カテゴリ:井上靖の部屋
海 辺 『井上靖全詩集』
土地の中学生の一団と、 これは避暑に来ているらしい都会の学生の一団とが擦れ違った。 海辺は大方の涼み客も引揚げ、 暗い海面からの波の音が急に高く耳についてくる頃であった。 擦れ違った、とただそれだけの理由で、 彼らは忽ち入り乱れて決闘を開始した。 驚くべきこの敵意の繊細さ。 浜明りの淡い照明の中で バンドが円を描き、帽子がとび、小石が降った。 三つの影が倒れたが、また起き上がった。 そして星屑のような何かひどく贅沢なものを一面に撒きちらし、 一群の狼籍者どもは乱れた体型のまま、 松林の方へ駈けぬけて行った。 すべては三分とはかからなかった。 青春無頼の演じた無意味にして無益なる闘争の眩しさ。 やがて海辺はまたもとの静けさにかえった。 私は次第に深まりゆく悲哀の念に打たれながら、 その夜ほど遠い青春への嫉妬を烈しく感じたことはなかった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021年02月14日 11時27分15秒
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