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山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

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2019年04月08日
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昔ばなしもう一つの読み方 金太郎


   
畑正憲氏(作家)著 一部加筆

 

 つい、この前、中山千夏さんと原野を散歩していて、山姥の話になった。

「山の奥深くに迷いこんだ経験はありませんか」私が訊くと、

「九州で、林道に迷いこんで、行けども、行けども暗い道。ところが、全く信じられない山奥に、一軒だけ家があり、ぼうっと灯がともっていました」

 「どんな感じでした?」

 「不思議でしたわ」

 「お伽話に出てくる山姥を思い出しませんでしたか」

 「ええ。ええ」

 「昔は、と言うより、ちょっと前までは、こんな所になんて人が・・・という不思議な感じをしばしば持てたものですよね」

 「山も深いし、交通も不便だったし」

 「ぼくの子供の時代にも、山科窩がいたもの。得体の知れない恰好をした男が山からおりてくると、背筋がゾクソクッとしてさ」

 本当に、ほんのちょっと前まで、お伽話の世界が私たちの身近にあった。山姥の話を聞けば、その姿を連想させる人物がいたものだ。しかし現代では、たとえば知床半島の先端に世捨人の老人がいるからという噂を聞きこんで訪ねてみると、住んでいる家は粗末であったが、サラミソーセージを肴にウィスキーを飲み、水力で電気を起しテレビを見ていた。

 それでも、変り者だなという感じはした。だが、異様な迫力はなかったし、怖いどいう感じもなかった。流行歌手がしなをつくるテレビの前に坐っておられたのでは無理もない話だが……。

 ともあれ人には、人の集団からポツンと離れて 生活する人間に対して、恐怖を感ずると同時に、

 何か異様な能力を期待する傾向がある。また、強い憧れも有しているようだ。

 大衆小説の忍者たちが、町中で修業しないのもそのせいだ。彼らは深い山の中で、人知れず超人的なトレーニングをする。しかしそれは、大昔の人々の生活や、フィ・クションの中だけではなく、現代の人間の胸にも宿っていることでもある。た とえば有名な野球選手が、冬の間、山にこもってトレーュングなどをすると聞けば、私たちは、なるほどなあ。と納得する気分になる。オリンピックなどに、突如としていわゆる後進国の選手が現われ、有名選手をしりめに金メダルを獲得したりすると、これまた「なるほど」という気分にさせられる。人間は原始的な生活をしていたほうが強いのだ‘という想いが、私たちの中にあるのかもしれない。

 それが変形したのが、超人的な活躍をしたスポーツ選手に付加される出世物語のたぐいであろう。たとえば鉄腕稲尾投手は、若いころに漁師である父の手助けをし、せっせと櫓をこいだ、だから普通の人より足腰がしっかりしていると説明されれば、大衆は納得する。何人かの横綱にも、似たような話があったのを私は記憶している。

 そういった生い立ちが、のちの名選手に関係がないとは言わないが、野球の投手にとって必要なのは、やはり機をこぐことではなく、投手として立つに必要な筋肉であり、トレーュングである。サッカーの名子ペレは南米の原野を走り回って生れたのではない。子供のころからボールに親しみつつ、サッカーに必要なもろもろのものを身につけていったのだ。重労働や原始的な生活は、むしろスポーツにとって有害だと思われる。その証拠として、オリンピックでメダルを獲得するものの数は、いわゆる先進国の人間が圧倒的に多いではないか。にもかかわらず、かつて漁師であったとか、沖仲仕であったどかいう物語が愛されるのには、いくつかの理由が考えられる。

 一つは、大衆が、図抜けた才能を認めたがらないせいではなかろうか。人には誰でも、人は平等につくられているという漠とした思いがある。裏返せば、自分だってチャンスがあれば……となるし、育ちさえ違っていれば……となるのである。そうすれば、名投手にも名ランナーにもなれたのにと考える、そこはかとない自信がある。

「おれがこんな暮しをしているのは、ただちょっと、運がなかっただけさ」

 とも呟くし。

 「これで幸福なんだ。あんな異常な努力、それはさ、耐え抜いたのは立派だけど、人間の生き方ということから考えれば、あまり仕合せな状態ではないさな」

 同種の人間と認めたいのだ。けれども厳然とある自分との格差を知っているので、そこに物語を付加し始める。

 これはスポーツ選手に限った話ではない。科学者や作家などにも、同様のイメージが要求され、よろこばれることが多い。たとえば作家なら、暗い部屋にとじこもり、書いては破り、破っては書き、一枚の原稿を仕上げるのに数年を要したという神話が一般うけするのだ。私は最近志賀直哉の日記を読んで拍手をしたが、あの遅筆で知られる名文家が、最もいい作品を生んだころには、一日に二十枚も四十枚も書き、それが連日続いているのだ。

 科学者では、キューリー夫人の苦闘などが少年向きの読物などで紹介されている。それを読むと、放射性物質をさぐり当てたのは、ただただ彼女の忍耐力のせいだと信じたくなる。彼女が身につけている物理学や化学の深い知識は脇へやられ、大才であるゆえんのものは、文中どこにも出てきやしない。

 その点で私たちは、どうもたいへんに嫉妬深いようだ。才能という、キラキラ輝く、どうにもならないものを認めたがらないし、その代りとしてJ幼時に天が与えてくれたラッキーチャンスや異様な努力のほうに目を向けがちである。

ゾまた見方を変えれば、私たち大衆は、自分たちのアイドルに対して、人間的な物語を加え、より親近感を抱きたいのかもしれない。

足柄山で熊とすもうを取り、長じて源頼光につかえで四天王の一人となる坂田金時の話は、その発生時のいきさつはともかくとして、昔話としては珍しくモデルが存在している。たぶん、金太郎のモデルは、荒々しく、強い武者であったに違いない。そして当時は、武者は、現在のスポーツ選手のように大衆のアイドルであっただろうから、その生い立ちが面白おかしく語りつがれても不思議ではない。漁師や沖仲仕が、もっと牧歌的になり、熊や鹿と遊ぶ物語になっているのは、世の中の開け具合を考えれば容易に首肯できるし、うらやましいとも思う。

 熊というのは地上最大の食肉獣であり、体の柔軟さ、敏捷さ、瞬間的な爆発力……いずれをとっても、いわゆる猛獣の中では最強だと思う。ライオンだとかトラを推す人もあるけれど、それは熊を知らないからだ。熊の格闘能力は底知れないし、立って前肢を使う特殊さを考えれば、ライフルを持つ人間以外に対してはまず無敵だと考えられる。

 その熊を投げとばし、家来にして、熊にうちまたがって成長したとは、なんと昔の人は想像力が豊かであったことかと感心する次第だ。熊は雑食性の動物であり、肉食もするが、それにこだわらず、植物を食べても生きていけるので、最近しばしば論じられるようになった食物連鎖のバランスにはさほど関係しない。

 たとえば狼は、鹿が増えると、餌が増加することでもあるので、数をましてゆく。しかし、狼の数が増えて殺される鹿の数が増えると、今度は逆に飢えのため狼の数が減っていくーという自然の数学に、熊は比較的超然としていられる。肉がなければ草を食えばいいからだ。

 だから熊は、昔はたくさんいたものと考えられる。数が激減したのは、猟師が銃を持ち始めてからだ。従ってこの物語が出来たころの人たちは、今の私たちよりもずっと、熊とは強大なものだというイメージを持っていたと思う。熊の力を知る機会はふんだんにあったはずだ。

 余談になるが、私はこの金太郎の話が好きで、熊とすもうをとってもみたし、上にも乗ってみた。すもうのほうは、相手が手加減をしてくれたので、熊が十分に大きくなっても、私のほうが一方的に勝ったが、上に乗ってみて驚いた。

 五十キロの体重がある私が乗っても、ビクともしないどころか、きっとハエがとまったぐらいにしか感じないのだろう。その動作は普段といっこうに変らなかった。熊が走ると風が耳で鳴ったし、急に停まる時でも、信じられぬ容易さで動きを止めた。これは体で感じたことであるが、たとえば馬の背に乗った時には、自分の体重で馬の動きが変っているのが分るものだが、熊に関しては、それがいっさい感じられなかった。

 ともあれ、人知れぬ山里で特別な修業をしてきた人間が、都に出てきて出世するという大衆小説の一つのパターンが、古い説話の中にあるのは興味深い。しかも、山手樹一郎の『挑太郎侍』のように、

 「実は、わたしは本当の木こりではありません。この子の親は……」

 と、山姥が、血筋の正しさを話すというおまけまでついている。庶民の中で無頼の生活をしているが、実を申せばさる高貴な方の御落胤というパターンは、これまで何度使われてきたことか。

 それとまた、金太郎を山奥から連れ出すくだりが何ともおかしい。山姥を口説いて金太郎を貰い受ける男は、現代風に言えばスカウトである。そんなスカウトが突然やってきて、自分、もしくは自分の子を、ある日夢の暮しへと誘ってくれるのも大衆の持つあどけない夢であろうから、この金太郎という物語は、大衆小説の原型の一つだとも言えると思う。






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最終更新日  2021年04月26日 18時21分32秒
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