テーマ:映画から何かがはじまる(571)
カテゴリ:映画雑感
ずいぶん前に「ダーリンは外国人」という漫画本を2冊読んだ。
(三巻を見た事がない気がするのですが、二巻までしか出ていないのでしょうか? もっと読みたいよー。 ・・・って、実は立ち読みで済ませた私に、そんな事言う権利ないけど。) その中にうなずけるエピソードがいくつかあって、いまだに覚えていたりする。 そして最近その中でも特に 「外国人は笑いの沸点が低いのか? (彼らは、日本人なら笑わない様な些細な事にも爆笑する傾向があるのでは?)」 という話が、私の頭の中をぐるぐる回っている。 ・・・ズバリ、言いましょう。フランス人も、くだらない事で笑っているぞ! 主人以外のフランス人とテレビを見る事がほとんどないので、映画に限定して 話を進めるけれど、映画館でたまに 「え、みんなそこまで笑うの?」 とびっくりしてしまう事がある。 日本人だったら心の中で「ウケる!」と思ったり、クスリと微笑む程度のちょっとした ギャグに、こちらの人は敏感に反応して笑うのだ。 (もちろんみんながみんなではないけれど。) 私は「笑える映画」をあまり観ないので、いざ映画における笑いについて書こうとすると いい例が少ししか思い出せないのだけど・・・・今思いつくのは数週間前に観た増村保造の 「妻二人」(1967年)かな? コメディーとは対極にあるはずの作品なのになぜ笑うのかなぁという感じだけど、コテコテの メロドラマなのが面白いのかも? (でもなかなかいい出来の作品でした。) 私ってやっぱり貧乏性なのだろうかと思ってしまうのはそういう時、 「皆が笑うなら、私も笑わなきゃソン!」 とばかりに、にわか笑い上戸に変身してしまう自分に気付く時。 ただ哀しいかな、私はやっぱり外国人。 他の人とはツボが違う様で、一人で笑ってしまう事がある。 さみし~。 でも「妻二人」では、何故か夫も私と同じところで笑っていました。 ちょっと嬉しかった。 ・・・夫婦は国境を越えて、笑いのツボまで似てくるのか?? フランスには、こんな風につられがちな私にも、全くもって解せない笑いが存在する。 これは数年前の忘れもしない出来事・・・。 私は学校に出すレポートの準備の為、Forum des Images 《フォーラム・デ・ズィマージュ= パリ市管轄の映画センター》で行われていた日本アニメーションのフェスティバルに ちょくちょく出向いていました。 そしてある日、今まで何度も製作されてきた「鉄腕アトム」のテレビアニメの中でも、 最新のバージョンの第一回目放送分を観ました。 後にアトムの産みの親となる天馬博士の息子トビオが事故に遭い、死んでしまうという エピソードが要になっています。 病院のベッドに横たわった瀕死のトビオから、父親への最後の一言が発せられます。 「お父さん・・ロボット成功させてね・・・・ぼくの・代わりに・・・」 (確かこんな感じのセリフでした。) 「なんて可哀想でけなげなの」 と私の目が潤った瞬間なんと・・・・そうです、聞こえてきました・・一部の人々の笑いが。 ここは笑うシーンじゃなーーーーーい!!!!! 隣に座っていた友人の話によれば、フランス人は「あまりにも《C’est trop》」な シーンを見ると笑ってしまうのだという事でしたが・・・今でも納得いきません。 そういえば先月シネマテークで、従軍医と従軍看護婦の姿を描いた「赤い天使」(増村保造、 1966年)を観た時も、負傷者の足を切断するというシーンで笑っている人が居たなぁ。 場所も場所ならシーンもシーンなので、それはさすがにたった1人でしたけどね・・・。 投票(をクリック)していただけると、励みになりますです。 人気ブログランキングへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.02.23 21:04:45
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