉、父親が高田屋綱五郎で、あわせて佐々木四郎高綱になると言うと、佐々木信濃守が「それはわしの先祖じゃ。四郎吉、その方も源家じゃの」「いいえ、私は平気（平家）でおます」と落にしていたもの。本には載っているが、あまりに作り物めいた落ちであるため、現在は演じられないようだ。【一言】　落語に登場する子どもは、おとな顔負けの知能を発揮する利発な子が多く、しかも、どこかモノほしげないやしさがつきまとってはなれないのが普通だが、この『佐々木政談』の主人公四郎吉には、めずらしくそのいやしさがない。もともと上方ダネで、かなりひねったサゲがついているが、ひねったわりにおもしろくないので、いまではほとんどつかわれていない。（江國滋）●　この四郎吉、後に天満与力として出世して水も漏らさぬ捕り物をした。「水も漏らさぬはず、桶屋の伜でございます」というのが故・桂米紫作のサゲ。「ゆるんだタガをしめなおします」というのもあった。どちらにしても、原形の「平家でございます」よりは数段すぐれたサゲだと思う。いずれにしても、四郎吉は立派な役人として活躍する……ことになっていたのだが、米朝師にうかがうと四郎吉が大人になることには明治と時代が変わっているそうだ。四郎吉の青春は、どうなったのだろうか？  ひとごとながら気にかかる。（小佐田貞夫）●　演出はたいへん難しく、子供だから童心がなくてはいけず、といってあんまり子供っぽくなっては面白みがなく、利口になりすぎては大人になり……折角の名作をちゃちにするから、サゲはつけません（三遊亭圓生（６））●　決して四郎吉は自分で考えて皮肉なことを言っているのではないのです。子供が大人の口真似をしているのです。「いばるばっかりでよう裁かんお奉行さんが来たら、大阪は暗闇や」なんてセリフは常から町の大人たちが陰で言うてんのをそのまま言うてるんですね。奉行所から呼び出されたいうので、町内の大人たちが寄って心配してる所へ四郎吉があらわれて「どなたもお忙しいのにご苦労はんで」と言うのも彼にしたらせいいっぱい背のびして大人の口真似をしているんです。彼自身は、お裁きの真似してたんが寺子屋の師匠に知れたら叱られるので「どうぞ内緒にしとくんなはれ」と奉行に頼んだり、奉行の役を「今日はじめてやらしてもらいましたんや。お奉行さんて気持よろしいなァ」と喜ぶ無邪気な子供なのです。（桂枝雀（２））【蘊蓄】　佐々木信濃守は、本名顕発、祿高２００石。１８５２（嘉永５）年から５年間、大阪東町奉行を勤め、江戸へ戻って１８６３（文久３）年北町奉行に抜擢された。　宇井無愁は「奉行佐々木信濃守も赤井御門守なみの、架空の人物にすぎない。東京演題の「池田大助」は、この子が成人して士分に取り立てられてからの名だというが、これも怪しい」と書いている。前に解説した通りだが、東西の歴史上の有名人をどちらも知らないというのは不思議。ちょっと調べればいくらでも資料があるのに……「池田大助」が東京での題だというのも間違い。​​​​​​​

  2022.10.20

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• 落語「さ」の２２：ざこ八（ざこはち）

  【粗筋】　十年振りに故郷へ帰ってきた鶴吉、枡屋新兵衛と話をして知人の消息などを聞く。鶴吉が雑穀商ざこ八の店について尋ねると、「ざこ八の店は潰れ、娘のお絹さんは乞食同然の暮らしをしている。そうなったのも、鶴吉、お前のせいだ」　と言われる。十年前、鶴吉はこの新兵衛の仲人でざこ八の婿養子に迎えられることになっていたが、立派なざこ八の家に役にも立たない婿養子では申し訳ないと、商売の修行をするために旅立った。こうすればざこ八でも諦めて、立派な婿を取るだろうと思ったのである。ところが、残されたざこ八では世間体もあって、彼とよく似た養子を迎えた。この養子が女道楽で女房に苦労をかけた上、米相場の失敗で家屋敷を人手に渡した挙げ句、悪い病気で死んでしまった。残された女房お絹も病気をうつされて働けなくなっているというのである。　これを聞いた鶴吉は、お絹を女房として引き取り、身を粉にして働き、ざこ八の店を再興、お絹の身体も元通りに治した。そんなある日、出入りの魚屋が生きのいい鯛を持ち込むと、お絹が、「前の仏の精進日だから魚はいらない」　と断った。これが鶴吉の癪に触り、夫婦喧嘩となる。魚屋も仲裁しようと、「内儀さんが、先の仏、先の仏というから、今の仏が怒って……」　鶴吉は板前を呼んで近所の者にまで大判振る舞いを始める。お絹も負けじと精進料理をふるまう。みんな喜んで二度の御馳走をいただき、下も向けないくらい腹一杯になって外へ出る。そこに倒れている人がいる。「何だい、お前食いすぎてへばっているのか」「とんでもない。哀れな乞食でございます。もう三日も何もいただいておらず、ひもじい思いをしています」「えッ、お腹が空いている……ああ、うらやましい」【成立】　東京へは桂三木助（２）が「先の仏」という題で移入し、「今の仏が怒っている」で落としている。最後まで演じると「二度の御馳走」とも。春雨や雷蔵は米屋の繁盛を描き、新兵衛さんが訪ねて来て、「臼を８８も据えるほどになった。８万両もの財があるそうだな」「それほどはありません。臼（嘘）８００です」と落としていた。　１７７２（明和９）年『楽牽頭』の「大食」が「うらやましい」の落ち。戎講（旧１０月０日、商家で客や店員にご馳走する風習）で腹を抱えて帰る場面になっている。１７７３（安永２）年『聞上手』の「二度添」が、「前のかみさんはよい人であったが、今の仏も悪い人ではない」。１８０６（文化３）年『江戸嬉笑』の「精進」では「先の仏」と言っている。　夫婦両方からご馳走され、今度は帯の祝いがあると聞いて「腹帯の祝いだと聞いただけでも腹が大きくなった」という落ちも見える。【一言】　川口松太郎の名作『鶴八鶴次郎』では、あちらの鶴さんなるものが、江戸ッ子で、いなせで、粋で、いい男で、それに新内の名人ときているんだから、一寸、いい気持ちにさせられることがある。それにまた川口さんにしても、新派の花柳章太郎、伊志井寛にしても、安鶴さんなんどとは呼ばないで、昔からぼくを鶴さんである。如何にも、新派の人達らしい呼び方でぼくは嬉しいのだが、だからこの『鶴八鶴次郎』が出る時、ぼくもまんざら悪い気持ちはしないのである。名前というものは妙なものである。同じ鶴さんは鶴さんでも、桂三木助③の落語ともなれば、ぶて、こんな鶴さんだってあるのである。（安藤鶴夫）【蘊蓄】　死んだ先妻、先の夫を「先の仏」という。    後添は先ンの仏を耳にかけ（柳多留）​​​​

  2022.10.19

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• 落語「さ」の２６：酒の粕（さけのかす）

  ​【粗筋】　与太郎が酒の粕を食った。​「与太郎、いい顔色だな。酒を飲んだのか」「いや、酒の粕を食った」「いい若い者が酒の粕なんてみっともねえぜ。酒を飲んだと言いねえ」    ※「与太郎、いい顔色だな」「ああ、酒を飲んできた」「どれくらい飲んだ」「こんなのをふたッつ」「何だ、酒の粕を食ったのか。そういう時はこんな茶碗で２杯と言いねえ」    ※「与太郎、いい顔色だな」「ああ、酒を飲んできた」「どれくらい飲んだ」「こんな茶碗で２杯」「いい景気だな。冷やでか燗でか」「いいや、焼いて」​【成立】​　『日本昔話集成』３３２の「酒のカス」。江戸の小噺にもあって、与太郎ものの枕に使われるが、古くは前座の子供がこの程度の噺で一席を勤めていたという。正月の顔見世は時間が短いので、これで一席にしている例もよく見る。​【蘊蓄】​　酒の粕は、清酒の醸造に際し、もろみを絞った後に残る、文字通りの粕。これを蒸留すると焼酎になり、そのまま食用にし、奈良漬、魚肉漬などに用いる。

  2022.10.18

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• 落語「さ」の２２：酒好き（さけずき）：その４

  ​【粗筋】　親父は無筆だったが、息子を寺へやって手習いを覚えさせる。息子かなり手が上がって、「御酒一樽被下忝候（御酒一樽下され、かたじけなく候ふ＝酒を一立つ下さり、ありがとうございます）」と書いたものを見せる。「これは達筆。お前読んでみせい」「親父殿、ご自身でお読みなさい。お前の好きな物でじゃ」　と言うと、親父、親指を人差し指と中指の間に入れて、「これか」​【成立】　文化４（１８０７）年『按古於当世』巻六の「無筆の親父」、享保１３年『機嫌嚢』巻四の「女さかしうて」、文化１５（１８１８）年『口取肴』の「無筆」。まあ、その３と同じことだが、古いネタ帳に「無筆の酒」「酒の無筆」という演目が見えるのが、こちらではないかということである。​​

  2022.10.17

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• 落語「さ」の２４：酒好き（さけずき）：その３

  ​【粗筋】　息子が手習を覚え、無筆の親父が自慢に連れて回る。紙１枚に大きな字を書くと、「これはこれは、親父様のお好きな字じゃ」　と言うので赤面し、家に帰ると、「お前は人中であんな字を書いて、親に恥をかかすな」　と叱る。息子は訳が分からず、「酒という字を書いたのですが」「……そうか……俺はまたあれかと思うた」​【成立】　安永４（１７７５）年『聞童子』の「大文字」。原作は「女という字だと思った」というもの。​​

  2022.10.16

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• 落語「さ」の２３：酒好き（さけずき）：その２

  【粗筋】　新しく雇った奉公人、力自慢で、みんなが一日掛かりで割った薪を半日で割ってしまう。主人が喜んで褒美を出そうと、「お前が一番好きなものは何だ」「はい……」「何だ、言いにくいのか、かまわないから言え」「はい、二番目が酒でございます」【成立】　安永２（１７７３）年『坐笑産』の「好物」。お座敷では女将さんが尋ねるというが多い。一番は何なのか、うぶな私にはよく分からない。一般には小噺で「好物」という題で呼ぶらしいが、前後の小噺と並べるためにここに置く。　柳家小さん（５）が小噺で演じているが、これを見事に使ったのが三遊亭円歌（３）。歌奴時代の「浪曲社長」で「二番目は酒」と答える男に、社長がニヤつきながら一番を訪ねると、耳打ちして……「南京豆」。　中国の『笑府』にある「好内」は、一番好きなのは何だと聞かれて、はっきり「女性とすることです」と答える。では「それが終わった後で、一番好きなものは何だ」と尋ねると、少し考えて、「もう一度することです」。​​

  2022.10.15

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• 落語「さ」の２１：桜の下で（さくらのしたで）：その３

  ​​【粗筋】「堀君、この惑星にも桜が咲いたやないか」「よろしおましたなあ」　導入がＳＦでっしゃろ……付いて来て下さいよ。　二百年前に桜が滅び、復活を命じられて２５年、地球と似た惑星を探して育てるのに成功したのだ。国立資料館の資料もいい加減で、珍しい植物は出ているが、そこら中にある植物は載っていない。桜は日本という国にあって、どこにでもあったので資料が残っていなかったのである。「古い資料には花見をしたと書かれていました」「ほう……こうやって眺めていても別に面白くないなあ」「そうなんです。だから、何か特別のことがあるのではないかと探したところ、花見を継承している人が見付かりました」「何者だ」「花シカという、資料では座布団の上で、民族衣装でくだらない話をして笑ってもらうという……」「人間のクズだな……そんなのがまだ生き残っているのか」「いや、百年前に滅びたそうで……」「博士、今地球からハナシカという方がお見えになりました」「おお、こちらへ通せ」　といので、ハナシカが来る。ロボット何台も後ろに引き連れて、その道中のにぎやかなこと……鳴り物……「何じゃ、このバカ騒ぎは」「初めまして、私が花見の継承者でございます。お初にお目に掛かります……いよっ」「早速、花見を見せてくれ」「こちらに資料がございまして……」「見せてくれるか……かつらこめあさ落語全集」「それは、べえちょうと読みます。桂米朝で」「べちょ……何だか汚いな……何だ」「ハナシカの元祖らしゅうございます。花見に二つのパターンがございまして、一つは、お茶を薄めて一升瓶に詰め、おからを用意します」「何だか情けないな」「貧乏花見のパターンです。もう一つは、上等の酒に肴……百年目というパターンで」「そんな贅沢は出来ないな」「それでは一般的なやつで……芸者を揚げるという……芸者と言/いうのは女性で……」「この星に女はいないぞ」「ですから、ロボットを引き連れて来ました。国鶴３号、頼むよ」　鳴り物……酒を酌み交わして歌と踊り……「これで枝を折って……」「おい、それはいかん……やっと育てた桜だぞ」「何を言うとんのや……誰に物を言うとんのや……おい……」　大騒ぎ……「あの星も滅びたなあ……」「はい、見ていた星の住人が真似をして毎日毎晩酒を飲んで桜の枝を折ってどんちゃん騒ぎ……経済的にもつぶれるわなあ……しかし、この星、瓦礫の山やで」「ここにまた桜を咲かせます」「しかし、育てるのに２０年以上掛かった。お前さん６０過ぎるぞ」「大丈夫です。あのハナシカの本を盗み見ているので、花だけならすぐに咲きます」「この瓦礫にか……本当か」「はい、呪文と共に灰をまくだけで花が咲きます」、「どんな呪文や」「はい、みんな気付いてますが……瓦礫に花を咲かせましょう」【成立】　桂南光がオムニバスでやったＳＦ噺。​​

  2022.10.14

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• 落語「さ」の２０：桜の下で（さくらのしたで）：その２

  【粗筋】　今の花見はソメイヨシノを見るのが普通になったが、関西では山桜が一般的。『百人一首』にも、「もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし」と詠まれている。　石工の定次郎。腕はもう一つだが、人間として実にぼーっとした男。ある日定次郎が休みが欲しいと言い出した。田舎の寺に大きな桜があって、「桜寺」と呼ばれている。「そこで女の子が、よそ者やと男の子達にいじめられているのを見て、間に立ったんです」「ほう、大人しいお前が……その男の子達を蹴散らしたんか」「ボコボコにされました」　それでそのお花ちゃんが慕ってくれたが、大阪へ出ることになり、「十年経ったらこの桜の木の下で会おう」と約束をして別れたのだ。　故郷に帰ると、思い出も景色が全く変わっていない。寺の土塀に穴が空いている。昔を思い出してその穴から入ってみる。　中へ入ると大変な人出……酔っ払いに聞くと、「ずっと咲かなかった桜が十年振りに咲いたんや」と言う。こちらも十年振りだ。花ちゃんも１８歳になったはず。「おい、定と違うか」「はい、どちら様で」「久し振りやなあ。鯉殺しの鉄や」「ほんまか……足出してみい……うっ……臭……足をつけるだけで鯉が浮かんだ、昔のままや」　仲間が集まっていて……みんな変な呼び名……「久し振りやな」「十年ぶりや」「十年も帰って来なんだが、どうしたんや」「この寺にいたお花ちゃんと会う約束をしていたんや」「そうか……女より男との付き合いが大事や。飲め」と無理やり飲まされてしまう。　ぐでんぐでんになって約束の桜の木の下へ……うたたねをすると、揺り起こす者がある。それがお花ちゃん。久し振りの再開に昔を思い出して、「お花ちゃん」「定ちゃん」とやっていると……「おい、定、起きんか」　と寺の住職に揺り起こされる。「あれ……お花ちゃんは……」「こちらにおられるのが、お花のお母さん、お光っつぁんや」「は……どういうことで……」「お花ちゃんは三月前に亡くなった」「嘘でっしゃろ……」「こうして夢に出るのは、思いが残っているのやろう」　お花は年頃になって縁談が来るが、断り続けていた。お花は毎日桜の木の下で定次郎の無事を祈っていたのだ。病気になって行けないから、代わりに母親に行ってくれと頼み、毎日通ったが、とうとうお花は死んでしまった。「桜の花が咲いたのも、お花の思いが通じたのやろう。この木の下に埋めたのや」　お花の遺言で、母親が願い、住職が受け入れて、桜の木の下に葬ったのだ。　定次郎は、自分も一緒に埋めてくれと、桜によじ昇って、地面をめがけて飛び降りる。「さあ、埋めてくんなはれ」「お前、生きとるやないか」「どうして……」「桜の枝が抱くようにして受け止め、そっと下ろしてくれたのや。これはお花が、死ぬのは自分だけでええと思うて助けたのや」「どうしてそう言えるんです」「歌にもあるやろう。花よりほかに死ぬ人もなし」【成立】　桂南光がオムニバスでやった滑稽噺。『百人一首』６６，大僧正行尊の歌。​​

  2022.10.13

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• 落語「さ」の１９：桜の下で（さくらのしたで）：その１

  ​【粗筋】　落ち込んでいる男がいる。声を掛けると、同期のあまり動かない男が昇進し、自分は窓際へ。それで場所取りに来ている。話を聞いた男も会社で窓際族、うだつの上がらぬ男だと言う。ところが、会社の連中に呼ばれて行くのを見ていると、芸達者ですごい人気、最後に服を脱ぐと、背中の桜吹雪……同僚がみんな土下座する。嘘つきだと思ったら、そうではない。会社では窓際だが、こうして彫り物を入れてからは、宴会の王者、無くてはならぬ存在になったのだ。　話を聞いた男が一念発起、自分もやってもらおうと、彫り物師を探し出す。「金さんに憧れて」「ああ、萩本の欽ちゃん」「違う」「柳家金語楼……」「遠山の金さんです」「ああ、実はうちの先祖は本物の金さんに入れ墨をしたというが、資料が残ってない。どんな絵柄やったかな」「桜吹雪です」「ああ、それなら大丈夫や」　と彫ってもらったら……越路吹雪。​【成立】　桂南光がオムニバスでやった滑稽噺。​​

  2022.10.12

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• 落語「さ」の１８：桜鯛（さくらだい）

  【粗筋】　あるお殿様、あまり魚を召し上がらない。その日おかざりに鯛の塩焼きをつけて出したところ、どう御意に召したものか、二箸三箸おつけになり、「代わりを持て」　さァ困った、食べないと思ったから用意がない。鯛はあってもこれから焼いたんじゃ間に合わない。「お泉水わきに植え替えました桜がだいぶ蕾を満ちましたる様子、満開の節はさぞみごとならんと、臣ら一同楽しみおりますることにございます」「そうじゃの……惜しいかな、築山のうしろに一枝出ておるが、こちらに向いておれば一入の眺めであろうに」　と、気を取られている間に、ひょいと鯛を返して、「代わを持参いたしました」　これも二箸三箸召し上がって、「代わりを持て」　とおっしゃる。もう裏返しには出来ない。「これ、何をいたしておる。代わりじゃ……ふふふふふ、しからば今一度桜をみようか」【成立】　１７１２（正徳２）年『笑眉』の「松によする鯛」。１７７３（安永２）年『口拍子』の「鯛の焼物」。これは時化で魚が手に入らないという噺。　殿様・大名の噺の枕に用いる小噺。１９７９（昭和５４）年９月３日、三遊亭圓生（６）は、習志野圓生後援会旗揚げの席でこの小噺を演じた直後、心臓発作を起こして不帰の客となった。　昭和という時代の、特に戦後を代表する噺家を上げると、桂文楽、古今亭志ん生、三遊亭圓生の三人に落ちつくだろう。　文楽は持ちネタは少ないが、いつも同じ語り口で口演時間もほとんど一定であり、完成された本格派の芸といえる。数種類の音源をを聞いても、同じ音源かと思うほど同じ。　一方志ん生は最もアドリブの利く本格派で、笑いを呼ぶ力量は群を抜いていた。同じネタを録音していても、乗っているなと思うもの、詰まらなそうに演っているもの、出来不出来が甚だしい。圓生は、道場で竹刀で打ち合えば勝てるが、真剣勝負になったら全く分からないと言っていた。　圓生は人情噺でその力量を見せつけ、滑稽噺の多くにも何かしら人情というものを感じさせる部分を取り入れる工夫をして、独自の世界を造り上げた。残っている録音も、場に応じて臨機応変で時間も様々。不出来というのはほとんど見当たらないが、文楽・志ん生が、それぞれ芸の行き詰まりから高座を下りた（それぞれ「大仏餅」「代り目」を参照）のに対し、高座で倒れた圓生は本当に幸福な噺家だったに違いない。【一言】　大きな城郭が音もなく崩れ落ちた。（柳家小さん（５）：圓生の死を聞いて）○　（九月三日の夜、新聞社から円生の死を伝える電話があり、留守宅からは弟子からの知らせも入る。その後幾つもの新聞社から電話が来たが）毎日新聞社が、今夜のうちにぜひ追悼文を書いてくれという。茶の間のチャブ台でそれを書いている私の膝へ、庭の闇の中から、黒い大きな蝶々が飛んできて、止まった。追悼文を書いているうちに、長調はうごかず私の膝の上にいた。（宇野信夫）​【蘊蓄】　三遊亭圓生（６）の命日は、奇しくも満７９歳の誕生日であったが、この日たまたま上野動物園のパンダ、ランランも死に、新聞の死亡記事は、最も大きいものでパンダの半分以下でしかなかった。因みに最後まで演じた一席噺は、２日前の「夏の医者」である。なぜか間違っている本が多いので要注意。​​​​​

  2022.10.11

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• 落語「さ」の１７：作文（さくぶん）

  【粗筋】　商店街の寄合なのに日付が変わってから帰って来る写真屋の亭主、かみさんと喧嘩になり、かみさんが子供の書いた作文を出す。　僕のお父さんは写真屋で、いつもニコニコして写真を撮っています。でも一度叱られました。お店の写真で遊んでいたら、怖い顔をして写真を取り上げ、ほっぺたを思い切り叩かれました。お母さんが「お父さんは、お前が憎くて叩いたんと違うで」と言いましたが、お父さんは「ええ加減なことを言うな。わしは憎うて叩いたんや。お客さんの大事な思い出を粗末に扱う奴は、例え我が子でも腹が立つんや」と言いました。僕が謝ると、お父さんは「分かったらええんや」と僕の頭をなでてくれました。僕は大きくなったらお父さんのような立派な写真屋さんになります……　これを読んだ父親は、親父を乗り越えられないと、半ばやけになっていたのを反省、心を入れ替えて懸命に働くようになった。　商店街の懇談会、話し合いが終わるとさっさと帰って来て、飲み会行く暇があったら仕事をすると言う。息子に作文のお陰だと礼を言うと、「あれ、お母ちゃんが書いたんや」「え、ほんまか……どうもわしゃお前に手を上げたことだけはなかったと思ったんやが……でも、そのおかげで仕事に精出せるようになったんや。よくあんなこと思い付いたな」　「実は、私も小さい頃、お母ちゃんに書かされてん」【成立】　桂文枝（６）の創作落語。第３０作、１９８２年１月の作品。　どうでもいいけど、私の話。小学５年生の時に、夏休みの宿題で読書感想文が出た。木下順二の「夕鶴」を​読んで、「疑いを持った時に愛は終わる」と書いて叱られた。中学１年の時も、川端康成の「山の音」で死を意識しつつ恋愛感情を抱く老人の心情を書いたら怒られた。二つとも、いまだに理由が分からない。親か誰かに書いてもらったのだろうという、先生の子供の純情を信じない姿に、大人はみな心がゆがんでいるんだと思った。腹が立って中２の感想文は、ノートに仕える「白い本」を読んで感想を書いた。先生がまた怒ってやり直しを命じたので、「電話帳」を読んだ感想を出したら、何も言われなくなった。​

  2022.10.10

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• 落語「さ」の１６：鷺取り（さぎとり）

  【粗筋】　商売をしたいが元手はなし、それなら鳥でも捕まえようと考えた脳天気な男、鶯取りや雀取りに失敗し、今度は鷺取りに挑戦……遠くから「さーぎー」と呼ぶが、近づいて行く度に声を小さくすると、鷺はアホやからだんだん遠くへ行っていると思い込み、油断をしたところをピャッと捕まえるという作戦……話を聞いて馬鹿馬鹿しくなった隠居が、「鳥目というくらいやから、暗いうちなら捕まるやろ。萩の円堂寺の庭に鷺が沢山降りとるから、朝早う行けばええ」　と教えたので、この呑気者が翌朝早く出掛けた。寝込んでいる鷺を簡単に取って帯に首をはさんでおくが、よせばいいのに体の回りぐるーっと鷺で一杯にしてしまう。さて帰ろうとする時になって、鷺が目を覚まし、一斉に羽ばたいてこの男を空高く飛ばせてしまう。「取る時はなんぼでも取らせておいて、帰る間際になってこんなことになるとは、ほんまに鷺（詐欺）に会うたようなもんや」　と愚痴りながら飛んでいたが、目の前の棒にしがみついて鷺を全部解き放ち、助かったと思いきや、何と天王寺の五重塔の九輪につかまっていた。　天王寺の塔に変な物が見えると、大阪中の人が見物に来た。人を救うは出家の勤めと、寺の坊主が大勢が一度に寝る大きな布団を持ち出した。「これへ飛べ。救ふてやる」と書いた幟を上げると、男は布団目掛けて飛び下りた。男が布団の真ん中へ真っ逆様に落ち、四隅を持った坊さんが頭をゴチゴチゴチゴチ……とぶつけ……　一人助かって、四人死んじゃった。【成立】　天明の頃（１７８１～８９）の『旧観雑話』の「八坂の塔」が原話とされている。「鴨取り権兵衛」など、民話に類話が見える。東京では「雁取り」「雁釣り」という題で、助けようとしたが、目から火が出て火事になり、焼け死んでしまったという落ちになる。前半の商売に失敗する部分では「商売根問い」が引用される。　雀を捕まえるのに酒の粕と南京豆を撒いて、酔った雀が豆を枕にするというのは、寛延４（１７５１）年『開口新語』にある。ここでは小石を枕にしている。　鷺を捕まえるのに、遠くで大声を上げ、近付くにつれて声を下げ、側へ行ってぱっと捕まえるというやり方は、寛政１０（１７８８）年『全謔随訳』続編の「鷺ヲ捕ル術有リ」にある。　桂枝雀（２）が放送でよく演じていたが、「一人助かって……（と思わせぶりに間をおいて）四人死んだんです」「一人助かって（笑いながら）四人死んでもた」　その時に応じて色々な口調で落としていたのが印象深い。東京では「雁取り」で、柳家つばめ（４）は、四人の坊さんが頭をぶつけ、目から火が出て焼け死んじゃうというもの。目から火が出て五重塔が焼けてしまうという話も昔からある。【一言】　（大阪の人々が天王寺へ向かう場面では鳴り物入りでニワカが入る）あれも昔から型としておましてんて。私が習たんはねェ、佐官屋の若い衆が心中するのに商売道具の壁塗るコテで腹切った。そら何やちゅうと「若い時の心中はコテでせえ」……「若い時のしんどは買うてせい」ちゅう諺のシャレですわ。それと「太夫（旅）の恥はかき捨て」ちゅうのとあとひとつ……ちょっと度忘れしましたけどやっぱり都合三つおましたで。あのニワカはねェ、その時々の新しいことをどんどん採り入れていかなあきまへんねん。で、わたしも、火事で坊さんだけが焼け死んだ。なんでやっちゅうたら「焼死者は坊様だ」というやつとか、ある人がかわいがってた狆といっしょに死化粧して焼身自殺した。熱いことなかったんやろか？「狆とメーキャップすれば火もまた涼し」てな自作を入れてましてん。（桂枝雀（２））【蘊蓄】　鷺は鶴に似た鳥。鶴は後指が退化して木に止まれないのに対して、鷺は木の枝に止まれることができる。「松上の鶴」というが、これは鷺が樹上に巣を作るのを見間違えたものといわれる。コウノトリも鷺の仲間である。​​​​

  2022.10.09

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• 落語「さ」の１５：酒代（さかだい）

  【粗筋】　新春、仲間が集まって一杯やろうとしたが、一人も金を持っていない。そこへ弥太が鯛を持って通り掛かった。女房の智恵で四、五十銭の鯛を買い、これを旧主人に年賀として届けて、お返しの一円をもらおうというのである。友達は、五分に切った葱に塩を振りかけて、　　汐は良し七福神の宝船只一文字にはいる御当家　という歌を添えれば三円はもらえると教える。これで、二円持って帰って嬶を喜ばせ、残る一円で酒を買って鯛を魚に飲める訳である。　弥太、旧主人の隠居のところへ行き、うまく三円を手に入れたが、「この狂歌は表の意味ばかりではあるまい。ネギは冬に栄えるから、野菜の中の常盤木……なるほど、松に見立てたな。塩はすなわち雪……雪中松という趣向も見えるが、弥太、これは勅題という趣向か」「いえ、実は酒代でございます」​【成立】​　１９３２（昭和７）年、大文館書店の『新落語全集』に、柳家つばめの速記が載っている。設定は「鮑熨斗」で、「加賀千代」風な部分もあり、何となく中途半端な印象に。​​​​

  2022.10.08

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• 落語「さ」の１４：盃の殿様（さかずきのとのさま）

  【粗筋】　剣術嫌いで学問嫌いの殿様が仮病を使ううちに、本物の鬱病になってしまう。気晴らしに吉原へ行くと、花扇という花魁と深い仲になる。そのうちに江戸を発ってお国入りということになるが、国へ帰ってからも花扇を忘れられない。早見東作という、三百里を十日で走る足の速い男をやとって、盃を届けさせると、花扇喜んで「それでは御返杯」と頼む。ところが東作が箱根山で大名行列の供さきをきって取り押さえられてしまう。一部始終を聞いた大名が、「なるほど、大名の遊びとはこうありたいもの。そちの主人にあやかりたい」と、盃を借りて一気に飲み干した。  無事国に帰った東作が殿様に報告すると、「見事。いま一献と申して参れ」「はっ」　エッサッサ……と盃をかついで駆け出したが、さて、どこの大名だか分からないので……いまだに探しているそうで……【成立】　生粋の江戸噺。柳家小さん（２・禽語楼小さん）の速記をもとに三遊亭圓生（６）が復元した。　速記では、殿様が通ぶって職人の恰好をする場面があるが、この風俗は分かりにくいので、圓生はカットしている。小さんの速記では「明治２３年になって、上野の勧業博覧会の美術館で、ようやく殿様にその盃を渡した」という落ちになっている。古い型は「いま一献と申して参れ」で落ちにするそうだ。「殿様の廓通い」「月の杯」とも。圓生の古いレコード全集では「はいのとのさま」とルビがある。【一言】　大盃については、いろいろな名器や逸話も伝えられているが、わたしが拝見したなかでの佳品は、大田区の旧家池上家に伝えられる「蜂竜盃」である。同家の伝によれば五世友康が文治年中、源頼朝より授与されたもので日蓮上人も用いたことがあるという。七合入り朱うるしの大盃で、なかに金泥で竜と蜂と蟹が描かれている。とんだ三題噺だが蜂は「さす」、竜は「呑む」、蟹は肴を「はさむ」という意を寓したものである。慶安年間、池上家の当主太郎左衛門（大蛇丸）と江戸大塚の茨木春朝朔（地黄坊樽次）がこの大盃で行った酒合戦は、本邦酒飲み史の圧巻としてよく知られている。飲み屋のちょこを前にした酒は、どうしても上役の悪口や、かみさんへの不満などしみったれた酔いかたになってくる。天下国家を論ずる酒は、すべからく大器名器でチクと傾けたいものである。以上、わたしは盃の大きさのみを力説したが、『盃の殿様』ともなれば盃はおろか、江戸と国もとの距離感などもまったく眼中にないらしい。まことに大名とは、かく大腹でありたいもの、あっぱれ、こういう人物こそ、いまだに島国根性を忘れることのできない日本人にとって、まさに「理想的人間像」といえよう。（永井啓夫）●　大体が漫画的な噺ですからそういう点がむずかしい。（三遊亭圓生（６））【蘊蓄】　大名行列を横切ることは御法度で、その場で斬り殺してもさしつかえなかった。​​​​​

  2022.10.07

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• 落語「さ」の１２：逆さの蚊帳（さかさのかや）

  ​​【粗筋】　田舎者の二人連れが江戸見物。浅草であんころ餅を食って感激し、別の店で炭団を売っているのを見ると、「さっきの店より安い」　と買って食べてしまい、口中真っ黒にする。　宿に帰ると蚊帳がたたんで置いてある。これを知らない二人が逆さに吊り、入口がないので床の間から上がって飛び込んだ。ドタンバタンという物音に驚いて番頭が飛んで来ると、「まことにすみませんが、虫が来るといけやせんから、蚊帳の蓋をお願いします」【成立】　『日本昔話集成』３１２「とびこみ蚊帳」。１７０４（元禄１７）年『軽口居合刀』の「山家の者蚊帳を知らぬ事」。​​

  2022.10.05

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• 落語「さ」の１１：逆い夢（さかいゆめ）

  【粗筋】　男が見た夢というのが、卯の日を幸い住吉へ参詣、島之内鰻谷で古手屋八郎兵衛で羽織を回、太左衛門橋で岩井風呂に飛び込み、お梶さん富はと聞くと、富は堺へ仕替えにと言うので、日本橋筋毘沙門さんへ、裏へ抜けると長町裏、駕籠が来た後ろから、この駕籠待てと声を掛けたのが団七九郎、駕籠には玉島磯之丞の相方・琴浦がいるかと思いきや、駕籠屋を見ると吾妻の与次郎と浪速の次郎作、これはかむろが乗っているかと思い、垂を上げてみると、勘平の女房・おかる……夜が更けるので帰ろうとすると、大和橋で盗人が出た。これが稲葉小僧、日本駄右衛門、鼠小僧次郎吉に石川五右衛門、「今俺がここを通ったことを必ず言うなよ」と金を恵んでくれた。「ありがたいと思うたら目が覚めたが、正夢でしょうか」「それは大和橋の北か南か」「南詰でおます」「そらあかん。逆い夢や」【成立】　大和橋から南は堺、夢は逆夢と地名を掛けたもの。雑誌『上方ばなし』に笑福亭松鶴（３）の速記が載っている。​​

  2022.10.04

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• 落語「さ」の１０：西遊記（さいゆうき）

  【粗筋】　孫悟空、緒八戒、沙悟浄をお供に天竺への道を急ぐ三蔵法師、とある村で八戒と三蔵法師が泉の水を飲んだところ、そろって妊娠してしまう。村人に聞くと、これは子種を宿す泉だという。山の中に子供をおろす泉があるというので孫悟空と沙悟浄が出掛けると、魔物がこの泉を守って邪魔をする。孫悟空は耳に隠してある如意棒を取り出して魔物を退治し、無事泉の水を手に入れた。三蔵法師達も助かり、村人もこれから泉の水が自由に手に入るようになって喜ぶ。「それにしてもあなた方からは何とも言えぬよい香りがただよっていますなァ」「それは私、豚の残飯の匂い」「いいえ、私、河童の藻の香り」「二人とも引っ込んでな。匂い棒（如意棒）は俺の耳にあらァ」【成立】　子供の頃に露の五郎兵衛が演ったのを聞いた。金閣銀閣、牛魔大王と羅刹女など、『西遊記』に面白い話はいくらでもあり、それぞれが落語になっていたものと思う。子供の頃に幾つか聞いている記憶があるが、これ以外覚えていない。【蘊蓄】　『西遊記』は中国四大奇書の一つ。実際には一人で天竺へ入った三蔵法師であるが、これに三匹の魔物をお供につけたのが傑作たる所以。沙悟浄は河童と訳されているが、実際には砂に住む河童のような動物である。​​​　手塚治虫の「孫悟空」、「♪学校が好ッき、好ッき好ッき……」って、覚えてない？　私も見たことがないが、歌だけは知っている。「モンキーマジック」も、ドラマを見たことがないが歌は知っている。

  2022.10.03

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• ９：材木丁稚（ざいもくでっち）

  【粗筋】　長堀の材木浜で材木を陸揚げしている仲士たち、　　♪酒井の雅楽（うた）さん、姫路をとられ、そこで姫路が、半所となるよ……　と歌って仕事をしていたが、通り掛かった足の悪い娘をからかって、　　♪橋を通るは、どこの嬢（じょう）じゃよ、器量はええけど、片足短い……　と即興で歌ったので、娘は鳴きながら帰って父親に訴える。「材木仲士は口が悪い、腹を立てても仕方がないが、お前の足が片方短いなんてことがあるものか。定吉、そこの尺持ってきてはかってやり」「嬢はん、泣きはらんかてよろしおます。片足短いどころが、片一方が長いくらいや」【成立】　１６２３（元和９）年の『醒睡笑』巻之四「そでない合点」で、「あなたの足は片方が人よりも短いか」「いや、片方が人よりも長い」という小噺。当然体の不自由の人への配慮があるし、材木仲士の歌も分からなくなったため、演じられることはなくなった。振袖で長さが違うという小噺になっている。【蘊蓄】　１２８３（弘安６）年の米沢本『沙石集』巻四に、京の弁阿という人相見の片足が短く、びっこをひいていると聞いて弟子に確かめたところ、「とんでもない、世間では片方の足が長いのじゃと言っています」と答えたという実話が掲載されている。​​​

  2022.10.02

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• 落語「さ」の８：賽投げ（さいなげ）

  【粗筋】　贔屓の関取が負けてばかりで夫が腹を立てている。女房が勝ったつもりになれと言うが、そんなつもりにはなれない。仕方がない、本当に相撲をやろうと言い出し、二人で相撲を取ることになった。裸になって帯でまわしを締めるが、「帯があすこに食い込んで……」「帯と言うな、まわしと言え」　がっぷり四つに組んだが、女房が、「あたし、いつもの気分になってしまいました」「相撲中はそんな気分を出すんじゃない……いや、これはいかん、わしもいつもの気分になって来た」「まわし……邪魔ですわね。外しましょうか」「そ、そんな相撲があるか」　夫は勝負を付けようと女房を投げるが、力が入り過ぎて女房はふすまを破り、玄関の戸まで倒して表へ転がり出てしまう。ちょうど巡査が通り掛かり、夫が逮捕された。「いったい何の罪です」「博奕の罪だ」「女房と相撲を取っただけで、金を掛けていません」「いや、賽（妻）を投げたではないか」​【成立】　１８２４（文政７）年『咄土産』の「夫婦」。「相撲の蚊帳」を柳家三語楼（１）が改作したものといわれるが、小噺は「賽」であって。こちらのままの内容なので、改作というより、参考にしたという感じ。「妻投げ」とも。あんまりひどいので、夫婦喧嘩で妻が投げられるだけの簡単な小噺として演じられることはある。録音に残っている三語楼の所演は、とにかく本文の通りギリギリまで行く演出。​​

  2022.10.01

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• 落語「さ」の７：在宅勤務（ざいたくきんむ）

  【粗筋】　部長に呼ばれて家に行くと、部長は足を頭の上で組んでいる。「どうしてそうなったんです」「オイランでヨカをやったら戻らなくなった」「それはもしかしてオンラインでヨガですか」「何とかしてくれ」　コロナの在宅勤務で、ネットで仕事をしていたが、運動不足だと思ってヨガをやったらこんな格好になり、そこでネットが切れてしまった。ようやくワイファイがつながって部下を呼んだのだ。「それは不幸中のワイファイでしたね。奥さんに助けてもらえばいいじゃありませんか」　亭主が在宅勤務に決まった途端、ソーシャルディスタンスが大事だと、子供を連れて実家へ帰ってしまった。食事は全部出前、配達するのもアルバイトの素人ばかり。ラグビー選手がトライで届けるので食べ物が寄って、握り寿司がちらし寿司になっている。落語家のバイトは１０日間仕事をすると言って３日で辞めたらしい。「辛抱足らんと違いますか」「だから落語家になるしかないんやろう」　……歌舞伎役者は食事を届けても、一芝居やらないと終わらない。　そこにデザートが届いたが、配達するのがすごいお爺ちゃん。「ご注文のＪアラートです」「ジェラートじゃありませんか」「あ、溶けてもた」「そんな馬鹿な」「ああ、そうや……店で入れるの忘れてた」　妻が帰って来たので、これ幸いと、部下は逃げ出す。「おい、寿司からデザートまで食っておいて、そらないやろ」と追おうとしたら頭に絡まっている足が外れた。「良かった、足が抜けたで……」「私も籍を抜いておきました」【成立】　桂文珍が２０２０年夏に演った。​​

  2022.09.30

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• 落語「さ」の６：財前五郎（ざいぜんごろう）

  ​​【粗筋】　医者が患者に癌だと伝えたいが、手術をすれば１００％治るのだが初めての告知ということで自信がない。そこで看護婦に脈を取らせ、耳元で「ガンもどき」「ガンジー」「ガンマン」などとささやく。ガンと聞いても脈が変わらないので大丈夫だと判断して告知する……手はずを整えたが。気の弱い医者がどうしても本当のことが言えず、結局看護婦から告知することになってしまった。　診療室に戻った医者、「こんな時に何だが、プロポーズの答を今日聞かせてくれる約束だったね。イエスかノーか聞かせてくれ。たとえノーでも自殺したりしないから」「そうですか……では脈を拝見……ノー卒中、ノートルダム寺院、ノースウェスト航空……」【成立】　五明楼玉の輔の創作落語。題名は「白い巨頭」の主人公。ネタ帳にカタカナで書かれていたので一瞬考えてしまった。前座が分からなくてかな書きしたのだろう。​​

  2022.09.29

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• 落語「さ」の５：最終試験（さいしゅうしけん）

  【粗筋】　最終試験で合格すれば就職が出来ると思ったら、緊張で体中がガチガチに硬直してしまった。「こんな状態で、私、落とされますか」「ここで落とすことはありません」「私なら落としますが……」「まあ、座って下さい」「ああっ……言われる前に座ってしまったあ。面接官に言われる前に座ってはならないと分かっていたのに……」「いや、床に座るのでなく、椅子に……では、簡単な自己紹介をして下さい」「はい、私は……ああっ、緊張ですごい高い声になってしまったあ……す、鈴木五郎、電気通信大学文学部」「文学部って何をするんですか」「エジソンの伝記を読んだり……電気の伝記です……８年生です」「３４歳で８年生って」「８浪です。でも名前は五郎です」「志望動機をお願いします」「志望の動機ですか……ど、ど、動悸で死亡しそうです」「大学で力を入れたことは何ですか」「部活です。落語研究会です。ポンポコ亭ひょうきん丸、二代目です」「就職活動で、落語は役に立つと思いますか」「全く、役に立たないと思います」「普通は役立つって言うでしょう……どうしてです」「落語も就職活動も、受けても受けても、最後は落ちる」「ではこれで結構です」「はい……失礼します……ああっ、ドアを閉めてから挨拶をしてしまった……ドアを閉める前に言わなければならないのに。ドアに挨拶をしてしまった……ああっ……」「ああっ、緊張したぁ……面接官なんて初めてだから……社長が適当でいいからと言うけれど……何だい今の……あんなに緊張することないじゃないか……合格するに決まっているのに……社長の息子なんだから」​【成立】　春風亭昇々の創作落語。​​

  2022.09.28

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• 落語「さ」の４：西郷どん（さいごうどん）

  【粗筋】　西郷隆盛、鹿児島の人々は親しみを込めて「西郷どん」と呼ぶ。他の人も同じで、大久保利通は「大久保どん」、坂本龍馬は「坂本どん」、勝海舟は「勝どん」。　上野の西郷どんが出来た時、未亡人の方が見たが、「うんにゃ、家（うち）ん人はこげな顔じゃなか。家ん人は耳が立っとらんし、四つ足じゃなか」「それは犬じゃ。犬の横たい」「うんにゃ、家ん人はこげな顔じゃなか。家ん人は青い顔をしとらん」「当たり前じゃ、銅像なんじゃから」　明治になった時に戸籍を登録したが、代理人が行って間違って父親の名前を届けてしまった。それを誰も気にしなかったというのがおおらかで薩摩らしい。　西郷という男は大太鼓のような男、大きく打てば大きく響く、と言われた。私も母親から大太鼓のようだと言われる。「どうしてだい」「この罰当たりが」【成立】　「西郷隆盛」とも。色々な人が演じているが、その生い立ちや逸話を並べるもので、まあほぼ自作。本文は桂竹丸のものを採用した。【蘊蓄】　西郷隆盛の落語に入っていない逸話。　弟と共同生活をし、女中として老婆を一人雇っていた。兄が急ぎの用で早く出掛けた後、弟がいつものように起きて食事をすると、怪訝そうな顔をして、「兄上もこれを召し上がって行ったのか」「はい」「何かおっしゃらなかったのか」「何もおっしゃいません」「この汁には味がついておらん」　女中の婆さん、忙しかったので味付けを忘れたというのだ。兄も気付いていたのだろうが、作り直す暇はなかろうし、叱っても仕方がない、後で気付いて注意をするようになるだろうと、黙ってこれを食べて出て行ったのだ。弟が兄の思いやりに感動したという。　後で兄に話すと、「味がついていなかった……そうだったか」　……西郷どんについて書かれた本には、最後の落ちがなく、何と思いやりのある人だろうで終わっていた。​​​

  2022.09.27

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• 落語「さ」の３：西京土産（さいきょうみやげ）

  【粗筋】　長屋に住む独り者の熊五郎、隣の作蔵が女を連れ込んでいるので嫌味を言いに行く。この作蔵、元は士族で、今は古紙回収業として、京を回った折に祇園の芸妓の絵姿に一目惚れ、その絵を買い取って毎日供え物をし、現実にこの美女に会えるよう祈っていると、その女が絵から抜け出して来たのだという。作蔵のいる時以外は絵の中に隠れていて、作蔵のいる時だけ絵から出て甲斐甲斐しく働いてくれる。飯を食わないので金も掛からず、絶世の美女ではあるしということで、まさに我が世の春だという。　熊五郎も同じようにやってみようと、籠を持ち出して近所を歩き回り、やっとのことで花魁の絵姿を手に入れる。拝むこと数日、絵から女が抜け出てきたのはいいが、あれが食いたい、これが食いたい、朝寝坊させろ……と注文が多いうえにとんでもないぐうたら。ひどい女を女房にしたと思っても後の祭り、そのうち女は熊五郎が仕事に行っている間に行方をくらましてしまった。易に凝っている大家にみてもらうと、「清風と出た。これは神隠しじゃないか」「いいえ、柱隠しでございます」【成立】　三遊亭円遊（１）の作と伝わる。　「清風」とは、天狗の羽うちわが起こす風、神隠しが天狗のしわざと考えられていたので、大家は冗談半分に神隠しだろうと言ったもの。「柱隠し」とは、柱にかける書画のこと、つまり絵に戻ったのだろうという落ち。　後の女がぐうたらだという設定は面白いが、それ以外にこれという聞かせ所もなく、どうしても消えていく噺。【一言】　百花園の速記で見ただけです。まずやった人はないでしょう。（三笑亭圓生（６））【蘊蓄】　１８６９（明治２）年の版籍奉還による、いわゆる没落士族を背景においた作品。​​​

  2022.09.26

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• 落語「さ」の２：西行（さいぎょう）：その２：阿漕浦（あこぎがうら）

  【粗筋】　染殿の内侍が春の野へ散策し、菜の花畑に蝶が飛ぶのを見て駕籠を止めると、　　蝶（丁）なれば二羽か四羽か飛ぶべきに三羽飛ぶとはあれは半なり　という短冊が差し出された。彼女に振られた侍が嫌がらせに差し出したものであった。博奕を知らぬ内侍が返歌もできず困っていると、今一葉の短冊。　　一羽にて千鳥といへる鳥もあらば何羽飛ぶとも蝶は蝶（兆）なり　この歌の主は北面の武士・佐藤兵衛尉憲清。内侍が礼として着物を下さったが、彼女の姿を見た憲清、その美しさに恋煩い。女官達が内侍に知らせると、憲清の元に手紙が届いた。「この世にて逢はず、あの世にてもあはず、御世過ぎての後、西方阿弥陀の浄土にて我を待つべし。あなかしこ」  とある。憲清は、「今夜は逢えない、明日もだめ。３夜過ぎて４日目の夜、西の阿弥陀堂で私を待て」　という意味だと理解して出掛けて行くが、早く行き過ぎて居眠りをしたところへ内侍がやって来てしまう。　　我ならば鶏鳴くまでも待つべきに思はねばこそまどろみにけり　　（私なら朝鶏が鳴くまで待っているでしょうに、　　　あなたは本当に思っていないからこそ居眠りをなさるのでしょう）　という歌を残して帰ろうとした、その気配に飛び起きた憲清が、　　宵は待ち夜中はうらみ暁は夢にや見んとしばしまどろむ　　（宵のうちはあなたを待ち、夜中になるとあなたをうらみ、暁にはせめて　　　あなたを夢で見ることが出来るのではないかと思ってしばらくうたたねをしたのです）　と返歌した。これで内侍の機嫌が直り、一夜を共にするが、鶏鳴暁を告げる頃、憲清が「またの逢う瀬は」と聞くと、「阿漕であろう」との返事。　　伊勢の海阿漕ヶ浦に曳く網も度重なればあらはれにけり　　（伊勢の阿漕ヶ浦で曳く網も、何度も曳いていれば水から姿を表すように、　　　二人の仲も、度重なれば知る人も出てくるでしょう）　の歌を知らぬ憲清は、意味が分からないのを恥じ、武士を捨てて剃髪、名を西行と改めて歌修行の旅に出る。　伊勢の国で馬方が、「われのような阿漕なやつは……」　と馬を叱るのに耳を止めた西行がその意味を尋ねると、「あとの宿で豆ェ食っときながら、まだ二宿も稼がねえうちに豆ェ食いたがるだよ」「ああ、してみると二度目のことが阿漕かしらん」【成立】　民話の「西行と女」など、西行伝説をもとにしたもの。ただ「西行」というのは一般にこちら。「西行法師」「恋の歌法師」とも。落ちは「豆」が女性自身の隠語であり、馬方の台詞を聞いた西行が、「二度目はしつこいわ」という意味だと解釈したもの。「馬」と「豆」を並べる艶笑的な落ちなので、旅に出たところで切ることが多いが、歌人として「阿漕」を知らないのはおかしいのに、「豆」はちゃんと理解しているというのがおかしい。消えてしまうのはもったいないように思う。柳亭痴楽（５）が演じていたのを子供の頃聞いたが、出家したところまでで、落ちまでは聞いていない。三遊亭円歌（３）は落ちまで演じていた。【一言】　柳亭痴楽には他の落語家がもっていないすばらしい長所がある。それは彼ほど自意識過剰になやむ近代的な青年男女を描けるひとはほかにいない点である。現代落語にあっては他の落語にない特徴のひとつに、感情のオーバーを気づいて、あるいは、それを照れて情緒のながれにストップをかけることがあげられるが、彼の『西行』には随所にそれがあらわれて、わたくしたちの笑いをさそう。それは、いかにもシニカルな効果をあげ、知的な笑いをさそう。登場人物の恋の感情が急速度でたかまってゆくのを、演者のしぐさとはなしかたで、サッ！と斬っておとしてパロディにかえてしまう個所がある。（虫明亜呂無）●　師匠の三遊亭圓歌（２）から教わりました。地噺なので自由にアドリブをいれることができます。馬方の出る前で終るときは「西行法師、若き日の失恋をただはなし家が調べただけでございます」といって高座をおります。（三遊亭圓歌（３））【蘊蓄】　西行（元永元（１１１８）～建久元（９０））の本名は落語では佐藤義清とするが、書物によって憲清・則清・範清などと書かれる。１６歳頃から徳大寺家に仕え、鳥羽上皇の北面の武士となった。保延６（１１４０）年１０月１５日、２３歳で出家し旅に出たが、その足跡は東は奥州、西は四国、九州まで及んでいる。残した歌は２０９０首、連歌１０首。　出家について、絵巻『西行物語』では、同僚の佐藤憲康と一緒に退出したが、翌日出仕しようとすると、すでに亡くなっていたため、無常を感じたとある　『源平盛衰記』では、身分違いの恋を語り、相手は美福門院であるとしている。文治２（１１８６）年、頼朝と対面したことが『吾妻鏡』に書かれている。東大寺再興のために、奥州藤原氏に勧請に行ったらしい。奥州藤原氏は一族であり、秀郷以来の兵法を頼朝に伝えたともされる。奥州には義経が逃げていたはずだが、会った形跡はない。　亡くなったのは１１９０年２月１６日、　　願はくは花の下にて春死なんその如月の望月の頃　　（出来るなら桜の花の下で、春に死のう。お釈迦様が亡くなったのと同じ二月の満月の頃に）　と歌に詠んだ通りになったということで、藤原俊成が、　　ねがひおきし花の下にて終りけり蓮の上にもたがはざるらん　と詠んだ（『長秋詠藻』）。このことから大変な人気となって、死後１５年目の元久２（１２０５）年に『新古今和歌集』が編纂され（中心となったのは俊成の子の定家）、９４首が入集したが、この数は集中第１位である。　尚、西行が亡くなる日を当てたのに対し、兼好法師は『徒然草』で「長くとも、四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。（長生きをしても、四十に足りないくらいで死ぬのこと、見苦しくないようだ」と書いて７０歳まで生きたので、兼行は駄目だなんて書く文学者、研究者がいるのは驚く。兼行は実感から書いたので、この文を書いたのが最も若い説で４３歳、一般には５２歳と言われている。​​​​​

  2022.09.23

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• 落語「さ」の１：西行（さいぎょう）：その１鼓ヶ滝（つづみがだき）

  【粗筋】　旅人が有馬温泉近くの滝で、　　伝え聞く鼓ヶ滝へ来てみれば沢辺に咲きしたんぽぽの花　と詠んだ。松の根元で一眠りして歩き出すが、道に迷ってようやく一軒家を見つけて泊めてもらう。そこで自作の歌を披露する。「鼓ヶ滝」と「たんぽぽ」の縁が上出来と思ったのだが、これを聞いた爺さんが、「鼓が滝だから『伝え聞く』よりも『音に聞く』の方がいい」　言い出す。同様に婆さんが「来てみれば」を「打ち見れば」に、孫娘が「沢辺」を鼓の皮にかけて「川辺」に手直しして、　　音に聞く鼓か滝を打ち見れば川辺に咲きしたんぽぽの花　という秀句が生まれた。感心した旅人は、自分が西行という歌人だと名乗って礼を言う。三人が「その素直さが歌心だ」と言われて、はっとするとこれが夢。滝のそばの松の根元で、通り掛かりの山男に起こされたのだ。旅人はみな同じ夢を見るが、歌の手直しをされたところで拒否し、そこで目を覚ましている。山男に「あんたは名人になる人だ」と言われる。「これは和歌三神（住吉大明神・人丸大明神・玉津島明神）が自分の慢心を戒めたのであろう。それにしても、夢の中とはいいながら、無礼の数々、罰が当たりはしまいか」「その心配はねえ。この滝は鼓だから罰（撥）はなしじゃ」【成立】　西行伝としてよく演じられる。「西行」、「西行鼓ヶ滝」とも。 ​​

  2022.09.22

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• 落語「こ」の１３９：婚礼（こんれい）：その２

  ​​【粗筋】　嫁に行った娘が里帰り、父親が、「正直商売が思わしくなかったから、お前の婚礼は痛かったぞ」と言うと、娘、「いえ、私の方こそ」​【成立】　天明３（１７８３）年『今歳咄』の「婚礼」。昔聞いた柳家小さん（５）は、何の説明もなく「お前が嫁に行くのは痛かったぞ」「私の方こそ」で終わりだった。親父の方は何がってピンと来なかった。この小さん師匠は余計な説明を省くのがいいと考えていた節があり、これがいいと思ったのかも知れない。確かに痛いの意味が他になさそうだが、これじゃあ考え落ちじゃないか……いや、そもそも落ちじゃないし……　　婚礼は親も娘もいたいこと（末摘花。一の１９）　という川柳があるから、小さんのでいいのだろう。​

  2022.09.21

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• 落語「こ」の１３８：婚礼（こんれい）：その１

  ​【粗筋】「権助、お前お嬢様の婚礼の祝いに行ったか」「いんにゃ、まだだ」「出入りの店なんだから挨拶くらいしておけ」　と口上を教わって出掛ける。​「お嬢様を見掛けましたが、本当にお美しゅうごさいましたが、どこかへお出かけで」「はい、縁あって嫁に参りました」「それはそれは、おめでとうございます。それで、いつお帰りなさいます」​【成立】　安永２（１７７３）年『再成餅』の「婚礼」。寄席では、やっと嫁に行ったという娘の話題に、「こちらのお宅はもう帰って来た」というくすぐりを聞いたことがある。​

  2022.09.20

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• 落語「こ」の１３７： 昆布巻芝居（こんまきしばい）

  ​​​【粗筋】　幼い頃に腐った魚を食べて当たってからは、何を食うにも匂いをかぐのが癖になった男、「嗅鼻」とあだ名までつき、近所で匂いをかいではおかずをたかっている。ある日、家主のところで昆布巻の匂いがするので出掛けると、「鍋の蓋を取ってはならない」と言って食べさせない。家主の芝居好きを利用して、宮本武蔵がある山中で異人に斬りつけるが鍋の蓋で受けられたという話をしながら、うまく蓋を取ってしまった。「何だ、昆布巻ほしさに芝居をしたのか。二本の昆布巻くらいで芝居をするとは、お前はよっぽどの無茶し（武蔵）だな」「あんたの方こそ、意地ん（異人）汚い」​【成立】​　桂文治（１）の作と伝わる。浄瑠璃入りの芝居噺。大阪の道頓堀の浜芝居（小さな芝居）で上演された宮本武蔵の芝居『二嶋英勇記』を取り入れたもの。「異人」とは外国人ではなく「仙人」のこと。【蘊蓄】　小太刀の名手・富田勢源が美濃で話題になり、藩士との勝負で相手を打ち倒した。城主の斎藤義龍が招くが、弟子を名代に立てる。藩士の仇討ちをしたい者は、代わりにこれを討ってもいいということである。この弟子が、木立の練習のために長い太刀を使って話題になっていた佐々木小次郎という。藩士に挑まれるが引き分けになり、斎藤家から家臣の招きを受けるが、師匠の勢源は、これから世に出る主君ではないと美濃を去る決心をした。小次郎と引き分けた藩士が飛び道具で勢源を倒し、小次郎に戻るよう促すが、小次郎は師の仇としてこの藩士を倒す。飛び道具は相手に知られていると役に立たないのだ。　この小次郎が、巌流島で宮本武蔵と戦うのが慶長１７（１６１２）年。美濃の事件から４２年だから、小次郎は若くても６０歳前後である。　武蔵は『五輪書』に「歳つもりて六十」というのを単純計算すれば１５８４年生まれ、養子の伊織の系図ではもう２年前に生まれている。巌流島では３０歳くらいの最も脂の乗り切った年齢である。生まれは本人が播磨（兵庫県南西部）と書いているが、江戸後期の『東作誌』に「美作国（岡山県北東部）宮本村」というのが面白いので、小説で使われる。本人が書いたのは、勘違いか、若い頃問題児だったから嘘を書いたんだって。恋人のお通さんもこの辺りの出身というが、この女性は吉川英治の創作。武蔵は女は修行の邪魔と、風呂に入らずに異臭が漂うようにして女が近寄らないようにした……よほど自分がいい男だと思い込んでいたのだろうね。逆の「宮本ムサクルシ」というのが本当に名前の由来か。　『小倉碑文』では、舟島で岩流と決闘するが、武蔵は、相手は真剣でよいが自分は木剣を使うと言って、一撃で相手を倒し、相手の名を取って島が「岩流島」と呼ばれるようになった。　『沼田家記』では、双方の門人が喧嘩になって二人が決闘。一対一の約束だったが、武蔵は門人を隠しておき、不意打ちに失神した小次郎が息を吹き返すと皆で撃ち殺した。　『西遊雑記』では、岩龍が武蔵と決闘のために舟島へ行こうとするが、浦の者が武蔵が弟子を連れて行っていると止めるが、岩龍はそのまま島へ向かう。武蔵と弟子は袋叩きにして岩龍を殺した。一説では大人数ではなく弟子はたった四人だけで戦ったという。浦の者が哀れんで島を「岩龍島」と呼ぶようになった。　『武公記』では、小次郎が十八歳で巌流と号し、細川忠興に気に入られる。武蔵はわざと遅れて「小次郎破れたり。鞘を捨てるとは」と言って勝負。武蔵の鉢巻が斬れ、小次郎は木刀で打たれ、相打ちだった。倒れた小次郎が武蔵の膝上を切るが浅く、武蔵は小次郎の脇を打ち、気絶した小次郎の顔を砂に押し付けて殺した。　武蔵が創設した二天一流の師範・豊田景英の『二天記』が、巌流は佐々木小次郎、冨田勢源の弟子、と経歴が正しいのに、なぜか１８歳。武蔵は２９歳となっている。１対１の尋常な勝負だと書かれているのに、遅刻して「小次郎破れたり」と相手の動揺を狙っている。今の武蔵像はこの『二天記』がテキスト。　遅刻をしたり「小次郎破れたり」という台詞を言うのは、まともに戦うと敗れる可能性が高いと自覚していたのだろう。鞘を捨てるのは、差したままでは邪魔になるのだから、捨てる方が常識。武蔵が余計な問答を仕掛ける意味があるとすれば、気をそらして相手の長剣より長い木剣を悟らせないようにするのが目的。船の櫓を削ったが、その瞬間まで先を海に浸して隠していたのである……これなら面白いが、ドラマや映画では、海から出して長さを見せてしまっている。　吉川英治の小説では佐々木小次郎は細川家のお抱えで、決闘の場も細川の領地である。だから小次郎を討てば、居並ぶ藩士に襲われるので、潮の流れが変わる時間を見計らって遅刻したのだとする。　小次郎亡き後の細川家では、冨田勢源所縁の指南役を新たに抱えるが、藩主と伯父の確執があって暗殺があったりする。これも面白い話。その指南役に武蔵が挑戦しようとするが、相手の名を聞いて姿をくらましたとか……ごたごたが落ち着いてから現れると、無事後釜に座り、細川家で『五輪書』を書いている。武士の心得のような書物が他にないので、江戸時代には武蔵が武士の鑑と言われるのである。​​​

  2022.09.19

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• 落語「こ」の１３６：権兵衛種（ごんべえだね）

  ​【粗筋】　権兵衛が種まきをしているところへ、百姓が通りがかり、​「何の種をまいてるんだ」「シーッ、声が高い」　さては他人に聞かれては困るほどの珍しい種をまいているのかと、声を落として、「俺にだけは教えてくれ。何の種だ」「内証だぞ。烏が聞くとほじくるから」​【成立】　元和９（１６２３）年以降に、「権兵衛が種まきゃ烏がほじくる」という寄席の歌が流行して、これを取り込んだ噺らしい。安楽庵策伝の『醒睡笑』巻六の「せんない秘密」の一話。​

  2022.09.18

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• 落語「こ」の１３５：権兵衛狸（ごんべえだぬき）

  ​【粗筋】　村外れの権兵衛の家、夜になると表の戸を叩く音がして、トントン「権兵衛」ト​ントン「権兵衛」と呼ぶ者がある。扉を開けても誰もいない。狸の仕業と見抜いた権兵衛、狸は手で戸を叩いてもいい音が出ない。後ろ向きで頭をぶつけるとトントンといい音が出る。扉の所で待ち構えておいて、トントンと叩くとたんに扉を開け、狸が転がり込んできたのを生け捕りにした。狸汁にでもしようかと思ったが、父親の命日でもあり、頭を刈って、「風が頭にしみたら二度と悪さをするなよ」と放してやる。　ところが翌晩も同じ刻限に、今度はトントン「権兵衛さん」とやって来た。権兵衛ががらりと扉を開けると、「おう、今度は髭を当たッつくれェ」​【成立】　正徳２（１７１２）年『新話笑眉』の「僕が作為は御無心の種」は、葛西の草深い所が面白いと隠居所に選んだが、布施へ鹿島へと、家にいる方が珍しい。その隙に狐が住み着き、留守をする下僕にいたずらをする。捕まえて耳の上の辺りまで毛を抜いて逃がしてやると、翌日額をさすって「暇なら抜いてくれ」​　宝暦２（１７５２）年『軽口福徳利』の「狐の返報」は、狐が本職の髪結に額を剃られ、四、五日して襟を頼みに来る。　トントン「権兵衛」が楽しく、子供が多いとサービスで「トーントンごんべ」を繰り返してくれることも。尚、この頭で叩くのを「深川叩き」という。後頭部（江東区）深川……入船亭扇辰の説。　父親の命日を母親の命日という人も……まあ、どうでもいいが。　上方に移入されて「とんとん権兵衛」とも。　鈴々舎馬風（４・自称９）は、「昔、男ありけり……」文学的に導入し、昼は種蒔き……夜になると仲間がみんな帰ってしまい、一人物思いにくれる。「過ぎ去りし過去、来たらんとする未來、３年前に死んだ女房との新婚時代の甘い思い出、そしてこれからの農村問題、安保条約、極東問題……」と考えて行くのがおかしかった。集まった仲間が政治経済、世界平和について語り合うこともあった。　「権兵衛」は田舎者の総称であるが、前田勇編『江戸語の辞典』には「男女児の生後７日日に産髪を全部剃り落とし、盆窪のみに剃り残した毛髪」とある。従って、この題名は狸が頭のてっぺんを坊主にされることを掛けて付けられたものということになる。古くは九日目に狸が現れ、「春先でのぼせていけないから、もう一度剃ってくれ」という落ち。これも面白いが、日数に間が開くし、説明的で長すぎる。「粗筋」の方が小意気である。  橘家円喬は「化物」という題名で、「権兵衛狸」の後に「九郎蔵狐」を演じた。​【一言】　片田舎の野趣もあり、亡父の供養に狸を逃がしてやる人情もあり、さらに、髭ま​で剃ろうと再度やってきた狸の洒落っ気ありで、短いながら後味のよい噺。（武藤禎夫）​●　狸の出てくる噺は随分ありますが、このサゲは、まことに落語らしい意表に出たもので、​小品ではありますが、サゲの味が、非常に洒落たものだと思います。（三遊亭圓生（６））​【蘊蓄】　在家では腹中を温めるために狸汁を作ったが、僧院の多くでは蒟蒻で代用した。​

  2022.09.17

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• 落語「こ」の１３４：コンパ大作戦（こんぱだいさくせん）

  ​【粗筋】　仕事で知り合った２６歳の男が、マリコを少し年上と勘違い。年上の人とコンパをしたいというので、同級生に声を掛けると言って、ハルコとカナコを誘う。全員３０を越えているのに、２８歳だということにしてしまった。女が偉いと相手は引いてしまうから、役職についているが平社員、弁護士ではなく事務所のお茶くみ、看護婦長ではなく見習いということにする。名前も「子」がついて古臭いからマリナ、ハルカ、カナと偽の名前を使い、服装、話し方や相槌の打ち方まで、若く見える偽装工作をして本番を迎える。​　３人の男と会って、実はかなりの酒豪なのに飲めないふり、かわい子ぶりっこを一生懸命演じる。マリコとハルコは、かっこいい小泉純一君を狙う。親の七光りで相当の資産もあるらしい。二人は一緒にトイレに行って話し合い……これが長引いてしまったのに気付いた。いけない、カナコを一人で残して来た。彼女は酒癖が悪いのだ。恐れていた通り、三人の男に飲まされてグデングデン。店で流れている曲に「最近の若い子の歌は」と文句を言い、男らに絡むわ、服を脱ぐわ、とうとう、「何が文句あんねん……私ら３０過ぎてんのよー！」　滅茶苦茶になって、もう彼らとは会えない。残念会を企画したが、カナコが来ない。携帯が鳴って、「ごめん、行けなくなった」「どうしたん」「デート申し込まれて」「誰に」「小泉君」「何で」「二人がトイレに行ってる間に番号交換したの」「もう……あんたのどこがいいと思ったのかしら」「ああ、それは……正直なところ」​【成立】　桂あやめの創作落語。酔っ払って「３０過ぎてんのよ」と叫んだところで終わりだと思ったのか、楽屋で太鼓を鳴らしたのがおかしかった。​

  2022.09.16

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• 落語「こ」の１３３：蒟蒻問答（こんにゃくもんどう）

  【粗筋】　江戸にいられなくなった八五郎が、蒟蒻屋六兵衛の世話で薬王寺の和尚になるが、沙弥托善という雲水に禅問答を申し込まれて困惑、とりあえず、​「大和尚は今留守です」「いつお戻りになる」「さあ、気まぐれですから……この間もちょっと出掛けると言って一生帰らなかった」　とか何とかいい加減な断りで追い返す。明日も来るというので夜逃げをすることにしたが、そこへ六兵衛が現れて話を聞き、六兵衛が大和尚に化けて何を聞かれても「口も利けない、耳も聞こえない上に目が見えない」で済ませようと相談がまとまる。　翌日、雲水が現れて問答を仕掛けるが、何も反応がない。これを禅家荒行のうち無言の行中と誤解した雲水、「我また無言にて問わん」と挑む。　雲水が両手で臍（へそ）のところに小さな丸を描くと、六兵衛は大きな輪を描く。指を１０本出すと、指５本で応じる。指３本を出すと赤ンべえをする。沙弥托善はこれを見る途端に逃げ出した。八五郎が捕まえて尋ねると、「胸中は、と問えば、大海のごとし、十方世界はと聞けば、五戒で保つ、三尊の弥陀はと問えば、目の下にありとのお答え。とても私なぞの及ぶところではございません」  とほうほうの体。そこへ六兵衛が出てきて、「手前ンとこの蒟蒻はこれっぱかりだってけちをつけるから、こんなに大きいッてやってやった。すると十丁でいくらだと値を聞いてくるから五百文だって答えたら、しみったれた奴で、三百に負けろってェから、赤ンべえをしてやった」​【成立】　宝暦５（１７５５）年『笑話出思録』の「参禅問答」が落語の直接の参考書か。岩波文庫の関敬吾編『桃太郎・舌きり雀・花さか爺　日本の昔ばなし（２）』には、長野県下伊那郡の民話として掲載されている（『日本昔話集成』５２０「蒟蒻問答」）。貞享（​1684～88）の頃の『当世はなしの本』にある「ばくちうち長老に成事」は、博打で身を持ち崩した男が田舎の寺で問答を仕掛け、博打のことを聞いて寺を乗っ取る。口任せに適当なことを言うのが信頼されてしまう。昔の友達が商売でこちらへ来て、評判の坊主を見たらこの野郎……昔貸した３００の銭をどうすると指３本出すと、指２本を出して、値切った。　落語に仕立てたのは、俗に托善正蔵と呼ばれる林家正蔵（２：実際には３代目）とも、三笑亭可楽（２）となった桜川友成ともいわれる。問答の解説は、本物の僧が聞いても納得出来る内容だそうだ。旅の僧を沙弥托善という名で呼ぶのは正蔵のあだ名から。世界的に見ても、中国は明代の戯曲作家李開先の文集にある「打唖禅院本」が同じ趣向。トルコの『ナスレッディン・ホジャ物語』にも同様の問答があるという。  上方では「餅屋問答」。いずれにせよ、動きだけで見せ、一言も発しないところが見せ場。前半の破戒僧ぶりとの対比が面白く、蒟蒻屋の解説が始まると大笑いになる。​【一言】　この噺は、最後がぱァッとはなやかになりまして、お客にも受けるんです。そういう噺はめったにないんですが、その点この噺は名作だと思います。（三遊亭円生（６））​​【蘊蓄】　禅寺の門の脇に「戒檀医師（かいだんいし）」というのがあり、「不許葷酒入山門（くんしゅさんもんにいるをゆるさず）」と書かれている。これは臭い野菜と酒は禁止ということ。落語ではこの石があると問答をしなければならないという説明をしている。​　関山和夫の『説教と話芸』には、「公案解答」が乗っていて、第１「両手相拍って声あり、隻手何の音声ぞ（両手で叩くと音がする。片手ではどんな音がするか）」と尋ねると、片手をニュッと出す（「ニュッと音がする」という答え）。そこから隻手の問答になり、第２４「隻手はどこまで届くか」に手を畳みの上に出す（「ここまで届く」）。第２７「隻手の根源はどうじゃ」にアカンベエをして出て行く（「そんなものがあってたまるか」）​○　本題の前に言葉で問答をしている部分があるが、​「法海に魚あり、尾もなく頭（かしら）もなく、中の支骨（しこつ）を断つ。この義いかに」　と尋ねる。これは「魚」という漢字の頭と尾を取ると「田」の字になり、中の支骨を取ると「口」となる。正解は「口」。なぞなぞであろう。​○　蒟蒻については、1846年（弘化３）『蒟蒻百珍』には「既に漢土にも専らもちひたる事、物理小識に褐腐（しみこん＝蒟蒻芋のこと）の名あり。また一名鬼芋ともいひ、異名を蒻凍ともいふ」とある。1989年、５月29日を「蒟蒻の日」と定めた。「５２９」を「こんにゃく」と読んだもの。​　蒟蒻芋を粉に挽いて石灰を入れて煮沸したもので、江戸時代には大きな桶に粉と石灰を入れ、踏みつけて作った。落語「胴斬り」で真っ二つにされた男、上半身は風呂の番台に座り、下半身は蒟蒻を踏む仕事に就く。​【ＣＤ】​林家正蔵（彦六）　高座のまま録音されている珍しいもの｡仕種が分からなければ聴いても分からないのだから、録音が残っている方が不思議という噺。台詞だけで噺を進め、いよいよ問答の場面になると、地に返って古典的七五調で場面を説明するところが見事。若い噺かも演じていて、この台詞も残っているが、年齢を重ねなければ重みが出ないと感じる。

  2022.09.15

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• 落語「こ」の１３２：こんな顔（こんなかお）

  ​​【粗筋】　夜、川堤の柳の下に若い女が立っている。身投げでもするのかと心配して声をかけると、振り向いた顔が、目も鼻も口もないのっぺらぼう。びっくりして逃げ出し、うどん屋を見つけて飛び込み、今見た話をすると、「その女は、こんな顔ですか」と振り向いた顔が、またのっぺらぼう。​【成立】　『日本昔話集』４４１の「こんな顔」。小泉八雲の『怪談』では狸の仕業ということで「ムジナ」という題を付けている。この後帰ってから女房にこの話をすると、女房まで「それはこんな顔ですか」と言って見せた顔が、またのっぺらぼうになるという演出もある。三升屋小勝（右女助）は「ノッペラボー」という題名で、どこまで行っても終わりのない話として演っていた。上方では「のっぺらぼう」ではなく「ズンベラボー」と言うらしい。​

  2022.09.14

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• 落語「こ」の１３１：近藤勇（こんどういさみ）

  ​【粗筋】　子供が泣きながら帰って来た。「近藤勇に頭と腕を斬られた」と言うので、親がびっくり。話を聞くと正宗で斬られたらしい。春の花見の時は勝公が正宗のビンで殴られて三日も寝込んだ。子供も酒を飲むのかと思ったら、正宗は銘酒ではなく名刀だという。「近藤ってどっかで聞いた名前だが、どこの奴だ」「薪屋の子だよ」ってんで、文句を言いに行く。​「おい、近藤を出せ」「何です」「お宅の餓鬼だ」「うちの子は近藤じゃありませんよ」　押し問答をしていると、息子が出て来て、「お父っちゃん、僕近藤だよ。新選組の副長だい。湯屋の子が高杉晋作で、その子が坂本龍馬だ」「え、じゃあ、また活動写真のチャンバラごっこか」「そう、映画が終わると『御帰りはこちら』って追い出しが掛かるんだ。その龍馬が新選組組長の土方歳三、八百屋の子のアンパンを食べたからみんなで取り巻いて叩っ斬ったんだ。昨日勤皇、明日は佐幕……勤皇の獅子なんだ」「子供の喧嘩に親が出るってのはおかしいじゃねえか」「それなら、親同士で決着をつけよう」 ってんで勝負をすることになった。持って来た天秤棒と商売物の薪ざっぽでチャンバラが始まる。　長屋の連中が見物に集まる。「原因は何です」「何でも、薪が新鮮（新選組）じゃないとか」「新鮮な薪があるのかい」「違いますよ。何でも昨日の獅子（勤皇の獅子）がラクダだとか何とか」「何だ。ラクダって」「明日は砂漠（佐幕）へ連れて行くって言ってました」「砂漠ってエジプトかい」「ああ、それでアンマンとかアンパンとか言ってたんだな」「エジプトじゃなくてローマ（リョーマ）って言ってなかったか」「ラクダじゃなくてゾウだって言ったような気がするよ」「そうかい」「何でもひし形の年取ったゾウだって」「まあ、とにかく止めようじゃないか」　割って入るが喧嘩はおさまらない。　親が喧嘩をしているうちに、子供はもう仲直りして遊んでる。見ると親はまだ喧嘩をしている。「しょうがねえなあ。父ちゃん、みっともないからおよしよ」「僕らはもう仲直りしたよ」「え……そうなのか……じゃ、やめよう」　って、二人ともへとへと。「父ちゃん、帰るよ……って、そっちじゃないだろう……お父ちゃん、お帰りはこちら」​【成立】　戦後の落語集にあった。映画俳優が阪妻（坂東妻三郎：１９０１～５３）に大河内（伝次郎：１８９８～１９６２、千恵蔵（片岡：１９０３～８３）など昔の名優が並ぶ。戦後ＧＨＱ占領下では時代劇が敬遠され、片岡千恵蔵も多羅尾伴内（七つの顔を持つ男）や金田一耕助シリーズを取っている。時代劇スタートして並ぶのは戦前。落ちの台詞も、無声映画時代のようだ。古い作品なのかも知れない。​

  2022.09.13

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• 落語「こ」の１３０：紺田屋（こんだや）

  ​【粗筋】　京都三条室町に紺田屋という縮緬問屋があり、お花という一人娘がいたが、ふとした風邪から病の床につき、医者にも見放されてしまう。死ぬ前に四条新町新粉屋新兵衛の新粉餅が食べたいというので買ってくると、これを食べるやいなや顔色が変わって死んでしまった。遺言の通り髪も切らず化粧をして三百両の金を懐に入れて埋葬したが、番頭​の久七が三百両の金を掘り出しに行き、懐から金を取ると、お花が息を吹き返してしまう。餅が喉につかえただけで、生きていたのである。久七はお花を連れて家に帰ろうとするが、お花が「家へ帰っても死に損ないといわれる」と言うので、一緒に江戸へ出、三百両の金を元手に浅草の並木町に縮緬問屋を出し、名も同じ「紺田屋」とした。　娘に死なれて番頭まで行方知れずになった京都の紺田屋は、すっかり心の張りを失って、店をたたむと夫婦で巡礼の旅に出た。江戸で浅草に来ると、紺田屋という縮緬問屋があるので、思わず見とれていると、店の者に呼び入れられる。挨拶に出たのが久七で、お花も生きているのでびっくり。ここに泊まることになったが興奮で寝つかれない。「ばあさん、これも観音様のお陰じゃな」「昨日は汚い木賃宿で、薄い布団で眠れませんでしたよ。しかも体がかゆくなって……」「ああ、それもみんな観音様のお陰じゃ」​【成立】　上方噺。東京では「誉田屋」となったらしいが、聞いたことはない。桂小南が「黒木屋」で演っていた。また「新粉屋新兵衛」という題も見える。​　落ちは「虱」を「観音様」と呼ぶことから。手足が沢山あるので、千手観音に見立てたものだろうという。​【蘊蓄】　宇野信夫は、昭和１０年頃に桂文都からこんな話を聞いたという。信州の在で、土地の親分が吉原の女を請け出すが、女は親分を嫌って首をくくってしまう。世間の噂を気にして、誰も知らない所に埋めてくれと頼まれた隠亡（おんぼう）が、この男、死骸があまりに美しいので悪戯をしようとすると、女が息を吹き返してしまう。身の上を聞くと、女には言い交わした男がいて、相手は井戸網の職人だと言う。隠亡はその心にほだされて、数日小屋にかくまった後、路銀をこしらえて江戸に帰してやった。これをもとに『髑髏妻』を書いて、菊五郎と吉右衛門で舞台に掛けた。昭和１３年のことである。​

  2022.09.12

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• 落語「こ」の１２９：献立（こんだて）：その２

  ​​【粗筋】​「献立を書いてこう。俺が言うからお前が書いてくれ」「よし、心得た」「まず汁」​「汁という字はどういう字だ」「さんずいに十だ」「ああ、おつけのけの字か」​【成立】　安永２（１７７３）年『今歳花時』、翌年『茶のこもち』の「献立」。汁を崩した字が仮名の「け」に見えるということ。三遊亭金馬（３）の「居酒屋」では、「泥鰌汁」が仮名で「どぜう汁」と書かれているのを「とせうけ」と読むくすぐりがある。​

  2022.09.11

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