名作落語大全集

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• 落語「こ」の１２８：献立（こんだて）：その１

  ​【粗筋】　料理屋にいかにも気難しそうな客が来たので、吟味した料理を出したが、「これでは食えん」と渋い顔。別の料理も「これでは食えん」と言うので、主人も業を煮やして、​「どうして食えんのですか」「箸がない」​【成立】　上方噺。箸が出て「これなら食える」という落ちもあるそうだ。​

  2022.09.10

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• 落語「こ」の１２７：権助日和（ごんすけびより）

  ​【粗筋】　田舎者の権助、奥方は不作法が気に入らないが、旦那は素朴でいいと贔屓にしている。​「この間だって、讃岐の奥様が、鼓を習っていらっしゃるので、ぜひお聞かせ下さいと申したんですの。向こうの奥様が『まだお聞かせするほどではございません』と謙遜なさったの。その時、権助が口を出して、『いやあ、奥様なれば、鼓はうまかんべえ』と言うんです」「世辞になっているじゃないか。いいだろう」「後が行けません。『狸の奥様なら腹鼓だんべ』と申したんですよ」「讃岐と狸を間違えたか……面白いじゃないか」　その讃岐さんの所へ使いにやろうというのだから粗相があってはならない。「使いに行ってもらいたいんだ。口上を教えるから……」「口上なら覚えとるよ。うけたがまりますれば、この度はご愁傷様で……」「それは伊勢屋に見舞いに行った時のだ。今日は深川の讃岐様の所へ行って油絵をもらって来るのだ」「はあ、狸のところから油揚をもらってくるか。狐じゃねえかな」　権助、狸ではなく讃岐だと言われてやっと人間だと理解したが、「お向こうの旦那に、旦那、餡コロを一度に幾つくらい食えますと尋ねたら、甘いものはいけないと言うんで」「あの人は酒豪で知られた人だ。それで、お前何と言った」「食えねえとごまかすのはええが、尻尾を出さねえよう気ィ付けろ」　ひどいことを言う。手紙を渡して品物を受け取ればいいのだが、それでもちょっとくらいは挨拶が必要だ。「お前、この間もこの分ならニ三日はお天気が続くでしょうと言われて、天気が分かる訳がねえ。明日は雨かも……なんて言ってたが……向こうでいいお天気だと言ったら、『上野は人が出ていることでしょう』と言えばいい」「天気がいいと人が出るか」「そういうもんだ」　というので出掛けると、向こうで、「いいお天気でございます」「この分なら上野は人が出ているでしょう」　とうまく行ったが、帰ろうとすると雨が降り出した。「雨でございますね」「ああ……あの……この分なら上野は水が出ているでしょう」​【成立】　大正４年の『新作落語口演揃』に「日和権助」というタイトルで載っている。演者不明。権助を集めるためにこのタイトルを作った。小噺に「寒いねえ」「この分ならお山は雪だんべえ」と答えてほめられ、「暑いねえ」「この分ならお山は火事だんべえ」というのを引用したか。　小噺「山は火事」は、大分の吉四六話や秋田の民話（『日本昔話集成』３３６Ｃ「山は火事」）にあり、宝永４（１７９７）年『露休置土産』巻一「下人口上の稽古」が似ている。あれ、この小噺も権助が似合うじゃん。​

  2022.09.09

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• 落語「こ」の１２６：権助の花見（ごんすけのはなみ）

  ​​【粗筋】　根は鈍だが、正直だけが取り柄という権助、旦那が一緒に花見の供をしろと言われて出掛ける。戻って来ると朋輩の三助が、「お前ェ、旦那の供で花見に行ったそうだな。さだめし面白かっただろう」「いいや、どこへ行っても桜の花ばかりで、何も面白くはねえ」​【成立】　花見というと桜と決まったもの、そんな先入観にとらわれている自分を見直す必要があるのかも。人が多くて花を見ている暇がなかったという小噺の人物がいるが、ちゃんと花を見ているだけいいのかな。​

  2022.09.08

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• 落語「こ」の１２５：権助の心意気（ごんすけのこころいき）

  ​【粗筋】　権助がお内儀さんに医者への使いを頼まれた。医者は使いに行くたびに祝儀としてお金をくれるので、権助も大喜び。出掛けにお内儀さんの顔を見ると、これまで丸髷にカネ（お歯黒）を付けてたのに、今日は束髪で白い歯。訳を聞くと、カネは鉄を使うので衛生に害があるし、丸髷も油をベトベトと使うので良くないと医者にいわれたと言う。​　感心して医者の所へ行くと、今日はどうしたことか祝儀をくれない。図々しく催促をすると、「カネをつけると衛生に害がある」​【成立】　三遊亭遊三（１）の作。小僧が使いに行く「女の衛生」が同じ落ち。明治の女性の風俗の変化としては貴重な資料だが、それ以上のものはない。​　権助という人物は無粋で主人を屁とも思わない、どちらかと言えば馬鹿にした態度で接する。この噺は図々しく催促をするのはいかにも権助らしい心意気であるが、別に他の人物でもよさそうだ。​【蘊蓄】　お歯黒は明治​20年代から健康に害があると指摘されてすたれた。福沢諭吉の小説『片輪娘』は、生まれつき歯が黒かったのでいじめられた娘が、縁があって結婚すると女性は皆歯を染めるので誰も何とも言わなくなったという話。

  2022.09.07

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• 落語「こ」の１２４：権助と唾（ごんすけとつば）

  ​【粗筋】　旦那の供をして後ろから歩いていた権助、主人の頭越しに唾を飛ばしたが見事に旦那の頭にぴしゃり。「主人の顔に唾を吐きかけるとは何事か」　とえらいご立腹。「いえ、横へ飛ばしたのが風の加減で掛かってしまいました。まことに申し訳ございません」　と平謝り。「それなら、これからは気をつけろ」　と先に立って行く。権助、「いつもうまく飛び越すのだが」​​【成立】　安永４（１７７５）年『いちのもり』の「草履取」。叱られて、「脇にしたのが風でそちらへ行きました」と謝るが、許しを得て歩き出すと、「いつもはうまく飛び越すのだが」と独り言、という噺。医者の供であって権助ではない。​　昔は「一つ穴」に入れられていたというが、今は「権助提灯」が定番。あいつを連れて行くのは嫌だと、旦那がこの逸話を本妻に話す。

  2022.09.06

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• 落語「こ」の１２３：権助提灯（ごんすけぢょうちん）

  【粗筋】　ある大店の主人が、本妻も承知の上で妾を囲っていた。風の強い晩、この本妻が、​「こちらで火事がありましても、若い者がおりますので手は足ります。あちらの方が心配ですので、どうかあちらへ行っておやりなさい」　と言う。権助に提灯をつけさせて妾宅へ行ったが、「お言葉だけで十分です。左様ですかとお泊めすると、あんまり物を知らない女と思われますから」　と言われて、「権助、提灯に火を入れろ」　と本宅に帰る。「向こうの心根がいじらしいじゃありませんか。向こうへお泊まり下さい」「権助、提灯に火を入れろ」「いや、消さずに待ってた」「何て無駄をするんだ。家に明かりがあるから提灯はいらないだろう。一つでことが足りるのに二つあるのは無駄だと思わないのか。蝋燭の費用を考えろ」「おかみさんはどこの家でも一人で足りているのに、二人持つのは無駄だんべ。その費用で蝋燭を買ってみろ、どの位買えるか」「それとこれとは違う」  双方で断られるため、二人が行ったり来たりして、「権助、提灯に火を入れろ」「ああ、提灯には及ばねえ」「どうした」「夜が明けた」​【成立】　三遊亭圓遊（１）の速記が残る。柳家小さん（３）は「小いな」の枕として振っていた。​　権助という人物は無粋で主人を屁とも思わない、どちらかと言えば馬鹿にした態度で接する。この噺の権助は完全にそのキャラクターが完成している。　権助が唾を吐くというネタがあるが、「権助と唾」を参照。　立川談志のが面白かった。往復がどんどんスピードアップして、勢いに乗って一気に落ちまで行く。三遊亭円楽（５）との二人会で、「妻にも妾にも男がいるんじゃないか」と言い、円楽も「旦那がいないのを望んでいる」と応対した。みんな女で苦労しているんだなあ。談志はこの噺を、古典的に、現代的に、中間でとリクエストを取って演じた。残念なことに、私が聞いたのは全部中間ということになった。​【一言】　妾は、本妻の好意と義理を感じる善良な妾であらねばならないし、本妻もまた、妾と同様な理由から、善良な女であらねばならないのを、柳亭芝楽（６）は、そんな所なんか全然無頓着に、ただまくし立てるだけで、二人共理屈っぽい女に、してしまった。この落​語の、人の善い女が旦那を挟んで義理の上の和やかな交渉の中の可笑し味といったものを、少しも現すことが出来ない見当はずれのものを、演っているのだ。愚かというより他にはないのだ。（三宅三郎）​○　妻妾共謀で、旦那をピンポン玉のように寒風にさらして痛めつけているのではないかと、思えて来るのが、予期せざる教訓というべきか。（宇井無愁）​​【蘊蓄】　山田五十鈴がこれを口演している。榎本滋民作・演出の『たぬき』で、立花家橘之助に扮して。​

  2022.09.05

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• 落語「こ」の１２２：権助芝居（ごんすけしばい）

  ​【粗筋】　素人芝居で首を打たれる役が当たり、当日になって嫌だと逃げた人があり、飯炊きの権助を代役に立てることにした。番頭が１分の金を与えて、芝居の段取りを話す。​「お前がやるのは泥棒だ」「泥棒をしては村の恥だからこの１分はお返し申すべえ」「本当にするんじゃない。そこで提灯屋さんが奴になって登場し、お前を殴る」「殴られるのは嫌だからこの１分はお返し申すべえ」「殴る真似だけだ。お前が引っ繰り返ると提灯屋さんがお前を縛り上げる」「縄を掛けられちゃァ父ッつぁまに合わせる顔がねえ。この１分はお返し申すべえ」「これも真似だ。『何者に頼まれたか白状しろ』とお前を責める。近江の小藤太と白状しようとすると、その小藤太が自分の名前を言われてはならぬとお前の首を斬ってしまう」「首を打たれちゃたまらないからこの１分はお返し申すべえ」「芝居で本当に首を落とすか。ちゃんと張り子の首が用意してある」　ということで出演が決まった。だが台詞はいい加減、縄に掛かって見物客にからかわれると、本当は縄を持っているだけだと見せてしまう。怒った提灯屋が本当に縛り上げ、「何者に頼まれたか白状しろ」　と、本当に締め上げたから、権助もたまらない。「ううん、１分もらって、番頭さんに頼まれた」​【成立】　もともとは「一分茶番」という題名だったが、金額を変えて演じることも多く、「権助芝居」の方が一般的になった。「一分茶番」で演るのは立川談志だけになった、と昭和の頃の私のメモにある。林家彦六（正蔵）が「権助芝居」という題で演っているのは「村芝居」という落語。「素人芝居」「素人茶番」、芝居の題名をそのままとって「鎌倉山」とも。​  権助は無粋で主人を屁とも思わず、どちらかと言えば馬鹿にした態度で接する。この噺はまだそれほどでもない、といって初でもない、という時期であろうか。​【一言】　権助の無知で粗野な言動が爆笑をまきおこすが、その権助を芝居に登場させることによって、いっそう滑稽の度を強くしたナンセンス。（興津要）​​【蘊蓄】　元禄（１６８８～１７０３）の頃、歌舞伎の楽屋に茶番というお茶汲み役がおり、茶を出すときに工夫して隠し芸等をやった。これが民間に流行し、天明年間（１７８１～８８）には、色々な品物で洒落をいう口上茶番、芝居に落ちをつけた立ち茶番といった言葉が用いられ、幕末まで大変な流行となった。​

  2022.09.04

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• 落語「こ」の１２１：権助魚（ごんすけざかな）

  ​【粗筋】　主人に女がいるらしいと気付いた奥方、権助に様子を探るよう頼む。主人も表へ出て権助が妻に命令を受けたと気付き、小遣いを与えて​「旦那様は網打ちに行かれ、今日は徹夜で碁を打たれるそうです」　と言うように命じた。権助は言われた通り魚屋へ行き、網で取れたものと確認して魚を買う。すぐに家へ帰り網釣りをして来たと言うと、こんなわずかな時間で網を打てる訳がないと疑う奥方に、魚を見せていく。「最初に掛かったのがマグロの叩きで、野郎船に飛び上がって潰れてしまいやした。次はメザシですが、弱虫でみんなでつながって泳いできました。最後に掛かったのが蒲鉾でございます。こいつは魚のくせに泳げないんで、こうして板に乗って来たんで」「お前ばかなことをいうな。こんな魚が関東一円でとれるかい」「何だね、一円ではねえ、旦那に二円もらって頼まれた。」​【成立】　「熊野の牛王（くまののごおう）」の一部が独立したものとされる。一説に、上方噺「お文様」の発端が独立したものともいうが、「お文様」の本筋には関係なく、昔の速記でも冒頭で権助が魚の一件でクビになったと言っているだけ。桂米朝が演じていた「災いは下から」にそっくりの件（くだり）がある。初めて聞いたのは三遊亭小円遊だった。​　本来は「川にカマボコが泳いでいる訳がないだろう」「はあ、道理でみんな死んでた」という落ちだそうだ。桂文生は、蛸は海の魔物で、これを食うと嘘が言えなくなると、「熊野の牛王」のような話になり、「その手は食わん」と、「赤貝猫」にある「その手は食わん」と同じ落ちになっていた。　権助は無粋で主人を屁とも思わず、どちらかと言えば馬鹿にした態度で接する。この噺の権助はまだ主人に忠実で、勤め始めた頃の噺であろうか。​【蘊蓄】　１０月４日は「いわしの日」であるが、これは「１０４」が「いわし」と読める洒落。​10月10日の「まぐろの日」は７２６年のこの日、聖武天皇が兵庫印南野へ行幸した折、山辺赤人が「あらたへの藤井の浦に鮪つると海人船騒ぎ……」という歌を詠んだことから。１１月１５日は「かまぼこの日」は蒲鉾という名が歴史上初めて登場するのが１１１５年であることから。

  2022.09.03

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• 落語のおまけ：子別れ（こわかれ）

  　平成十九年、千葉大学教育学部の問題です。林家木久蔵（現：木久扇）による子供のための落語本から「子はかすがい」の全文が紹介されて、問題がついています。本文は省略。模範解答も省略します。ご希望があれば採点します。もちろん有料で​問一　本文中の「……」は、この文章を落語として語る場合、間（ま）として表されます。次のＡの間には、どのような感情が込められることになると考えられますか。簡潔に述べなさい。​「じゃあ、あたいの家にくればいいじゃないか。すぐそこなんだから、寄っといでよ」「Ａ……お父っつあんは、おっ母さんに会えねえんだ。いろいろ理由があってな。おめえは子どもだからわからねえだろうが……、そのうち時期がきて、会えたら会うから。……さっ、おこづかいをやろう。手を出しな……」​問二　次の場面における「お父っつあん」「おっ母さん」の心情はどのようなものですか。それぞれのセリフの表現を分析して説明しなさい。​「しょうがないねえ、おまえは。見ず知らずの方とご一緒に……」「そんなこと言って、知ってるくせに。こっちへおいでよ。うん、心配しないで……、あたいがついてるから」「本当にしょうがないねえ……おまえは。……あらっ、熊さん……しばらくでした。亀坊がきのうはおこづかいをいただいて、きょうは鰻をごちそうになるんだというから、お礼の一言も言わなければと思って来たんですが……」「……うん、なに、きのうあすこでね……、うん、亀に……会ってね、うん、まあ、久しぶりだから、鰻を食おうじゃねえかって、……黙ってろって、そう言ったんだが、こいつがしゃべっちまって、どうも……子どもは正直だからしょうがねえや。……じつはきのう、亀に会って、鰻が食いてえからってえから、じゃあ、まあ食わしてやるから、そのかわりおっ母あには黙ってろよって、口止めしたのに、……へへえ、……子どもは正直だからしょうがねえ。……じつはきのう、亀に会って……」​問三　この落語の結びの部分におけるおもしろさはどのようなところにありますか。分かりやすく説明しなさい。​「子どもがいるから、こうしておめえとよりが戻るんだなあ……」「本当に子どもは夫婦のかすがいですねえ……」「えっ？　あたいがかすがいだって？　だからおっ母あがあたいの頭をかなづちでぶとうとしたんだ」​問四　人とコミュニケーションをとることについて、落語から学べることがいろいろあります。あなたは、落語からどのようなことを学び、自分のコミュニケーションに活用できると思いますか。具体的な状況を想定して、その活用の仕方について説明しなさい。​ 　これなら満点取る自信がある。多分模範解答よりいい答えが書ける。実は国語の教師の採用試験で、国語は自己採点で８５点くらいだったが、一般教養の数学は間違いなく満点を取った自信がある。昔からどっかずれていると自覚はしている。

  2022.09.02

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• 落語「こ」の１２０：子別れ（こわかれ）：下

  ​【粗筋】　熊五郎が出入りの御店の番頭に声を掛けられて木を見に行くと、そこで亀吉と再会。別れた女房が再婚もせずに手内職をしながら子を育てていることを知る。亀吉に小遣いを与え、翌日鰻を食わせる約束をしたが、母親には内緒にしろと念を押す。家に帰った亀吉は母親に銭を見つけられ、泥棒をしたと疑われる。​「お父ッつあんの玄翁で叩くよ。これで叩くのはお父ッつあんが叩くのも同じだから」　と言われて、とうとう父親に会ったことを白状する。　翌日、いたたまれなくなった女房が鰻屋へやって来て久々の夫婦の対面となり、よりが戻る。「また元のようになれるのも、この子があればこそ。本当に子供は夫婦の鎹ですねえ」「やァ、あたいが鎹だって。道理で昨日玄翁でぶつと言った」​【成立】　上・中を簡単に説明して下のみを演じる場合は「子は鎹」「子宝」「逢戻り」という題も見える。全体は柳派のネタだったが、三遊亭圓朝が下だけを高座に掛けて練り上げたという。​　三遊亭歌奴（４）は、偶然の出会いではなく、実は番頭の計らいであるという演出をしていた。　桂ざこばは完全に偶然で、走って来た子供がぶつかる。　桂枝太郎（２）は現代風にアレンジして近代的くすぐりを加えて「子故の春（こゆえのはる）」という題で演じたが、風情も人情も感じられない。最後に「川口松太郎原作」と言っているが、そんな作品はない。正直言ってひどい高座である。川戸音吉氏は解説に枝太郎の代表作だと書いているが、これがって疑いたくなる。​【一言】　立川談志（１）というのも変わった咄家であった。顔の長い顎の尖った男であったが、克明に素咄をするのであった。極く真面目に話すのであるから、滑稽味もなかなかよく客に徹し、例の『子はかすがひ』という話などでは、余程哀れな情味が出たものであった。談志は、話の後で、郭巨の釜堀りというのを踊った。まず座布団を巻いて、それを子どもに見せ、それを抱いて、唐人の言葉らしく、何か下らぬこおをいってはその末にパアといい、又何かいってはパァといって、子を埋めようとする時の悲しみの身振りをする。（馬場孤蝶）​​○　鎹は大きな木材同士を一つにするために打ち込むカギ型の鉄製のもので、こういう大きなものは、とてもカナヅチでは打ち込めませんから、大型の玄翁というものを用います。もっとも近頃では分かりにくいので、あたくしもカナヅチでやることもあります。（三遊亭圓生（６）：「中」でもある通り、玄翁は大工の使う道具で女が持っているはずはないので、金槌にしたという訳で、古今亭志ん生（５）の勧めだという。ただし「子は鎹」という言葉にはやはり玄翁がふさわしい。ともかく、女が玄翁を持っていてはおかしいので、三遊亭圓朝は妻が子供を残していくという演出にし、「女の子別れ」に改定して演じた。圓生は後に、家を出る時に子供が父親の物を持ってきてしまったという説明で筋を通した。玄翁で打つと言って子供を脅す場面は三遊亭円馬（３）が工夫したもの。この場面が落ちの「子は鎹」と呼応する）​​【蘊蓄】　玄翁は大型の鉄槌だが、玄翁和尚が殺生石を砕いたことから名付けられた。​

  2022.09.01

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• 落語「こ」の１１９：子別れ（こわかれ）：中

  ​【粗筋】　吉原に４日も居続けをした熊五郎、やっと帰ったが女房と喧嘩、仲人の仲裁にも、子供の亀吉が「お父ッつぁん、謝っておくれよ」と頼むのにも耳を貸さない。結局女房は子供を連れて家を出て行き、熊五郎から離縁状が届いたので別れてしまう。​　熊五郎は女郎の年期があけるのを待って身請けするが、前の女房とは大違いのぐうたらで朝寝坊。文句を言うとあっさり出ていった。　やっと目が覚めた熊五郎、酒を断って、一所懸命に働く……「子別れ」の中でございます。​【成立】　ここは何もないので多くは「下」と一緒にして演じる。柳家小さん（３）がここだけを独立させて演じたという。上中下に分けて全てを演じたのは三遊亭圓生（６）と柳家小三治しか知らない。その後おられたら失礼。​​【一言】　あんまり受けないし、それでいて割合むずかしいんです。いわばだれ場ですからね、はじめの強飯ンところでおかしくッて、ここへくるとまァ喧嘩やなんかはありますけども、ちょっと沈む。それで『下』でまた噺がぐッとよくなってくる。（三遊亭圓生（６））​○　女房のほうは女一通りの仕事も出来、立派なおかみさんですし、熊さんが半衿を買ったり前掛けを買ったりして一緒になったように、女としてもなかなか魅力があったのでしょう。熊さんが復縁をひそかに思うくらいなのですから。このおかみさんを妙にガラガラした感じにやるひともありますが、やはり充分に女らしくなくてはいけません。おかみさんにしたって、酒をやめ行いを改めてくれれば、好きで一緒になった亭主のことですから、生涯別れていたいとは思わない。それにむかしの日本女性というものは、貞女二夫にまみえずといいましてね、無闇に亭主を替えたりはしないんです。当節のように離婚をして金を取って、また他の男と一緒になればいいなぞという考え方はなかった。近頃は女が娼婦型になりました……（三遊亭圓生（６））​【蘊蓄】　徳川時代の遊女は、身売（年期奉公）をしても２７歳が年一杯で、年期あけになった。明治になると３年５年７年と随意に決め、２７歳で廃業というしきたりはなくなった。​​

  2022.08.31

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• 落語「こ」の１１８：子別れ（こわかれ）：上

  ​【粗筋】　大工の熊五郎、葬いで振る舞い酒をたらふく飲み、近江屋の隠居を見つけて、「人間は生きているうちに楽しまなくちゃァならない。一緒に女郎買いに行こう」と誘ったが、「そんな金があるなら子供の亀ちゃんに着物の１枚でも買ってやれ」と言われ、毒づいて帰る。途中で紙屑屋の長公と行き合い、土産に出た強飯の折りを手にしたまま吉原へ。途中でお歯黒どぶに落ちそうになったのを長公が助けるが、その時に背中に強飯を背負っていたので、がんもどきの汁を押し出してしまった。​「このまま焼き場へ行ったら、俺ァ照り焼きだよ」　と愚痴を言いながら吉原で妓楼に上がる。土産に強飯をもらった幇間が、「がんもどきにあんまりお汁が泌みておりませんが……」「おぅ、こいつが背中こづいて汁ゥ押し出したんだ。食いかけがあったら持ってこいよ」「取り替えていただけすんで」「そうじゃねえ。ふんどしと腹巻ィ醤油が泌み込んでるから絞りかけてやろう」「ご冗談でございましょう」  敵娼（あいかた）が決まる。「子別れ」の上でございます。​【成立】　春風亭柳枝（１）の作。下は春風亭柳橋（３）がまとめ春錦亭柳桜（１）が改作したという。子供の亀吉というのは春錦亭柳桜の子供（後の春風亭柳橋（４））の名前であり、柳派には「子別れ」全部が柳桜作と伝わっている。​　元々は全部を一席で演じたものであろうが、昔の葬式のしきたり等の説明が必要となり、自然に上の部分が伸びた。これをふまえて、三遊亭圓生（６）が上・中・下の三部作として口演する型を完成させた。圓生以降は演り手がなかったが、昭和の末になってから柳家小三治が全く同じ演出を復元している。小三治は中・下を通しで演じたこともある。　この「上」は、「強飯の女郎買い」「おこわ」「こわめし」とも呼ばれるが、柳枝よりも更に古い文化年間（1804～18）に口演の記録がある。「音羽丹七」という噺が極めて似た内容であるという。「上」だけを演じる例は極めてまれだが、三遊亭圓馬（２）の録音がある。​【一言】　大工の熊五郎が吉原の近くに葬式があって、したたかに酔う。その酔態のうまさは、（三遊亭）圓生（６）ならではであります。現代の俳優で、これだけ酔態をうつすことのできる人がいるでしょうか。途中で長屋の髪屑屋と会って、二人で吉原へくりこむ。店の若い衆に、葬式で貰ったこわめしをやる。そこのうまさは格別です。（宇野信夫）​○　あたくしは枕で大体の説明をしておきましたが、葬式というやつが今のお葬式とは大分違いますからね、あたくしが知ってるだけのことを申し上げても、いまの若い方にはその感じッてものがおわかりにならないんじゃないですかね、お葬式というものの観念がまるッきり違うんだろうと思います。（三遊亭圓生（６））​【蘊蓄】　山谷方面（現在の千住界隈）には寺が多く、吉原へも近い。​　　葬いが山谷と聞いておやじ行き　というのは、うっかり若い者をやっては……という心配。葬儀を終えると、世の無情を感じて吉原へ繰り込むものらしい。後は全て葬儀の後に吉原へ行ったという川柳。　　引導がすむと魔道へ引き込まれ　　吉原へ廻らぬ者は施主ばかり　　線香の順にと洒落る大一座　　大一座黒豆のある反吐をつき

  2022.08.30

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• 落語「こ」の１１７：これでも古いか（これでもふるいか）

  ​【粗筋】　堺の魚屋、「新しいのが自慢や」と新鮮さを売りにしている。大坂へ行って帰りは夜になってしまう。広田の森に掛かると、娘が現れ、堺まで一緒に行ってくれと頼む。魚屋、こんな夜中に娘の一人歩きはおかしい、これは狸に違いないと見抜き、「そんな古い手にだまされるか」と言うと、「怪しい者ではありません。母親が急病と知らせが来て、船場の奉公先から帰るところでおます」と言うが、「もっともらしいことを言うが古い、古い。駕籠を頼むか、店の者が送るやろう」と相手にしないでいるうちに、姿が見えなくなった。​　粉浜の磯伝いに掛かると、突然の大波、驚いてよけたが、波が退いた後に、大きな鯛が打ち上がってピチピチはねている。「これはありがタイ」と拾おうとすると、鯛がグルっと目をむいて、「これでも古いか」​【成立】　宝永２（１７０５）年『軽口あられ酒』巻四の１０「何をみてもふるゐと云う人」。五条の橋で小坊主を見付け、「小僧の化け物は古い」と言うと、禿（かむろ）に化ける。これも古いというと小判に化ける。拾ってこれはありがたいと額に押しいただくと、そのまま額にくっついてしまう。「小判に化けたのも古い」と言うと、「今吹も古いか」​　「今吹」は新しく鋳造した小判。なるほど、これでも古いかという落ちにはなるが、現代では分からないね。

  2022.08.29

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• 落語「こ」の１１６：これこれ

  ​【粗筋】　雨の日、宿の客が集まって博奕を始め、伊勢詣りの二人も仲間になるがたちまち負けて襦袢一枚にされてしまう。そこへ「手が入った」と騒ぎになり、二人も逃げ出して、明神様へ逃げ込む。ちょうど祭礼のため神主が来ると、二人で鏡餅と御神酒徳利を持って、「神さんじゃ、神さんじゃ」と飛び出す。神主が目を回しているうちに、二人は屋台の寿司や餅、酒まで飲み食いして逃げる。　今度は庄屋に家に飛び込んで、「今盗人に会って、襦袢一枚にされた」と言って、ここでも飲み食いをしたが、村人が来て「今、神様が暴れ出したので、来てほしい」と言う。庄屋はこれを聞いて二人の方に向かい、​「今、神様が襦袢一枚で暴れ出したというが、お前達も同じ姿。多分、これこれ（手を上げて狐の真似）の仕業であろう」「いいえ、これこれ（さいころを振る手つき）の仕業です」​【成立】　上方噺。曽呂利新左衛門『滑稽伊勢参宮』にあるが、演じられた記録はない。「これこれ博奕」とも。​

  2022.08.28

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  金翁師匠

  今日未明、三遊亭金翁師匠が亡くなりました。９３歳。ご冥福をお祈り致します。子供の頃は「お笑い三人組」を見ていましたが、その後は腹話術をやったり、ＮＨＫでは露骨な反発だと思ったのもありまして……本人がおっしゃったのは、芸以外で人気が出ると芸は荒れるということで、落語の方も物足りないことが多かった。金馬を襲名してからは本当にすごい努力で、軽い噺でつないだり、トリとして大ネタをじっくり聞かせたり、何をやってもうまいなあと感心しましたねえ。印象に残っているネタは正月にやる「七草」、他の人を聞いたことがない。「百川」や「夏の医者」の田舎者がいい味だった。

  2022.08.27

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• 落語「こ」の１１５：ゴルフ夜明け前

  ​【粗筋】　慶応３年、西郷隆盛と坂本龍馬が会見、日本の夜明けを語り合うが、この時龍馬が持っていたのがゴルフクラブ。エゲレスで流行っている遊びで、この棒で前の玉を思い切り叩く。「玉は二つしかなかけん、大事にせんとあきまへん」西郷どん、興奮すると大阪言葉になる。龍馬はすでに京都大倉山の中にゴルフ場を作っていて、そこで新選組の近藤勇と会見することになっていると語った。​　さて、近藤のほうは「コルフ」ってものが何だか分からない。クラブという棒で殴り合う西洋の剣術らしい。とにかく２対２とされているので、沖田総司を連れて行く。そこで初めてルールを聞いて、坂本と土佐の中岡慎太郎。近藤と沖田がペアで勝負をすることになった。新選組の二人は初めてなのでハンデをと言われるが、頑固な近藤がそんなものもらえるかと拒否。しかし、金を掛けることになってハンデを増やしてもらうことにする。もちろんアドバイスを無視する近藤が足を引っ張ってＯＢを連発する。「またＯＢじゃあ」　さあ、屯所に帰った近藤、「刀の手入れをするから、心を落ち着けるために誰も近付けるな」　と言ってクラブを振る練習。そこへ坂本が暗殺されたとの報告が来る。「何、あの坂本どんが……何と言うことだ、もうゴルフに行けない」　翌年、鳥羽伏見の戦いが始まると、新選組も破れて散り散りに逃げる。近藤と沖田、気付くと坂本が作ったゴルフ場跡に来ていた。「よし、京都へは二度と戻ることもあるまい。思い出にゴルフをして参ろう」「局長、クラブがありません」「この刀でよい……いいか、実は隠れて練習しておったのじゃ。どうじゃ……」「ナイスショット……ワンオンですよ……球がないとうまく行きますねえ」「よし、あれを入れに行くぞ」「局長、敵の大砲の音が近付いています。あの高台では目立って標的になります」「かまわぬ、お前はそこで見ておれ……坂本どんとのお別れじゃ」「局長……ああっ、危ない」　ドン、ヒュ～～～「局長、大丈夫ですか」「敵の大砲はかなりそれた……ＯＢじゃあ」​【成立】　桂文枝（６）の創作落語。第３６作、１９８２年１１月の作品。​​【一言】　（長崎出島の資料館にゴルフクラブが展示されていたので）調べていくうちにゴルフが江戸時代に日本に入ってきていると分かった。それは鎖国時代出島にいたオランダ人が書いた「商館日記」に出島を訪れた客にゴルフをして見せたと言う記述があったからだ。​　幕末、新しいものが好きだった坂本竜馬がゴルフのクラブを持っていたとしても不思議ではない。彼は当時としては珍しく革靴を履き、ピストルを持ち歩いていたからだ。（桂文枝（６））​【蘊蓄】　１９８７年に東宝で映画化、慶応２年、寺田屋で襲撃された龍馬が新選組と遭遇する場面から始まり、ゴルフ外交で戦争を避けることが出来ると、「船中八策」を解く。落語の後、近藤は刑死、沖田は病死して明治維新を迎える。下関の浜で龍馬を忍び、クラブを海に返すおりょうの姿でエンディングとなる。龍馬を渡瀬恒彦、おりょうを高橋惠子、西郷隆盛を西からきよし、桂小五郎を島田紳助、土方歳三を西川のりお、中岡を武野功雄、沖田を橋爪淳、近藤を文枝本人が演じた。その他上方のお笑い芸人が多数出演している。​​

  2022.08.26

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• 落語「こ」の１１４：五里五里（ごりごり）

  ​​【粗筋】　焼き芋が、栗（九里）に近い味だというので、洒落に「八里半」と書いた。客が,「八里半どころから、十里や」　と言う、「ああ、栗（九里）よりうまいか」「いや、生焼けゴリゴリ（五里五里）だから十里や」​【成立】　上方の小噺。​【蘊蓄】　東京では「栗より（九里四里）うまい十三里」といい、産地の川越から江戸までの距離だという。​​

  2022.08.25

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• 落語「こ」の１１３：暦湯（こよみゆ）：その２

  ​​【粗筋】　侍が暦湯という銭湯に入る。​「湯銭はいくらだ」「八銭（八専）でございます」　から始まって、何から何まで暦尽くし。そのうちにどぶんと飛び込む者がいて、「こりゃ、静かに入らぬか。乱暴者め」「へ、これは二百十日の荒れでございます」「これは驚いた。もう上がろう」「旦那、門出吉でございます」「なに、あまり混んでおりから、鬼門（着物）の用心をするのだ」​【成立】　上方噺。笑福亭松鶴（４）が演ったが、暦の言葉が分からないので演じられなくなった。​【蘊蓄】　「八専」は壬子から癸亥までの１２日間のうち、丑・辰・午・戌をのぞいた８日間をいう。年に６度あり、雨が多く降るというので、婚礼・造作などを避けた。​

  2022.08.24

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• 落語「こ」の１１２：暦湯（こよみゆ）：その１

  ​【粗筋】　「暦湯」という銭湯で、裏に小屋を作った。大工が１０日の手間賃を請求すると２００しか出さないので、​「これは少ない。１日１００文ずつとして、１貫文下さい」「うちは暦湯だから、暦の通りやる。二百十日というから、１０日で２００でいいはずだ」　怒った大工らは作った小屋を叩き壊してしまう。主人が驚いて、「おい、いったい何をするんだ」「二百十日の大荒れだ」​【成立】　宝暦５（１７５５）年『口合恵宝袋』の「二百十日」。２０２０年、テレビの天気予想を見ていたら、「今日は二百二十日で、この日から台風が増えます」と言っていた。温暖化のために季節が十日ほど後送りになっているそうだ。​

  2022.08.23

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• 落語「こ」の１１１：五目講釈（ごもくこうしゃく）

  ​【粗筋】　薬屋の若旦那が道楽の末勘当になり、長屋の家主の家に居候。仕事をしないと苦情が出て、それなら講釈師になると言い出す。それなら家主が講釈師を紹介するというのを止め、自分はもう名人だと独演会を開催した。茶や菓子まで用意して長屋の人を集めると、『忠臣蔵』を始めた。「頃は元禄１５年……」と出だしは良かったが、吉良邸門前で挨拶をしたのが安宅の関の弁慶、それを見た大岡越前守がこいつは天一坊だと見抜いて顔を見ると、自分の子供と同じ位の年……「熊谷陣屋」になっちゃった。白井権八、石川五右衛門から切られ与三郎まで登場する支離滅裂のシッチャカメッチャカ。​「なんだい、あれは講釈師かい」「横町の薬屋の伜だ」「道理で、講釈がみんな調合してある」​【成立】　出鱈目講釈の面白さだが、もしかするとこの若旦那、実は本当に名人ではないか……​　安永５（１７７６）年『蝶夫婦』の「時代違ひの長物語」が、あれこれごちゃまぜのいわゆる「五目講釈」の原典。安永２（１７７３）年『聞上手』の「綱右衛門」が、侍の話すいくさの内容がでたらめで、「その間違いで浪人しました」という落ち。　天保１３年『四季の見合』下巻の「三十石苫家の朧月」は、三十石の乗り合いで、軽い男が隠し芸を披露しようと声を掛けるが、侍が家計の武功を語る。これが五目講釈で、何もかもごっちゃで分かりませんと言われて、「いやいやそふでない。講釈もやはり乗合の方がおもしろい」と答える。　「五目」「居候講釈」「調合」「端物講釈」「八島」「若旦那」とも。講釈が流行した時代にはしばしば高座に掛けられたが、その衰退と共にすたれた。「小倉船」「狼講釈」などと同じく、演目が次々変わる滑稽講釈は噺家の独壇場。　上方では、若旦那が蝋燭を買いに行くが一銭足りないといわれて喧嘩をして帰ってくる。「そんな時はついでの時にでも持って来ますと言えばええ」とたしなめられて、いよいよ講釈に掛かるが、片道六銭の電車賃が五銭になるので、「大阪の市電は六銭や。一銭足らんで」「足らんとこはついでの時にでも持って来ます」​【蘊蓄】　「五目」は上方の「ゴミ」で、色々な物がごちゃごちゃと並んでいること。現在は料理にのみ残る。​

  2022.08.22

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• 落語「こ」の１１０：米屋の息子（こめやのむすこ）

  ​【粗筋】　米屋の息子が芝居道楽、店の手伝いをしないが、落語のように勘当する訳にも行かず、寺の和尚さんに預けて修行をさせてくれと頼み込む。ちゃんと修行をすればいいが、毎日本堂で鉦や太鼓、木魚まで持ち出して鳴り物入りで芝居の稽古。​　番頭が様子を見に来て、「若旦那は少しは大人しくなりましたか」　と尋ねると、和尚、「いや、それが困ったものじゃ。いかに米屋の倅とはいえ、一升人二升（一商人にしよう）と思うて意見はするが、三升（市川團十郎（２）の俳号）のまねばかりして四升（師匠）の言うこと少しも聞かず、五升（後生）のことはどこへやら、六升（六情：喜怒哀楽愛悪）から末は七升（七生）までの勘当じゃ、誠に愚僧も、困り果てておりまする」　障子の陰で様子を伺っていたご本人、「八、九升（ハックショウ）」​【成立】　文政１２（１８２９）年『たいこの林』にある「芝居好」。同じ落ちを使った「八九升」は、三遊亭円生（６）が作った別の噺。​

  2022.08.21

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• 落語「こ」の１０９：米櫃松茸（こめびつまつたけ）

  ​【粗筋】　松茸を米櫃に入れておいたら腐っている。米と一緒にすると松茸は駄目になると聞いて、​「なるほど、だから褌には糊を付けないのね」​【成立】　安永２（１７７３）年『坐笑産』の「松茸」。松茸から男根を連想するのは、落語ではお馴染みのパターン。大昔、金原亭馬生（１０）が演ったのを聞いた。​

  2022.08.20

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• 落語「こ」の１０８：米搗の幽霊（こめつきのゆうれい）

  ​【粗筋】　信濃から江戸の米搗屋に奉公に来た久蔵、あまりの大食に胃病となり、少量の粥以外許されなくなる。ひもじくてならぬ久蔵が哀願しても、本人のためと飯櫃を隠してし​まう。その甲斐もなく死んでしまうと、台所で飯がなくなり、幽霊の噂が立つようになる。　主人が見張っていると、まさしく久蔵の幽霊が現れ、一心に飯を食う。「おい、なぜ飯を食う。お前は死んだ者だろう」「いいえ、信濃者（死なぬ者）でごぜえます」​【成立】　「信濃者」とも。江戸時代、信州の人は大食漢として有名であった。​　　信濃から見れば米搗き地ものなり　　善光寺搗屋のような仏なり　とあって、現実にも信濃から来ている者が多かったらしい。​​【一言】　落語というものは大したもので、「へっつい幽霊」「応挙の幽霊」等によれば、幽霊の存在は厳として疑うべからざるものという前提に立っている。それどころか、その幽霊の人なつっこさ、人のよさは無類で、いかさまバクチで折角のおあしを取られたり、掛け軸の絵の中から抜け出して酔っぱらい、三味線をひいて大騒ぎのあげく軸の中に戻って寝てしまうという天衣無縫ぶりを見せる。生きている人間が、ヘンに怖がりさえしなければ、もともと人の身体に宿っていたものだ、うらみもない人間に害を与えるわけはないのである。（馬場雅夫）​【蘊蓄】　「空腹だ」の意味で「ひだるい」というが、「脾臓がだるい」の「ひだるい」という説が一般的。死後も飢えている「餓鬼」、この梵語を形容詞化した言葉が「ひだるい」であるという説もある。​これを江戸の洒落で言うのが「ひ文字」、「ひもじい」である。

  2022.08.19

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• 落語「こ」の１０７：米搗き（こめつき）

  ​【粗筋】　亭主が遠出をすることになったが、女房の浮気を心配して、大事なところへ「玄米」と書いて出掛けた。女房はそんなことはお構いなしに、米屋の番頭を引っ張り込んでよろしくやっている。さて、亭主が帰って来てそこを調べると「白米」と書かれている。「おい、これはどういう訳だ」​「お前さんの書いたのが玄米だから、米屋についてもらった」​【成立】　「品川の豆」の女性版。ついてもらうというのが二重の意味になっていておかしい。​​【蘊蓄】　『街の姿』には「大道の米搗は、大道臼を其依頼の家前へ据えて、独力を以て精米を製る業なり。今はこのもの絶えてなし」とあり、天保頃には廃れた職業と分かる。臼を転がして往来を歩き、呼ばれると前掛けのような糠よけをつけて裸か襦袢の姿で仕事をした。食事を雇った家で出すのが当然で、力仕事だから普通の倍も食い、魚をつけなければならなかったという。​

  2022.08.18

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• 落語「こ」の１０６：米揚げ笊（こめあげいかき）

  【粗筋】　甚兵衛はんの世話で、天満の笊屋の売り子になった男、虫のついた粉を落とすためにポンポン叩きながら「叩いてもつぶれるような品物と品物が違います」という売り方のコツも教えられて、町へ売りに出掛けた。​　堂島という所は、米相場の立ったところで、相場師というものは、縁起を気にする。強気の相場師は「上る」「昇る」を喜び、弱気の相場師は「下がる」「降りる」を喜ぶ。さて、問題の男、強気の相場師の店の前で「米を揚げる、米揚げ笊」と売り声を上げたので、「米が上がるとは縁起がいい」　と、すぐに呼び込まれて、全部の笊を買い取った上に祝儀までくれると言う。「お前の家族は」「へえ、姉がおまして、上町の上田屋宇衛門という紙屋の上の女中を勤めておます」　という「上（かみ）」尽くしに、すっかり喜んだ旦那が、どんどん祝儀をふくらますので、番頭が心配して、「そないに祝儀をやりますと、うちの身代がつぶれてしまいます」　と言うと、笊をポンポン叩いて、「つぶれるような品物と品物が違います」​【成立】　桂文団治（１）の作。「ざる屋」「いかき屋」とも。​　もともとはこの笊屋が途中から「下がる」「倒す」を連発して主人の機嫌を損じ、番頭が「上がるばかりでは逆につぶれてしまいます。なあ、笊屋さん」と言って落ちになる。桂米朝からは失敗しないようになっている。枝雀（２）など、米朝の弟子のものを何人か聞いているはずだが、あまり記憶にない。東京の寄席でも笑福亭里光が演っているのを聞いた。こちらの方が印象に残っている。​【一言】　この噺でもサゲ前にそれまで「上に昇る」とゲンのいいことを言っていたいかき屋が、うっかりと「下がる」と言った一言でしくじるというところがあります。私は、この噺を機嫌のいい噺のまま終わらせたいと思いますので、いかき屋にしくじらせません。（桂枝雀・２）​​【蘊蓄】​　『和漢三才図会』には「籃（かたみ）、和名、加太美、今言う佐留（ざる）。竹器。農家用いて桑の実を採り、蔬果（しょか＝野菜や果実）等のものを取り、提（さげ）易きものなり」　とある。また、『俚言集覧』には、「ざる。俗の笊。下学集、笊籬は味噌漉也と注し、傍らにサウリイカキと注せり。サウリとは、其字の音を呼べるにて、又いかきとも言いしと見えたり」　とある。「笊籬」を音読みして「さうり（そうり）」と呼んだとのことである。　竹の薄片を編んで作った器である。

  2022.08.17

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• 落語「こ」の１０５：小間物屋政談（こまものやせいだん）

  ​【粗筋】　風呂敷を背負って売り歩く背負小間物の小四郎、上方で商売をしようと旅に出、箱根で盗人に身ぐるみはがされた男を救う。これが若狭屋甚兵衛という、同じ小間物屋だが小四郎などとは桁違いの大店の若旦那。小四郎は着物と路銀を貸し、返却の時のために住所姓名を書いた紙を渡すが、この甚兵衛が小田原の宿で息を引き取り、懐の紙で勘違いした役人が小四郎が死んだものと思う。確認に行った家主も、腐った死体を見るのが嫌で、着物と筆跡から「間違いなく小四郎だ」と判断してしまう。この大家、お節介にも、葬儀を終えてわずか一月で、おときを神田の小間物屋三五郎と再婚させてしまう。​  そこへ小四郎が戻ったので、さあ大変。おときは、「小四郎とよりを戻すと、三五郎と関係したと言われて嫌な思いをする。三五郎なら小四郎のことは承知で来ているので、三五郎と一緒になりたい」  と言う。馴染みの客まで三五郎に取られた小四郎は奉行所へ訴える。　大岡越前守は、「人間諦めが肝腎じゃ、男らしく女房は三五郎へやってしまえ」　と言い渡す。一方的なお裁きと思いきや、「しかし小四郎にも生きる道を与えねばなるまい」　と、身代わりに死んだ甚兵衛の妻・よしと結婚し、若狭屋甚兵衛として生まれ代わるようにと勧める。このよしがおときとは桁違いの美女で、結婚すれば３万両の身代、番頭から手代まで大勢の者を使っている店までが自分の物になる。今までの背負小間物とは桁違い。「承知とあらば今日より若狭屋甚兵衛として生まれ代わるがよい」「はい、ありがとうございます。このご恩は生涯背負いきれません」「今日からは若狭屋甚兵衛じゃ。もう背負うには及ばん」​【成立】　小金井蘆州（４）が得意とし、その死後演り手がなかった講談「万両婿」。三遊亭圓生（６）が蘆州（６）に粗筋を聞き、噺としてまとめた。元々人情噺を講談に移したもので、扇家さん馬の速記が『百花園』にある。この速記では、小四郎が財布をもらい、若狭屋の女房が事情を知らずに訴えるなど、更に複雑な筋立てであった。「万両婿」「小間物屋小四郎」とも。​　古今亭志ん生（４）は、講談を演っていた時にこれを覚えたが、小四郎が帰ってきた場面までで切り、白州の場面は省略している。箱根で若狭屋を助ける場面は、小四郎が本当に相手のためを考え、損得抜きで働く。この場面だけでも十分聞き応えがある。　一方三遊亭圓生（６）の高座の録音は淡々と進んで全く面白くない。だが、白州の場面になると、実に人物が活き活きとして他の追随を許さない。『百席』に入っているのがお勧め。　落ちをつけたいと思った圓生が鈴木みちおに依頼、鈴木氏は「その方達を夫婦にしたのは越前守ではない、縁を結ぶのは出雲の神じゃ」というサゲをつけた。これをもう一つ物足りなく思っていた圓生が、後に自分で思いついて「粗筋」の形に落ちついた。​【一言】　箱根山で小四郎が甚兵衛に逢うくだりを抜いて、旅へ出て五日目に小四郎が死んだと、だしぬけに女房おときのところへ知らせが来るという演りかたの方が、死んだと思った小四郎が帰ってくるので面白いだろうという人があるので、演ってみたが駄目です。やはりそれでは聞いている方で笑いません。小四郎と甚兵衛を家主が間違えているということを、先に知らせておいた方が、お客様が笑います。（三遊亭圓生（６））​​【蘊蓄】　小間物屋とは櫛・簪等を売る店。有名な「八百屋お七」の実家も、野菜を売っているのではなく、「八百屋」という屋号の小間物屋である。​

  2022.08.16

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• 落語「こ」の１０４：駒長（こまちょう）

  ​【粗筋】　借金で首の回らなくなった長兵衛、女房のお駒を言い含め、上方から来た小銭をため込んでいると評判の丈八を相手に美人局を計画。丈八が来るのを見計らって夫婦喧嘩をし、丈八を巻き込んで、こんな女お前にくれてやると言って長兵衛が家を開ける。その隙にお駒が丈八を口説いて、でれでれになった頃を見計らって飛び込み、「さあ、間男見つけた」と金を巻き上げようという作戦。​　序段はうまくいったが、長兵衛が親分の家で飲み過ぎてしまう。その間に、お駒は丈八を口説くうちちにすっかり意気投合、女房に美人局をさせるようなだらしのない亭主を捨てて駆け落ちしてしまう。　朝になって戻ってきた長兵衛、書き置きを読んで怒って表へ飛び出すと、屋根の烏が、「アホー」​【成立】　明和５（１７６８）年の『軽口はるの山』。落語の題名はもちろん「お駒長兵衛」が詰まったもの。「美人局」とも。古今亭志ん生（５）の録音があるが、いかにもずぼらで、大阪弁がひどいのがおかしい。​　人物名は大岡政談にお駒、丈八の情話があるので、そこから取ったものか。この説については「城木屋」を参照のこと。　不道徳な噺として戦時中の「禁演落語」５３種に選ばれたが、三遊亭円朝の速記も残っている歴史のある噺。しかし、ストーリーや人物描写に見せるポイントもなく、落ちもありきたりであるから、次第に演じられなくなってしまう噺であろう。　烏の鳴き声を言葉に取るので、「公治長」などを枕に振ることがある。​【一言】　丈八という上方の男が出てくるが、あまりうまい上方弁ではない。志ん生をもってしても、上方弁は無理のように、上方の落語家に東京弁は出せない。こういうところにも、落語という“話芸”のむずかしさがある。（小島貞二）​【蘊蓄】　「美人局」は「つつもたせ」と読む。博奕で胴を取る、筒を持たせるように、情夫が状況をコントロールしているという意味だという。また、相手の「筒」を持たせて罠に掛けるという、エッチな意味だという説も。

  2022.08.15

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• 落語「こ」の１０３：小町（こまち）

  ​【粗筋】　八五郎が隠居のところへ行って屏風に張り混ぜた絵の説明を聞く。​「これは児島高徳の『天勾践をむなしうするなかれ  ときにはん范なきにしもあらず』を描いたものだ」「『扁桃腺をむちゃくちゃにするなかれ  ときにはんにゃが田螺を食う』ですか。こちらのは」「これは小野小町のところへ深草少将が通い、九十九夜目にお果てなされたという絵だ」「ああ、うちの親父と同じだ」「お前の親父がどうした」「便所へ三十六度通って、とうとうお果てなされた」「汚えな。お前の親父は下肥だ。深草少将は色恋だ」「でも恋（肥）に上下のへだてはねえ」​【成立】　安永２（１７７３）年『千里の翅』の「御厠」、天明８年『下司の智恵』の「まちぶせ」にある。「道灌」の一部として演じることがあったが、時間のない場合、これだけで一席として演じられていた。落ちは「角兵衛の婚礼」の前半を独立させた「越後屋」の下げに使われているので、こちらは全体として演じられなくなっている。三遊亭円歌（６）の「月給日」は、二人が肥溜めへ落ちて、「これで二人は肥人（恋人）だ」と落とすが、ひねりが見事。​

  2022.08.14

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• 落語「こ」の１０２：子ほり奴（こほりやっこ）

  【粗筋】　国入り奴が帰ってきて、お城の前で解散となるずだが、女房が町の入口まで子供を抱いて迎えに来た。子供と槍を取り替えたが、槍のつもりで……（子供を放り投げる）​​【成立】　仕種落ちの上方噺。桂文団治（３）が鳴り物入りで奴の振りを見せたそうだ。　子供を投げ上げるだけなら私もやる。高い高いをして、そのまま放り出す。あんまり小さい子は首が安定しないからダメ。３，４歳になると重くなって危ない。受け止める自信がないとやらないこと。悲惨な結果になることも。​

  2022.08.13

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• 落語「こ」の１０１：子ほめ（こほめ）

  ​【粗筋】　隠居がただの酒を手に入れたというので御馳走になろうとやって来た熊さん、「それはただの酒ではない、灘の酒だ。御馳走になるつもりなら世辞の一つも言えるようにしなくちゃならない」と言われ、例えば相手の年齢が四十五歳であれば、​「四十五とはお若い、どう見ても厄（四十二歳・男の厄年）そこそこでございます」　と言う世辞を教わった。相手が五十歳なら四十七、八に、六十歳なら五十七、八に……と、百歳以上まで一通り聞き、「だが、相手が若い時は年上に見られた方がうれしいもの」とも教わる。ついでに竹さんのところに子供が生まれて祝い金を取られたので、赤ん坊をほめて御馳走になろうと、「たいそう良いお子さんでございます。亡くなったお祖父さんに似て長命の相がおありなさる。栴檀は双葉より香し、どうかこういうお子さんにあやかりたい」　という文句を教わる。　表へ出ると、四十五歳くらいだが、全く知らない人に声を掛けて最初の失敗。続いて四十歳の人を、若く言ったほうがいいのか、年上に言った方がいいのか迷ってしまい、取りあえず四十五歳ということにしてもらい、「厄そこそこ」をやって殴られた熊さん、赤ん坊なら殴られる心配はないと竹さんの家へ。「亡くなったお祖父さんに似て長命の相がおありなさる」「じいさん、隣に寝てるよ」「どうかこういうお子さんに蚊帳釣りたい、首吊りたい」「なんだい、そりゃァ」「失礼ですがお年はいくつで」「しっかりしろよ、今日がお七夜だよ」「ああ、初七日か」「お七夜だ。だから一つだよ」「一つとはお若く見える。どう見てもただでございます」​【成立】　寛永５（１６２８）年の『醒睡笑』巻之一「鈍副子」１１は、３０の人を４０．５０の人を６０と年齢を多く言う弟子に、若く言う方がよいと坊主が教える。赤ん坊を抱いているのを見て、「今年生まれたばかりにしてはお若く見える」​　正徳２（１７１２）年『笑眉』巻四―１０の「そさうのほめ過し」は、「先月生まれたばかり」「それにしてはお若く見える　享和４（１８０４）年、十返舎一九の『商内上手』の「ゆき過」は、「一つとはお若く見える。私はただかと思いました」　など、人気のある笑い話だった。文化７（１８０７）年喜久亭壽暁のネタ帳『滑稽集』に「若イトホメル」とある。　知らない人に目的の年齢だろうと声を掛けるシーンがある。安永７（１７７８）年『今歳笑』の「諸礼」は、知らない人に挨拶をするので相手がとまどうと、「私もあなたを知りませんが、こうするのが諸礼の学びでございます」という。誰にでもきちんと挨拶するのが礼儀だと教わったということ。落語では声を掛けた後町内を一回りして、同じ男に再会する。「あいつもぐるぐる回ってるのか」って台詞がおかしかった。　享保（１７１６～３６）頃の『軽口笑ふくろ』巻二の「そさうな人」は、道で人に会って「お久し振りです」「まことにお久しゅうございます」「それで、あなたはどなたでございます」「私こそあなたを存じませんが」「私も見知りません」という噺。　四十の人に四十五になってもらい、「厄そこそこ」というネタがあるが、隠居に教わった時に「九十五歳なら九十二、三」と計算が出来ている。すごいのは、「一万歳なら九千九百九十七、八」と本人が言っている。それなのに、表に出ると四十だという相手の計算が出来なくなる訳がない。おかしいと思っていたら、ちゃんとした演出もあった。若く言った方が喜ぶのと、年上に言う方が貫禄があっていいというのと、どちらがいいか迷うというのだが、これが本式かも知れない。　生まれた赤ん坊が１歳で、正月ごとに１つ年を取るというのが「数え年」で、昭和２５（１９５０）年に満年齢が採用された。若い人に数え年が分からなくなっているので、面倒だね。三遊亭円窓は、竹さんの子供に「竹の子は生まれながらに重ね着て」という句が贈られていて、主人公が「育つにつけて裸にぞなる」と付けて落ちにしていた。　質問したところ、「これは江戸の小咄にあるもので、柳枝から受け継ぎました」とお手紙を頂いた。調べてみると、安永４（１７７５）年『一のもり』の「笋」を見付けた。「たけの子は親にまさりて重ね着て」に「育つにつけて裸ぼうかな」と付けるもの。天明期（１７８１～８９）の『洗濯こうしや』の「笋」も同じと説明した本を見つけたが、本を見付けていないので、歌の異同については未詳。​【一言】​　赤ん坊のほめ方というものはむずかしい。どうしてむずかしいかというと、ほめる側にはほめる実感がないからむずかしいのである。生まれたての、猿のような赤ん坊は、実の親が見てさえ、妙ちくりんな肉塊であって、これがわが子か、と奇異の念にとらわれるのが普通である。まして、縁もゆかりもない他人の目には、ただもう醜悪なブヨブヨした固体としかうつらないのもむりはない。薄情といえば薄情だが、しかし、これが人情というものであろう。「まあ、かわいい！パパ似かしら、でも目もとなんかママにもそっくり。かわいいわァ」嘘つきやがれ、である。こういうそらぞらしいセリフが、すらすらと口をついて出てくるようになるまでには、かなり甲羅をへなくてはならない。その点、落語『子ほめ』が教えてくれる口上は、なまじ感情移入がないところがいい。（江國滋）​●　私は「けさ生まれたばかりや」「今朝、そりゃお若く見える、どう見てもあさってに見える」とサゲています。満年齢の現代ではそのほうがええように思います。（桂米朝）​​●　この噺の中には、職人、商人、ご隠居などいろんな人物が出てくるんでね、その人間の遣う言葉を覚えるのには持ってこいなんだよ。それから上下（かみしも）のこと。落語ってえのは、人物描写が一番大事で、それが出来なきゃ面白くも何ともない噺になっちまう。ほんとうは入門してから『寿限無』や『たらちね』を覚えるようじゃ、間に合わないよ。噺家になりてえってえくらいの人間ならもともと口が滑らかでなくちゃあしょうがない。（桂文治（10））​​【蘊蓄】　中学校の国語教科書に載って話題となった噺。落語が教科書に採用されたのは、明治期の「塩原多助一代記」以来。円窓師の「だくだく」は仕草などまで学習出来る教材として師匠の写真も満載。　寄席で聞くことの出来る落語の第１位。昭和５６年、新宿末広亭の全出し物で、　堂々第１位がこの「子ほめ」（２８２回）。以下「浮世床」、「道具屋」、「強情灸」、「替り目」、「長短」、「手紙無筆」、「時そば」、「無精床」、「桃太郎」、「やかん」、「たらちね」、以上がベスト１２で１００回を越える。　上野鈴本演芸場（調査期間不明）でも第１位は４０１回の「子ほめ」。以下「替り目」、「無精床」、「真田小僧」、「初天神」、「強情灸」、「手紙無筆」、「道灌」、「たらちね」、「金明竹」までのベスト１０が１００回以上。２位以降の数が余り変わらないのに、１位だけが特出しているのは何だろう。落語協会だけだから？　もう一つついでに、２００６年に演じられたネタのベスト１０。　１位：子ほめ、２位：替り目、３位：初天神、４位：たらちね、５位：真田小僧、６位：桃太郎、７位：親子酒、８位：長短、９位：強情灸、10位：転失気

  2022.08.11

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  落語「こ」の１００：瘤弁慶（こぶべんけい）

  ​【粗筋】　大津の宿で、客同士が好みを言い合う中に壁土が好きと言う男がいる。その場で宿の壁を食ったが、壁に大津絵の弁慶が描かれてあり、自宅に帰った男の肩に、この弁慶が瘤となって現れた。男は蛸薬師へ日参し、この瘤が落ちることを祈願するが、通り掛かった公家の行列と瘤弁慶が喧嘩を始め、公卿が手討ちにしろと騒ぎ出すと、大暴れをした瘤弁慶が居眠りを始めた。​「ご覧のように肩の瘤が申したことで……お手討ちもごもっともですが、夜分のことでもあり、お慈悲をもってお見逃しおかれますようお願いいたします」「いや、夜分のことじゃよって了見すること相ならぬ。夜のこぶは見逃せぬ」​​【成立】​　上方落語「東の旅」の一部。「大津宿瘤弁慶」という題も見える。落ちを言いたいためだけによくぞ作った噺。​  分からないというので、男が殿様に弁解し、殿様が「弁慶の仕業とあらば、この手討ち、よしつね（義経）とせねばなるまい」という、「青菜」の逆をいく落ちも演じられる。​【一言】​　この落語のサゲは、今や説明が要るようになりました。昆布──こんぶ、関西では「ん」を略して「こぶ」といいます。薬罐、昆布を見たらちょっとつまんで食べる、「夜の昆布は見逃せん」等といって、これは、よるのこぶ、よろこぶ、喜ぶ……という言葉の洒落にすぎませんが、花柳界や水商売では今日でもある風習です。（桂米朝）​【蘊蓄】​　大津絵は近江三井寺あたりで売り出された荒っぽい筆法の戯画。初めは仏画、後に鬼念仏・藤娘・瓢箪鯰などを描くようになった。絵は「薙刀弁慶」。弁慶の大津絵では、他に鐘を引きずるものなどある。​​

  2022.08.10

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• 落語「こ」の９９：五百羅漢（ごひゃくらかん）：その２

  ​【粗筋】　八百屋が小さな女の子を拾ってきた。先日の大火で親とはぐれたらしいが、ショックのため口がきけなくなっているのだ。可愛らしく大人しい子供なのだが、女房と留守番をしていると、水を飲むのにやかんを口にするという行儀の悪さ。　八百屋はこの子を連れて歩き、商売をしながら親を探すことにした。女の子は世話になっていると思ってか、重い荷物を持ち上げ八百屋の手助けをしようとする。心の優しい子なのだ。からになったからいいよと声をかけると、手をつないで家へ戻るが、冷たかった手が歩いているうちに温かくなった。　心が手の温かさに現れるという住職の法話を女房にいわれた八百屋、羅漢寺には五百羅漢があり、顔が皆違っているということを思い出し、五百の中には女の子の親と似ている顔もあるのではないかと考えて、翌日法事の相談ということで、女の子を寺に連れて行く。羅漢様の顔を一つ一つ見ているうちに、女の子の足が止まった。指さす羅漢は鼻筋の通ったいい男、その鼻から口元にかけて女の子とよく似ている。これがおとっつぁんと似ているんだねと言うと頷く。　庭に出ると、畳替えの最中で、女の子は置いてあった小さなやかんを見ると、そばへ行ってやかんから直接水を口に含む。父親は畳屋なのではないかと、住職に話をすると、今仕事に来ている畳屋の中に、先日の火事で娘と生き別れになった男がいるという。その男が出て来た。鼻筋の通ったいい男。女の子を見たとたんに声をかける、女の子も思わず、「ちゃん」​　出なかった声が出た。親子がやかんの水を含んでプーッと吹く。父親が大きな虹をこしらえ、娘が小さな虹を作る。住職と八百屋は、二つの虹がしっかりと手をつないでいるように見えた。「これも五百羅漢のお陰だね」「いえご覧なさい、今は親子やかん」​【成立】　五百席に挑戦した三遊亭円窓が、２８年掛かりで達成。２００１年３月の五百席目に選んだのがこの「五百羅漢」。もちろん、題名を選んだ時点では「その１」であるから、とても最終回を飾るのにはふさわしくない。そこで題名と落ちを生かして円窓得意の「仏笑噺」として作り上げたもの。いかにも円窓らしい、心温まる噺となっている。​　　三月や噺五百の扇置く　　　円窓師匠から頂いた句　　春嵐のり越え来たり五百席　私の返句

  2022.08.09

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• 落語「こ」の９８：五百羅漢（ごひゃくらかん）：その１

  ​【粗筋】　本所五百羅漢、正式には鉄眼和尚開山、元禄年間の建立で、本所五つ目に移った。ここの坊さんは江戸中を勧化して歩き、​　　羅漢寺は萌黄の蚊帳のように呼び　という川柳が残った。坊さんの、「本所ゥ……五つ目ェ……五百ゥ羅かァ……ん」　という声が、蚊帳を売る「萌黄の蚊帳やァ……蚊帳やァ……ほろォ蚊帳ァ……」　という声と似ているのである。　の本所五つ目で背負い小間物をする惣兵衛、妻が病に倒れ、看病に女中を雇うが、この女中と関係してしまう。女中は妊娠し、本妻が息を引き取るのと同時に出産、後妻に納まるが、生まれた女の子はいつまでも毛が生えない薬罐頭。新妻も病気になり、先妻に悪いことをしたと毎日仏壇を拝む。　三回忌の命日、お灯明の火が消えかかったので、この女がのぞき込むとたんに火が燃え上がって髪の毛をこがし、すっかり毛が抜けて薬罐頭になった。亭主は逃げ出し、母親は子供をおぶって人の情けにすがるようになった。「本所ォ……五つ目ェ……親子ォやかァ……ん」​【成立】　橘家円蔵（４）が「宿屋の仇討ち」の中に入れて演じていたという。これを三遊亭円生（６）が一席物として改作。権化の声が分からないので演じる人はもういない……のだろうか。​​【一言】　「本所五ツ目五百羅漢」と言って歩いたという。それがどういう節なのか分かりませんが、あたくしは、師匠が演っているのを聞いて、覚えております。（中略）文字に書いて残せないものを、伝えていくのは、なかなか骨のおれることですが、こうした売り声や、唄なぞも、節がわからなくなってしまうのは、まことに惜しいことです。（三遊亭円生（６））​​【蘊蓄】​　羅漢寺は現在目黒不動の隣。目黒に移ってからは尼さんが住職になるのが通例。初代はお鯉という新橋の芸妓で、その弟子へと受け継がれている。五百羅漢は重要文化財に指定されているが、３分の１程が海外へ持ち出されて帰っていない。夕霧太夫の寄進と伝えられた仏が傑作であるという。五百体を彫り上げたのは、鉄眼和尚の弟子、松雲禅師という。鉄眼和尚には、俗念が起こった時に陰茎の頭へ灸を据えたという逸話がある。　現在残る約二百体は一つ一つ顔が違っている。

  2022.08.08

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• 落語「こ」の９７：こび茶（こびちゃ）

  ​【粗筋】　「こいつぁいい」という言葉が流行語になったが、変なところで使って喧嘩になることが多く、町奉行からのお触れで、今後この言葉を口にした者は伝間町の牢に入れられることになった。​　神田堅大工町の紺屋の職人治郎兵衛が、考え事をしながら仕事をしていたが、「おい、治郎兵衛、少し安めよ。ほら、向こうを行く年増を見ろよ。いい女だぜ」「どれどれ……あ、なるほど、こいつぁいい」　たまたま町方が通り掛かったため捕らえられ、白州でのお調べとなった。治郎兵衛は、「私は紺屋として、こび茶色をうまく染めたいと思っておりました。あの時通り掛かった婦人は、着物から履物までよく染まったこび茶色なので、思わず『ああ、こび茶はいい』と申したのでございます」「何、こび茶はいいと申したのか……おお、こいつはいい」​【成立】　安永４（１７７５）年『聞童子』の「はやり」。殿様が「こいつはゑゝ」というのを下卑ていかんと目付を叱るが、目付が同じ言い訳をするのを聞いて殿様が「フウこいつはゑゝ」と言ってしまう。寛政８（１７８６）年『喜美談語』にも「こいつはいゝ」と出て来るように、長く続いた流行語らしい。​　上方では「鯉津栄之助」という題で、「鯉津栄之助という人の名だと申すか……こいつァえい」と落としたという。また、今演じられている「次の御用日」は、女をびっくりさせて裁きとなるが、びっくりさせた大声を繰り返す。言葉の裁きという感じは似ている。

  2022.08.07

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• 落語「こ」の９６：木挽茶屋（こびきぢゃや）

  ​【粗筋】　材木問屋の旦那が、木挽きを連れて廓へ遊びに出掛けたが、途中で八百屋と和尚に会う。これも一緒に行くことになったが、ただ行くのも面白くないと、木挽きは呉服屋の旦那、八百屋は薬種屋の旦那、和尚は医者ということにして繰り込んだ。そこは付け焼き刃で、呉服屋は緋絹（もみ）と樅（もみ）を間違える、薬種屋は人参というのを薬でなく野菜だと思う、という具合ですぐにばれてしまった。医者が「本道ですか、外道ですか」と聞かれたが、この和尚が火事で本堂を焼かれたことがあるので、​「本堂も玄関も焼けて、いまは仮家（かりや）に住んでおります」​【成立】　上方噺。正徳６（１７１６）年『軽口福蔵主』巻三の１３「八百屋の僭上」。八百屋が夜船で見栄を張り、薬種屋と偽って大坂へ買い出しに行くと言う。「今人参は幾らくらいでしょうと問われて「束によります（量によって違います）」と答える。本文の落ちは、医者の内科を本道、外科を外道といったことによる。​

  2022.08.06

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• 落語「こ」の９５：小判一両（こばんいちりょう）

  【粗筋】　今戸の八幡様の鳥居前に茶店があり、側に色々な出店が並ぶ。凧を盗んだ子供が捕まり、凧屋が親の所にねじ込むというので、ざるや味噌漉を売りにくる安七という男が間に入って許しを請う。凧屋は聞き入れず、金を出してやろうにも今日はまだ商いがない。腹巻に縫い込んだ一両を出して釣り銭を寄越せと息巻く。茶店の女が小銭を出してくれたが、安七と凧屋は殴り合いの喧嘩を始める。喧嘩を止めたのが小森孫市、子供の父親である。孫市は越後高田で浪人し、二度の主取りはしないと誓って江戸へ出たのであった。同じ年頃になる子供を亡くしている安七は、浪人の窮状に同情し、子供に一両を握らせる。孫市は止めようとするが、立派な身なりの侍が通り掛かったので逃げるように立ち去った。　これを陰で見ていた水戸家に仕える浅尾新三郎という侍が、安七に感心して酒を御馳走する。侍同士は情けをかけないのが情けだと言う新三郎に、安七は、「私を入費を掛けてほめるなら、あの浪人をほめてやるのが筋じゃあございませんか」　と言う。人間同士が情けを掛けるのに遠慮する必要はないと気付いた新三郎、安七と共に浪人の家へ行くが、そこで孫市が腹を一文字に切って倒れている。枕元に小判１両と書き置き。世を棄てず、自負も望みも持っていたが、はからずもわが子の心を見、見ず知らずの安七に情けを掛けられ、初めてわが身の不甲斐なさ、生きている身の愚かさを知ったというのである。「侍同士情けかけぬがかえって情けとおっしゃった言葉が、今思い当たりました。あっしみてえな人間から恵みを受ける身になったかと、今更わが身を振り返って死ぬ気になったのァ無理はねえ……身の程知らぬ人間の屑のくせに、なまじしゃらくせえ真似ェして、こんないい人を死なせちまった」「安七、今更後悔しても是非ないことじゃ。情けが仇になったは残念じなれど、そちのいたしたことは決して間違うてはおらんのじゃ。今の心をいつまでも忘れるなよ」　浅尾新三郎は孫市をねんごろに葬り、子供の孫市も養子としてもらい受け、立派な侍に育て上げる。安七も浅尾家に出入りをするようになるという……「小判一両」というお噺でございます。【成立】　宇野信夫の新作落語処女作。昭和３７（１９６２）年４月、三遊亭圓生（６）がＴＢＳラジオで初演。独演会にも取り上げ、宇野作品が次々に人情噺として登場するようになった。【一言】　或る放送局の依頼で、私は昔六代目菊五郎と吉右衛門の為に書いた『小判一両』という劇を、圓生のために人情噺に書き直すことになりました。出来上がったものは、原稿用紙にして五十枚、一時間以上もかかるものでした。私は内心、圓生が果してこれを演じることが出来るのだろうか、文句を覚えるだけがいっぱいで、人情噺として電波へのせることが出来るだろうか、と危ぶみました。ところが彼は短い期間にこれをすっかり自分のものにして、私にきかせてくれました。圓生はあいにく菊五郎と吉右衛門の『小判一両』は見物していないそうですが、まるで舞台そのもののように、六代目と播磨屋の役をやってのけました。茶屋の女中の一人一人も、ちゃんとつかいわけました。私は亡き六代目にきかせたかったと、つくづく思いました。五代目菊五郎が『塩原多助』を上演する時、原作者である圓朝の高座をきいて、「圓朝さんは羨ましい、どんな役でも、一人でみんな出来るから」と行ったそうですが、六代目も、人情噺の『小判一両』をきかせたら、おそらくおんなしことを言ったろうと思います。それほど圓生の出来は見事だったのです。（宇野信夫）○　（最初は「物語」として演るつもりだったが、宇野信夫が人情噺として演ってほしいと言う。そうなると収録までに全部の台詞を暗記しなければならない。とんでもないことになったと思っていると……）そのうち人情噺に書き直したから、というご連絡をいただいて、放送局の係の人と一緒に伺いました。それを先生が読んで下さったのを伺って、びっくりしました。実に上手い。なるほど狂言作者というものは……言葉が少し古い……脚本家というのですか……下手に読まれると役者が演る料簡がなくなってしまうから、上手に読まなくてはならないでしょうが、それにしても人物が躍如として、下手な噺家などは足もとにもおよばないと、びっくりしました。とにかく台本をいただいて帰りましたが、原作に手を入れるのは、失礼なことですから、そのまま演ってみたいと思いましたが、なかなかむずかしい。先生も演りいいようにお演んなさい、と言って下さいましたので、言葉の点は多少直させていただきましたが、原作を尊重しなければなりませんし、一時間ものですから、覚えるのにも骨がおれました。（三遊亭圓生（６））【蘊蓄】　小判一枚の重さは１６０１年発行の慶長小判で１７．８５グラム。純金含有率が８４．３％だったが、幕末１８６０年に発行された万延小判は重さが３．３グラム、金の含有率も５７．３％まで落ちている。

  2022.08.05

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• 落語「こ」の９４：小噺の殿様（こばなしのとのさま）

  ​【粗筋】　落語の元祖は御公家様だそうで、身分の高い人、教養のある人でないとお笑いは分からない。​「家臣一同そろうたか」「臣ら一同、うちそろってございます」「よいか、昔爺と婆があったと思えよ」「ははあ」「爺さん山へ柴刈に、婆さん川へ洗濯に行ったと思えよ」「ははあ」「婆さん洗濯をしておると、川上から大きな芋が流れて参ったと思え」「ははあ」「婆さんこの芋をふかして一人で皆食ろうたと思えよ」「ははあ」「すると、婆さん、大きな屁をこいたと思えよ」「ははあ」「山にいた爺さん、柴を刈らずに草刈った（臭かった）」「は、ははあ」「どうじゃ、おかしかったか」「臣ら一同、おおかしゅうございました」「うむ。では許す、次の間へ参って笑え」​【成立】　殿様噺の枕に。三遊亭円楽（５）がよく演っていたが、自分が笑ってしまって何だかのめり込めなかった。​　安永２（１７７３）年『近目貫』の「自画傘」。お殿様が御覧になる前で、仕事師の頭が「傘が振るから雨をよこせ」と言う。面白いと城に帰って家来に話すが、「雨が降るから傘をよこせと申しおった。何とおかしかろう」と言うが家臣はきょとんとしている。殿様、「これ、ここで笑うが遠慮なら、次の間へ下がって笑え」

  2022.08.04

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• 落語「こ」の９３：小幡小平次（こはだこへいじ）

  ​​【粗筋】　市川団十郎（２）の時代、伝兵衛の弟子に小幡小平次という役者がいたが、下手糞で給金も取れないほど。師匠に「旅に出て修行したい」と相談すると、​「江戸でまずい者が、旅に出てどうにかなる訳がない。それよりも作者に賄賂を送っていい役をつけてもらえ。それを一生懸命やってみて、もし勤まらなければ役者をやめて商売でもしたほうがいい」　　と言い、賄賂の五両も貸してくれた。小平次はこの金を作者の津打治寛に持って行って頼むと、十日ほどして『湊川後日白浪』の楠正成の亡霊の役がついた。ところが、五両も取っておきながら、幽霊の役で台詞も三行半。あんまりひどいと親方に愚痴をこぼすと、「いや、そうではない。さすがは日本一の名作者だ。おまえの顔は幽霊にはぴったりだ。顔の工夫をしてしっかりやれ」　と励まされた。　小平次は、近所の葬儀で死人の顔を見て、これを手本に顔をこしらえる。ちょうどそこへ近所の人が来て、うっかり顔を見たとたんに、この者が目を回したりするので、だんだん自信がついてくる。　いよいよ初日、団十郎が墓前で回向をすると、小平次の幽霊が登場。その顔のすごさに、さすがの団十郎も震えが来たくらい。これが評判になったのがきっかけで、一心に勉強し、後には名題にまで昇進したという。「小幡小平次」でございます。​【成立】　「中村仲蔵」や「淀五郎」と同じ、役者の苦心噺。​【蘊蓄】　小幡小平次は、山東京伝『復讐奇談安積沼（ふくしゅうきだんあさかぬま）』鶴屋南北（４）『彩入御伽草（いろえいりおとぎぞうし）』のモデル。​

  2022.08.03

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• 落語「こ」の９２：木の葉狐（このはぎつね）

  ​【粗筋】　浜町の踊りの師匠が、山の手のおさらいに出た帰り、代官町に通り掛かると、人通りもなく寂しいので、狐にでも化かされないかと不安になる。そこへ、後ろから二人連れの若い男が来たので、物陰に隠れていると、この二人も狐に怯えている様子。そこで、師匠はこの二人に声を掛け、​「自分は王子の稲荷の使いだが、犬に吠えられて困るので送ってほしい」　と言い、道連れにして、寂しい場所を無事に通過することが出来た。師匠は木の葉を二人に渡し、「これは今日のお礼です。あなたがたには木の葉に見えるでしょうが、他の人間には小判に見えます」　とだました。  さあ、喜んだ二人が吉原へ遊びに行って、いざ勘定という時にこの木の葉を出した。「これは木の葉じゃありませんか。あなたがたにはいったい何に見えるんですか」「ううん、俺たちが見てもやはり木の葉だ」​【成立】　聞いたことはない。演り手がいないかも。​

  2022.08.02

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• 落語「こ」の９１：小猫（こねこ）

  ​【粗筋】　田舎から奉公に来たおなべどん、器量は悪いが働き者。ところが、このおなべどん、夜にこっそり塀を乗り越えて出掛けたり、夜中に血まみれの顔でニタリと笑ったり、怪しい行動が多く、皆が気味を悪がって番頭に相談するので、番頭はおなべの留守の間に荷物を調べ、血まみれになった獣の皮を見つけた。おなべに解雇を告げる番頭のおびえた様子から、おなべは自分の秘密を知られたことを悟る。猟師であった親の因果か、子猫が足に怪我をして帰ったのをなめてやったが始まりで、猫の生き血の味を覚え、猫を捕らえては血をすっていたのだという。​「これからは手足くくってやすみますでなァ、どうぞ置いとおくなされ」「何や、ほたら、お前、猫とりかいな……しかし、昼間はあないして、おとなしいに働いてるお前が、夜になるとそんな恐ろしいことをするとは……ああ、猫かぶってたんや」​【成立】　上方噺。「下女子猫」とも。 落ちは「かぶる」に「かぶりつく（食う）」の意味を効かせている。​　古くは、「皮ごと食えば分からへんのに、なぜ皮を残しんや」と尋ねると、「私も若い女じゃもの。子猫の皮食うひまはない（子猫の乾く暇はない）」というバレ掛かった落ちだった（「子猫」は女性性器の隠語を指す洒落）。本文は桂米團治の演じた落ち。松鶴（６）はおなべの故郷が芸州と聞いた番頭の、「ああ、それで猫かじるのや」という台詞で落としている。これは広島の「芸州」と芸者の「芸衆」を洒落、芸者をネコと言ったことをもじったもの。　それにしても、このおどろおどろしい世界を落ちの一言であっさりと終わらせてしまう……落語の世界の何という素晴らしさか。​【一言】　番頭のオドオドした様子で、おなべは番頭が自分の秘密を知ったことを悟る。​「番頭さん、おまえ、わしの留守中になんか見はせなんだか？  ……番頭さん。見た～なァ～」「見た見た見た！」　米團治系では「見た見た見た」の後でボーンと鐘を入れるが、笑福亭系では、おなべの「見た～なァ～」の後にボーンと入れるのだと聞いた。（小佐田貞夫）​●　「雨後の月というものは、わるわるう冴えるもんやなァ」というセリフが出てきます。奉公人同士が女子衆のおなべの噂話をしている時に出てくる描写なのでありますが、ゾーッとする表現ではありませんか。語感といいますか語調といいますか、これが「雨上がりの月」でしたらさして怖くはないのですが「ウゴノツキ」……。それに加えて「ワルワルウサエル」……。どんより曇った夜空で冴えわたる青白い月の色の不気味さを感じさせてくれます。「猫の生き血を吸う」なんてことよりもよっぽどこの「月」のほうに凄味があるように思うのです。（桂米朝）​​【蘊蓄】​　イタリア映画に「何かいいことないか子猫ちゃん」があり、主題曲も有名である。この「子猫」は、原題では「pussy」である。意味は日本と同じで、本来は猫の子のこと。

  2022.08.01

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• 落語「こ」の９０：五人回し（ごにんまわし）

  ​【粗筋】　喜瀬川花魁目当てに登楼したが、肝心の花魁の姿が見えない。若い衆が探して回るが、威勢のいい職人、法律を振り回す官員、江戸ッ子（いどっこ）を自称する近在のあんちゃん、通を気取る男の四人にいじめられる。やっと田舎のお大尽杢兵衛と一緒の喜瀬川を見つけると、杢兵衛が四人の玉代を払って帰ってもらう。すると喜瀬川が、自分にも同じ金額を下さいと言う。杢兵衛が不信に思いつつ出してやると、​「お前はんにこれあげるから、四人と一緒に帰っておくんなさいな」​【成立】　鈴木主水と遊女白糸の人情噺「白糸主人」の一部が、明治時代の演者によって改定されていったもの。柳家小さん（３）の速記には「小夜千鳥」という題名も見える。​　三遊亭円生（６）は御本尊の喜瀬川が出ないのも面白いだろうと、お大尽を加えて振られた客だけで５人とし、葛西から来たあんちゃんが文句を言ううちに節が付き、商売の調子で「おわーい（汚穢）」と叫んで落ちにする。これはこのあんちゃんが汚穢屋（汲み取り業者）だったのだ。あんちゃんの「江戸っ子（いどっこ）」は「イ」にアクセントがある。もっとも、葛西といえば汲み取りだから、最初から分かっているのが常識。尚、葛西は臨海公園など出来ているが、私のイメージは葛西イコール肥汲みだった。だから糞尿のエネルギーを使うのかと思った。両国橋は武蔵と下総の間に掛かったはずだが、Wikipediaでは橋が架かる前に武蔵が広がったかも知れないという。それじゃあ「両国」ではないし……ともかく葛西まで武蔵に入ったのは間違いないようだが、江戸末期の葛西の汲み取り業者が幕府に出した願書には「下総葛西」と書いている。住んでる人も適当だったというこで、Wikipediaは間違いとは言い切れないが、資料が明治以降のもので信用は出来ない。　この他、相撲取りが来て「関取は花魁にはかないません。まわしを取られてふられております」という落ちもある。  更に喜瀬川と一緒にいる客も入ると７人になってしまうので、「七人廻し」という題で演じた例もある。人物については異同あり。​【一言】​　冗談いっちゃいけませんや。「芸」なんてものは一年に一度か二度しかやるもんじゃなくて、「芸」と「商売」とはおのずから別ッこのもんです。あの時やった「五人廻し」は「芸」で、ふだん高座でやっている「五人廻し」は「商売」です。毎晩毎晩高座で「芸」をやっていたら、こっちの体が持ちませんよ。（古今亭志ん生（５））​●　新宿の豊倉の女郎の蟒（うわばみ）お由、これは胸に一面の蟒を彫っておりました。​　この豊倉といううちは、豊倉のおくらというのがいまして、家名を名乗った売れッ子で、この女が落語の七人回しのモデルになったやつで、豊倉は、嘉永、安政度の新宿では、なかなか名高った娼家であり、おくらもまた大評判な女でありました。（三田村鳶魚）​​【蘊蓄】​　廻しは関東独特のもので、関西は「抱ききり」といって廻しはない。​

  2022.07.31

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• 落語「こ」の８９：五人裁き（ごにんさばき）

  ​【粗筋】　菊屋治兵衛という酒屋で一杯やった百姓の久兵衛、５０両の入った包みを忘れて取りに戻るが、番頭の清兵衛が猫ばばして「何もなかった」と白を切る。表から一部始終を見ていた船頭の幸兵衛は、久兵衛の後を追って身を投げようとするのを助けた。５０両の金が、借金を払うために娘が身を売って作ったのだと聞かされ、幸兵衛が奉行所へ訴え出たため、原告側から幸兵衛と久兵衛、被告側に清兵衛と主人の治兵衛の他、それに娘が身を売った廓の播磨屋金兵衛も呼び出される。​　清兵衛は、店に落ちているのを見付けたと嘘を申し出て金を返し、奉行の采配で礼金もいらぬということになる。  奉行の裁きが下ったが、娘を菊屋治兵衛が身請けをし、これを久兵衛に返す。番頭の清兵衛は十年間無給奉公、船頭の幸兵衛には青ざし五貫文のほうびを出すという。幸兵衛がこの褒美を辞退して、「褒美がほしくて願い出たのではございません」「そう申すな。その方の正直なること、上においては明白である。正直の幸兵衛（頭）に神やどるじゃ」​【成立】　上方噺。「五人政談」「五人裁判」とも。酒屋の発端は天保年間（１８３０～４４）の怪談「正直清兵衛」や「もう半分」とよく似ている。国会図書館に桂文團治の速記がある。​

  2022.07.30

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• 落語「こ」の８８：五人組（ごにんぐみ）：その２

  ​【粗筋】　江戸時代、隣近所五軒ずつを一組にした「五人組」があったが、峠村というところで、役人が来て村役人に尋ねた。​「橋杭に書かれておる文字は手編に上下とある。あれでは『峠』でなく『かせぎ』か『せんずり』になってしまうではないか。誰があの字を書いたのじゃ」「五人組でございます」「ならばこの度は許すが……今後せんずりはならんぞ」​【成立】　分からない人は「その１」を読み直して下され。うぶな私には何が何やら、さっぱり分からないので。え、自分が読み直せ……ううん、なるほど。​

  2022.07.29

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• 落語「こ」の８７：五人組（ごにんぐみ）：その１

  ​【粗筋】　朝飯を炊きながら、五人組をしているところを旦那に見つかってしまった。​「火は不浄を嫌うことを知らないのか。お前のような奴はさっさと出ていけ」  と暇を出された。表で友達と会って、「おい、どうした。どっかにこのへんに雇われっちゅうでねえか」「いやァ、たった今暇を出されたばかりだ」「それはそれは……一体何で」「なに、ちょいとした色事で」​【成立】　寛政８（１７９６）年『廓寿賀書』の「飯たき」。宝暦１３年『軽口太平楽』巻一の「色事のしくじり」は、染物屋に小僧を行かせるが、間違った色に染めたので叱り付ける。あまり強く叱っているのを隣家の者が聞きつけ、「どうしてそんなに叱りなさる」「なあに、ちょっとした色事で」​　安永３（１７７４）年『稚獅子』の「間違」は赤い紙を買いに行って青い紙を買って来て叱られる。同じ色ごとでも、粗筋の方が面白い。でも、うぶな私には何のことだが、さっぱり分かりません。​【一言】​　五本の指を使用するので「五人組」という。その他「うでてんごう」、「かわつるみ」、「せんずり」等、人前で口に出すには少々はばかる呼称もあるが、色ごとの極意はこれかも知れない。想像は常に絢爛豪華である。（馬場雅夫）

  2022.07.28

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• 落語「こ」の８６：碁泥（ごどろ）

  ​【粗筋】　碁敵の二人、夢中になって煙草の火で畳をこがし、禁煙を約束するが、考える場面になると、​「おい、煙草盆がないよ」  という言い出してしまう。かみさんの知恵で煙草盆に赤い烏瓜を入れて出させたが、二人は全く気が付かない。安心したかみさんが出掛けるのと入れ違いに泥棒が入り、荷物を背負って出ようとすると、奥からぱちりぱちりと碁石の音。この泥ちゃん、二人に輪をかけた碁好き。荷物を背負ったまま、二人の脇で口を出し始めた。「うるさいね。岡目八目、助言は無用……見慣れぬ方だが、あなたは誰だい」「へえ、泥棒で……」「泥棒かい……泥棒は弱ったね……ふふふっ、泥棒さん、よくおいでだねっと」​【成立】　「碁打盗人」「碁盗人」とも。明治中期に柳家小さん（３）が大阪から移入、桂文吾から教わったという。泥棒にも気付かず後に夢中になる二人、我を忘れて口を出してしまう泥棒、それを納得させるだけの演出をしなければならない訳で、そこをいい加減にやると説得力がない。自ら泥棒と名乗るのがおかしいので、笑わせようとくどくやるとぶち壊しなのだ。​​【一言】　勝負ごとに凝る、というより淫してしまうと、人間だれしも、まさにこの『碁どろ』のような心の動きをみせるのである。“忘我の境”というその一点をとりあげて、思いきり誇張して一篇の滑稽譚に仕立てた古人の腕の冴えをみごとだと思う。（江國滋）​​●　泥棒が助言をするくだりで大切なのは、決して泥棒を見ないことです。サゲ近くなって、初めて何気なくチラリと見て、「いったいあなたは誰だいッ」と石をおろしますが、もちろん怪しいとは思わず無意識にいうのです。泥棒は思わずつりこまれて「どろぼう」と答えるわけですが、これも名前をきかれたくらいに軽く答えて、「泥棒さん、よくおいでだねッ」とサゲるのも、相槌を打つ気持ちで軽くいうのです。（三笑亭小圓朝）​

  2022.07.27

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• 落語「こ」の８５：子供の酔っ払い（こどものよっぱらい）

  ​【粗筋】　母親が買い物に行くので留守番を頼むが、金坊一人では心配なので、お隣の花ちゃんに一緒にいることを頼む。花ちゃんが嫌がるので、「キャラメルを買ってきますから」「５銭のですか、１０銭ですか」「１０銭の買ってきますよ」「そんな散財させて申し訳ありません」​　二人でままごとを始めるが、「うちの親父のをそのままやろう」 と言い出して、酔って帰るとからむので、「うちで一杯お飲みなさい……ほら、お酒を出して」　花ちゃん、本当にお酒を見付けて持ってきてしまう。「あたしのお酌じゃ美味しくないでしょうけど……」「そんなことはねえよ。今でも愛してるよ……金坊がお腹にいる時に北海道に逃げて……」「金坊ってあなたじゃないの」「そうさ。俺がお前ぇのお腹にいて」「何だか、嫌だわ」　父親が帰って来てびっくり。母も帰って呆れる。でも、「俺が母ちゃんのお腹にいる時に北海道に逃げて……」「おい、余計なことは言うなよ……お前にも明日キャラメル買って来てやるから」「キャラメルなんざいらねえから、明日から朝飯に一本付けてくれ」​【成立】　柳家金語楼（有崎勉）の創作落語。子供が本当に酔っ払うのだから、今では演じられない。​

  2022.07.26

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• 落語「こ」の８４：子供自慢（こどもじまん）

  ​【粗筋】　松下さんのところに、薬剤師をしている子供から手紙が来た。老眼鏡を壊しているので下川さんに読んでもらう。今病院で働いており、研究のために洋行も勧められているが、今の仕事が人のためになると思って頑張っているという内容。​「本当に立派な子ですよ。中間子でも研究すればノーメル賞でも取ったでしょうに。お宅は女の子ですから関係ないですな。はい、さようなら」　と帰って行く。妻が、忘年会で口喧嘩をしたから、その仕返しのつもりで手紙を読んでもらいに来たのに違いないと言うので、娘に手紙を書くよう電報を打てと言い出す。　娘の手紙が届くと、松下さんに読んでもらいに行く。松下さん、この間の仕返しと思って、真面目に読まない。「おとつさんこきけんいかかてすか」「濁りを打ってあるでしょう。ツの字は飲み込んで下さい」「べっに」「そこは『べつに』でいいんです」　看護学校をもうすぐ卒業だが、産婦人科の免許を取って故郷に帰りたいと伝えている。「女の子は優しいから。それに比べて男の子は自分勝手で、上野公園のルンペンも、女は学問がなくてなっているが、男は横文字を読んで政府の悪口を言う……学問のある男はろくなものになりませんな。はい、さようなら」　悔しいので、息子に５千円を送ってそのまま送り返させる。息子が稼ぎから仕送りをしているということにするためだ。下川さんの方も同じことを思い付いて実行するが、娘からは２千円しか送って来ない。お詫びに後で手紙を寄越すという。一方松下さん、５千円まるごと返って来たので勝ち誇っていたが、手紙には世間を偽ることで恥ずかしいと書かれている。何だか分からない。　下川さんの娘からのお詫びの手紙が来た。病院に勤めている彼氏が出来たが、実は見習いで資格も持っていない。薬剤師の国家試験を受けるために３千円を使ったというのだ。その彼氏が、同郷で、松下薬局の息子さん……びっくりして松下さんに話に行く。「どうです。我々がいがみ合っても仕方がない。この縁談を取り上げてくれますか」「取り上げますとも。相手はお産婆さんですから」​【成立】　有崎勉作、古今亭今輔が演った。湯川秀樹がノーベル賞を取った直後の作品。​

  2022.07.25

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• 落語「こ」の８３：子供ぐるうぷ会議（こどもぐるうぷかいぎ）

  ​【粗筋】　大人はだらしないから、未来をどう築くか、近所の子供達が集まって会議を開くというので、両親が隣室に隠れて聞くことにした。​　今日の議題は夫婦と子供の関係。結婚は子供を作るのが目的という意見に、うちの両親は子供が出来たから結婚したと言う実例が出る。仲がいいから一緒になるという意見に、うちの両親は喧嘩ばかりしているという実例が出る。「物価が高いのにあなたの給料は全然上がらないのねという母に、父がきっぱり言ったわ。チン上げは男に任せておけ」　無計画な親は子供が多くなり、部屋が足りないから公園のベンチで勉強するという子がいる。「でも、ほとんど大人が占領して、並んで座ればいいのにベンチに寝て重なっているんだ」　大人はパチンコ、麻雀、ゴルフ、競輪競馬にオートレース……遊び場が多すぎる。「うちの親父、ハートというバーのエリ子ちゃんという女に貢いでいるって友達に言ってたぞ」「まあ、あなた、エリ子とは切れたと言ったじゃない」「あ、それは、その、あいつが言っているのは２、３０年前の話だ」「小学生がそんなの聞くんですか」「いや、それは冗談だ。ハートのことでポッポするな」「何よ、ヒョットコ」「オカチメンコ」　と、隣で聞いていた両親が喧嘩になってしまう。「傍聴席は静かにしてもらわないと困るなあ」「でも、夫婦喧嘩の参考になるわ」「二人とも膨れてないで」「これが膨れずにいられるか、もうパンクしそうだ」「どうして」「これが本当のボウチョウ席だ」​【成立】　昔々亭桃太郎（１）の創作落語。昭和４０年の作。​​【一言】　いつの世でも、子供の教育は議論されますが、やはり社会の構成が重大ポイントでしょうな。（昔々亭桃太郎（１））​

  2022.07.24

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• 落語「こ」の８２：事がすんで（ことがすんで）

  ​【粗筋】　コトが済んだ二人。​「もし三ヵ月以内に異常があったら、医者へ行けよ」「分かったわ。あなたも三週間以内に異常があったら、お医者さんに行ってね」​【成立】　初な私には何だかさっぱり分からないが、通人に聞いたら、女の異常は妊娠で、男の異常は梅の病だそうだ。「産みの苦しみと、梅の苦しみ、洒落てるだろう」と言ったが、私にはよく分からない。​

  2022.07.23

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• 落語「こ」の８１：コテコテ劇場　男の花道（こてこてげきじょうおとこのはなみち）

  ​【粗筋】　経営が行き詰った大衆演劇団、座長が亡くなって妻が中心となっていたが、ついに解散を決意する。​　８３歳の老優は病人や寝たきりの役しかできない。退職金を出すので老人ホームへも入ったらと勧められると、「とんでもない。あんな所へ入ったら老け込む」　女優は娘役を何十年もやって来て、入れ歯になってからは台詞も危うい。温泉街の電気屋さんのご主人が奥さんを亡くしていて、面倒をみたいと申し出ている。団長は彼女の年齢を１０歳ごまかしているが、「大丈夫。明るい所には決して出ませんから」　くさい演技の二枚目、大阪の大衆劇団で、若い役者がくさい芝居を嫌うから、アクセントにぜひ来てほしいと言う。「わしは先代に育ててもらいました。他の劇団に行く気持ちはみじんもありません」「そうか。向こうは人気劇団で、祝儀だけでも生活が出来る言うとった」「あ、それなら移らせてもらいます」　息子が座長を継いでいたのだが、演技が下手でどうにもならない。座長なのにいまだに脇役しかできない。知り合いのレストランでウエイターに雇ってくれることになった。　この息子、客が来ると、「いらっしゃいませ。何人様でございますか。それでは案内させていただきやす。ささ、どうぞ、どうーぞ。ひとまずこれへー」と案内する。オーナーが「どうして首を振るんだ。眉毛も動かさなくっていい」いちいち芝居掛かるので始動が入ったのだ。懸命に練習して、普通に接客できるようになった。　ここへ前の劇団仲間がやって来た。「いらっしゃいませ」「座長、懐かしゅうござんす」「何名様でしょうか、お席へご案内します」　解散後の生活を話すが、「こちらがメニューです。お決まりになったらお呼び下さい」　とマニュアル対応。「同じ釜の飯を食った仲間にあれは何や」「違いまっせ。昔の仲間に昔ながらの話をしたら泣いてしまうやろ。他の客への迷惑を考えたんや」「なるほど、そうやったのか……ああ、座長は芝居がうまいなあ」​【成立】　桂文枝（６）の創作落語。第８９作、１９９３年１月の作品。​

  2022.07.22

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