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2021年10月23日
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カテゴリ:小林一茶の部屋

小林一茶 我春集(抄)




 上総国百首(ももくび)の里は、東南に山が連なり、西北に海がひらけて、防人の備えにはもってこいの地だということで、このたび陣屋を造る縄張りということがあった。

その畑が瘤(こぶ)のようにさし出て、妨げになる小家があった。そのあるじらしい、明日をも知らぬ命といった老婆がひとり、麻糸を紡いでいたのを、奉行の人がひどく気の毒に思って、

おまえには子供があるか」

と言うと、老婆の言うのに、

  

男の子二人持っていましたが、

いついつの年、

故郷をよそに出ていってしまって、

今は江戸の本所とかいう所で、

髪結いの仕事をしているということを、

風の便りに聞いております。

 

とばかり、涙を流しながら答えた。

 

それならば、その男を呼び返しなさい。

よい替地に、住みよい家を与えよう、

そればかりでなく、

その男にはながく髪結職の許可書を与えて、

おまえには生涯二人扶持ということを請うて、

身を安楽に過させてあげよう。

麻糸をつむぐような心細い商いをやめて、

日の永い春の日には、

散りかう花を見て無常を悟り、

さむざむとした秋の夜には、

傾く月に西方極楽浄土を願い、

明け暮れ心のままに菩提の種をまいたら、

どれほど楽しいことであろう。

おまえのこの家この構えが邪魔になるのは、

天からおまえに幸いを下したもうたのであろう。

早くここを引き払い、あちらに移りなさい。

 

と奉行の人が言うと、老婆はむかむかと腹だたしいそぶりをして、灯心を束ねたような細く筋ばった首を打ちふりながら言うのに、

よくもおだましなさることです。

これは私が先祖から何代ともなく住みふるして、

大事な大事な住居ですから、

移るわけにはまいりません。

たとえ黄金を星に届くほどくださっても、

私の目には一杯の麦飯のほうが

まさっていると思われます。

ただただこの粗末な小屋こそ、

比べようもない宝なのです。

たとえ命を断たれても、他の所へは行きません」

 

と、手足をすりあわせ、べそをかいて、泣きそうな顔で申し出ると、奉行の人の慈悲心もこうなっては施すべき方法もなくて、

 

婆さん、後悔するなよ。

と言って、ふたたび縄張りして、ついこその家を避けて地どりができた。

ああ、月日の照らす限り、露霜のおりる所に生きとし生けるものはすべて、だれが、国命をそむき奉ることができようか。強情な愚か者であることだ。

  

月さへもそしられ綺ふ夕涼み  一茶

 

月=奉行=までも、頑固な老婆のためにそしられなさるタ涼みだ)

 

そうはいうものの、育ちざかりの田畑をしごき捨てられて、悲しむのももっともである。

  青桐や薙倒されて花の咲く 一茶

 

まだ実らない青稲が、なぎ倒されて花を咲かせている、

しぶといことだ。





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最終更新日  2021年10月23日 07時27分21秒
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