2292269 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
2021年12月27日
XML
カテゴリ:文学資料館

『富士日記』加茂季鷹 2

 

津久井・富士・甲斐日記(日記記行文)に観る甲斐(2)

 

   丸山光重氏著 

一部加筆 山梨県歴史文学館

 

 

二十四日、

けふは空晴、高峰の雪も消にたれば、いざやとて出たつ。

かねては主しるべすべかめりしを、

このごろ幼子の疱瘡(もがさ)やめれば、すべなしとて、

強力と名づく者を添えて案内(あない)とせり。

卯の半に家をたちて先大鳥居のうちなる、浅開社に詣でて、

登山門通りて、馬返しと字なせる、鈴原まで、

すそ野三里がほど馬にのりて、

そこより徒歩(かち)にての登る高峰までを十に割りて、

一合・二合とふるは、大方一里・二里といへらむが如し。

 

三合目に御室権現と申は、木姫開耶姫(このはなさくやひめ)。

かたへの祠は、信玄僧正祝ひたるにて、こゝまでは女も登れりとぞ。

 

四合目、御座石の社は、(いわ)長命(ながひめ)

いさゝかのぼれば右に鳥井あり、小御岳に詣づる道なり。

今は石尊権現といへど、日本武尊(やまとたけるのみこと)経津(ふつ)主命(ぬしみこと)を併せ祀れりと、

かねて聞き置きたれば、

帰へさに詣でんとて、ひた(ひたすら)のぼりにのぼる。

中宮と額うちたるは、大日(おおひ)(るめ)(みこと)を鎮め祭れりとぞ。

ふもとより此あたりまでは、木立ふかく、

見なれぬ木草おほかるなかに、

富士松といへるは、世に言ふから(唐)松(落葉松)にて、

いと多く、雪にされたるなるべし。

からめきてたちなるべるさま、いとおかし。

大かた一合ごとに憩こひて、

汗おしのごひ(拭い)つゝ黒き色したる茶を、

妖しき器して飲てのぼるに、

あとより湖の涌ごとくに、雲たちのぼりて、

見るがうちに高ねをさしてのぼりければ、

 

ますらをのたけき心はおこせども

雲のあしにはおよばざりけり

 

雲は馬頭より生ずとか。

もろこ(唐)の人のいひたるもさることながら、

そは馬もかよひたらめ。

此山は鳥だに見えわたらず。雲もかくはるかなる。

麓のかたよりきそひのぼれば、

かゝるたぐひはまたあらじとぞおぼゆる。

 

六七合あたり、

かま石、烏帽子岩などいふ所には、草も木も全てなく、

焼たりとおぼしき物から、

紫、あるは黒色したるいさごのかどだちたるを、

からうじてよぢ(攀登る)つゝ未の時ばかり、

八合目の石室につく。おほかたはこゝを泊りとして、

明日早朝(つとめて)、頂きにはのぼれることふ聞たれど、

思ひのほか日も高ければ、いかにと強力にとへば、

(うべ)今より宿らむは無益なり。しか仰さば、とくこそなどいへば、

しばし憩て登るに、九合より上の(さか)しさは、誠に例へむかたなし。

例のますらを心振り起して、

こごしき岩角を攀じつゝからうじて登りはてゝ見るに、

頂きは思ひしよりも平かにて、中を見おろせばヽ窪かなるが、

底はすぼみて幾千尋ともはかりがたし。

いにしへ煙の立ちしあとゝ知られたり。

鳴沢はいづことしらねど、

おほきなる川水の、谷にひびきてながるゝ音にもきこえ、

はた松のむらだちに、秋風しらぶるやうにも聞なされたり。

こは背面のかたにて、石のくづれ落る音なりといへどことばに、

さることあらむとも思ひなされねば、

とにかくに、此中くぼのわざならんかし。

 

(山頂の)めぐりは一里ばかりありて、

釈迦の割石ヽ賽の河原などいふ処々ありて、巡り拝むなり。

まはりたまひなんやと、

あないの人いへどうちぎきもゆかしからぬうへ、

其所々も、大かた見わたさるれば、そこはめぐ(巡)らで、

右のかたに原のごとき所有に、いささか下りて見れば、

是なんお山水なりといへり。

ちひさき井(井戸)なれど、いかなる日照りにも枯れずとぞ。

うべ、今年の夏だに枯れせねばあやしき水なりけり。

いまふたつおなじさまなる井あれど、そこは水かれて、

雪いさゝか消残りたり。

思ふに山水を三水と、ひが心えせしなり。

その辺りの石も焼けたらむと見ゆるが、

おほきが中に、むらさき赤白等が混じれるを、

山裾にて乞ひ祀る。

もとのいただきのぼりたる頃は、

日も西にかたぶき、わけのぼりしかたは暮たれば、

山のかたち、はるかなる海面かけてうつろひたり。

朝日にはまた、西にうつろふとぞ。

箱根足柄山なども、ただこの麓の如く、見おろさるれば、

まして其ほかの山々は、たちと一つに見えたり。

また雲たちのぼれば、雨やふらむと急ぐに麓より昇れる雲は、

いさゝかも恐(かし)こきことなし。

此中窪より雲もたち、風も吹きだせば、かならずあるゝとなむ。

炳はたえてなしやと問へば、いまも時にふれて立のぼれるを、

里人は見侍るとぞ。

くれはてなば、かの石角いとゞ恐からむとて、

宿りと定めし八合目の石室にからうじて下りつきぬ。

此山のあるやう五合目までは、かりそめの板屋なるが、

六合めより頂きまでは、大きなる巌をたてにとりて、

三方をも岩もて囲みたるが、二間に七間ばかりなる中に、

土の上に板をならべ、むしろをしき炭櫃をかまへ、

雪の氷りたるを、桶の上におきて、

其したゝりをもて、茶をも煮、いひをもかしくなりけり。

うちぎきは水室めきて、きよらなるやうなれど、

雪はくろき土の中より掘いだせしまゝなれば、

砂もまじり、灰汁もありて、

れるさま、湛えおたる雨水よりもいますこしむづかし。

もとよりさる石室の中なれば、誠に飢をたすくるのみなり。

 

六月朔日より山をひらきて七月廿五六日までにて、人ものぼらず。

岩屋も岩戸をかためて、下り侍ぬなり。

されど、この頃となりては例の年は登る人もなけれど、

今年は暑き年なれば、かく人も侍るとあるしかたれり。

今宵此室に宿れる人、法師四人、行者一人、

これかれすべて十人ばかりなり。

山づみの御こゝろ和み給へるけにや。いさゝか風もなし。

夜ふくるまうに霜月ばかりのやうに、ひやゝかなるに、

(のみ)てふ虫のいと多く、さらでも此山の上に、

かく寝ぬることよと思ひつづくれば、

めもあはぬを、人はさも思ひたらぬにや。

こうこうといびきたかくして、熟睡せるさまに、

いとど心すみて、さびしきことただ思ひやるべし。

やゝ子のときも過ぬらむと思ふころ、尿せまばしければ、

供のをのこを起して室の戸を明させて、

やをら出て空をみれば、星の光きらきらとして、

東のかたは月しろとおぼえて、海のはてなるべし。

横さまにたなびきたる雲間より、

光はのめけば、手あらひて出るを待つ。

法師たちも宵にちぎり起きたれば、

おどろかするに、とくめさまして、同じくうづくまり居て待つ。

かの行者も出て、何やらむいと高らかにとなへて、

珠数おしもみゐたるは、すこしかしましきこゝちす。

室の外三四尺ばかりは平らかにて、

下は這いのぼりし山路なれば、いとあやふし。

とばかりありてさしでたり。

 

はたちばかり重ねあげたる山の上に

廿日あまりの月を見るかな

                                                  ゛

また日の出を見んとてしばし枕をとる。

 

廿五日夜べのごと光はのめけば、例の室の外にいでたるに、此みゆるかぎりの、国々の野も山も、見おろせば、おしなべてくが地とみゆるに、雲はこの山の帯のごとく、幾重ともなく、綿をうちきりしたらむやうに見ゆ。

さて東南の海づらいとよくはれたるに、八重の塩路の、汐の八百合に、浪をは

なる日の御影、さらにこゝろこと葉も及び難し。ちか頃肥後の玉山ときこえしはかせの記に、つはらにのせたり。ひらき見るべし。

 

ふじのねにふりさけみれば青海原

とよさかのぼる天つ日のかげ

 

かくて朝のかれいひとて、あやしき粥やうのもの調じ出したるを、

いさゝかたうべて、人々は高ねにのぼり。

我輩三人は二王の前にさゝげしやうなるわらぐつを、

うへにはきそへて、左の方へ横ざまにをれて、

五合めまでは砂走とて、

歩くともなく、た〲滑りにすべり下りて、砂拂いといふ所にて、

かの大藁沓は脱ぎしてて、また左の方へ十七八町ゆけば、

心御岳御社なり.

此わたりは、きのとて、葉のかたちは桓のごとく、

実のいと赤くて、南天燭のごとき。ちひさき木あり。

こはさきざき、国仲より、実をしほにつけて、おくれり。(略)

けふはかちなれば、こゝろのまゝにわけゆくに、

をみなへし(女郎花)、きちかう(𠮷交)、

われもかう(吾亦紅)などをはじめて、

知る知らぬ千ぐさの花咲みだれたり。

 

時しらぬたかねの雪にあえませば

千草もとはににほふべうなり

 

と、思ひつゞけて、われもたをり、人にもをらせて、

うまの半ばかり、吉田の里に帰り入りたれば、

国仲いで坂むかへにとて、破子やうのものてうじたるを、

いますこし過して、麓まで迎へまゐらせむと、

設けたるを、こよなきはやさがなといひて、

 

みがきなす君がこゝろの先見えて

四方にくまなくあふぐふじのね

 

といへりければ

 

ふじのねにいかでのぼらんは山づみ

しぎ山づみのめぐみかけずば

 

夜に入りて倫丈六とこ、正章など、

喜びにまうで来て夜更くるまで物がたりし、

よみおきし歌ども、すみくはへてよとて、おきてかへれり。

 

廿五日より廿七日までは、

こゝかしこに行かひ、あるはたにざく(短冊)をかき、

古今集のなかの、おぼつかなき所々をたづねられつゝ、

日を暮らし夜更くるまで、物がたりせるついでに、

此国の賤山がつの臼ひき、あるは田うゝるをりなどに、

詠たへる歌とて、語れるが、

いにしへおぼへて、おかしければこゝにしるしつ。

 

麦搗うたに。

 

色よき女の薄化粧、花ならば散りても咲かせたいもの

  西殿と、東殿と、開の垣ねの杏(からもも)、

紅のまゆをひらいて、これへおちよからもも、

 

田うゑ歌

 

  けふの田の太郎どのは、

朝日さすまでかよふた、

朝日はさゝはさせ、

お帳台はくらかれ

  君が田とわが田はならびて畔ならび、

わが田へかゝれ君が田の水

 

廿八日朝とくよし田をたちて、甲府におもむく。

里ばなれまでこれからおくりす。

富士を左に見つ大川口の駅にちかくなれるわたり、

広き野におほきなるいしの、やけたりと見ゆるが、いとおほかり。

 

こはヽ三代実録ヽ清和天皇ヽ貞観六年(864)六月十七日。

甲斐国申す、富士大山・忽有暴火焼・砕崗

・草木焦・土礫石流。埋ハ代郡本栖併両水海、云々、

 

とたたへし所に、川口の海も見ゆれば、

其をり焼たりし石なるべしとおもへば、

見所なきもの八日とまるこゝちす。

ちかころ、宝永(4年)にも焼たれど、

そは此渡りならで駿河国なること、人皆知れることなり。

川口湖はいと大きくて、左のかたに見、山に沿ひてゆく。

此わたりに湖およそ八ありといふうち、

川口はかく古き文にも見え、

また此すこし西に、せのうみとてあるは、

万葉集に石花海と、よみし所なりとぞ。

西をせのこゑにかりて、西海とかきしを、

いまは誤りてにしのうみといへりとなんいへり。

万葉にかく其山のつきめるとよめるも、

此海の事を聞きたがへて、ゆくりなくよみし成べし。

今も池沼などはいふべくもなき湖なればうみといはむ事論なし。

さるを山上に在と思へるからに、

沼池をも海といへる例有などいふは、

皆こゝを詳しく見ぬ人のいへぬなり。

鳴沢といへるも山の焼くる音にて、

鳴沢なりと其国人国仲もいひしなり。

今山上に里人御三水とてあるは、

先にいひし如く、四斗樽ばかりの溜り水なり。

詳しくはすでにいへり。

さて此里にも、浅間御社鎮まりまして、

延喜式に八代郡、浅間神社と出たるは、則此御社なるが、

近ごろ都留郡に。属しとぞ。

右のかたにてちかしと見ゆれば、詣ででまほしけれど、

急ぐ道なれば、心にまかせず、遥かに拝み奉りてすぎぬ。

 こゝよりやうやう登るに、例の汗しとゝなり。

 

此の手向けは御坂とぞいふなる遊行二代真数上人家集に、

甲斐国より相模へ越えけるとき三坂といふ山にて、

富士の岳を見やりて、

 

雲よりも高く見えたるふじのねの

月にへだたる影やなからむ

 

と、見えたり。

 

足柄の神の御坂と詠みしはあまた見しやうにおぼゆ。

そは異なり

   

ふじのねをそがひに見つき分のぼる

山の高ねは麓なりけり

  

されどたむげまでは、五十町ばかりありといへば、たやすからむやは、

  

しほ(塩)の山さし出の磯も見まほしみ

からき旅をもわれはするかな

  

,口遊みびつ鮒犬からうじてのぼりはてたれば、

甲斐がねにつづける山々、はるかに見え、

こしかたは、富士の嶺雲井に聳えていとおもしろし。(略)






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2021年12月27日 16時56分09秒
コメント(0) | コメントを書く
[文学資料館] カテゴリの最新記事


PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

山口素堂

山口素堂

カレンダー

楽天カード

お気に入りブログ

9/28(土)メンテナ… 楽天ブログスタッフさん

コメント新着

 三条実美氏の画像について@ Re:古写真 三条実美 中岡慎太郎(04/21) はじめまして。 突然の連絡失礼いたします…
 北巨摩郡に歴史に残されていない幕府拝領領地だった寺跡があるようです@ Re:山梨県郷土史年表 慶応三年(1867)(12/27) 最近旧熱美村の石碑に市誌に残さず石碑を…
 芳賀啓@ Re:芭蕉庵と江戸の町 鈴木理生氏著(12/11) 鈴木理生氏が書いたものは大方読んできま…
 ガーゴイル@ どこのドイツ あけぼの見たし青田原は黒水の青田原であ…
 多田裕計@ Re:柴又帝釈天(09/26) 多田裕計 貝本宣広

フリーページ

ニューストピックス


© Rakuten Group, Inc.
X