プラハ城から出て、城下の街まで散策する。
まずは、城から出てすぐのところにある、シュバルツェンベルク宮殿。宮殿自体の建築様式はルネサンスだった。ここでは城壁のスグラフィート技法によるだまし絵に惹かれて、
わざと距離感をなくして撮ってみた。スグラフィートとは、まず土台となる色を塗り、それから石灰を上塗りする。表面の石灰を引っ掻いて剥がすことで、土台の色を出し、それによって模様を描いていく技法だ。
スイスの山奥、ウンターエンガディン地方の村がこのスグラフィート装飾で有名だ。言ってみれば貧者の装飾。実際に石やレンガを組んだり、象嵌で細工できないときに、もともとそこにない凹凸をあたかもあるように見せるために考え出された。
この技法は、一種イタリア芸術への憧憬が生んだような気がする。こうした「だまし絵」による壁面装飾は、アルプス以北で、かつイタリアからそれほど遠くない場所――イタリアのように華やかで高価な大理石をふんだんに使った壁面装飾が資金的な面で不可能であっただろう土地――で多く見られるからだ。
そして、こちらは城から街へ下る道の途中にある現イタリア大使館。
うう~む、これはなんともバロックな扉ではないか! バロックとは「ゆがんだ真珠」の意味。世俗的なコケ脅しを好む様式だ。首をよじる猛禽類の彫刻、上部にはマニエリスム風に、かなりムリヤリで身体的にキツそうなポーズを取るたくましい男性像。明らかに上部の意匠が「重く」、不均衡で不安定な装飾になっている。黒い地に銀のプレートと鋲が無数に埋め込まれた扉もカッコいい。この銀は装飾以外に何か意味があるのだろうか。
「ドン・ジョバンニ」を作曲中のモーツァルトが、ここプラハでカサノバと遭ったというエピソードがある。稀代の色事師と音楽史上最高の才能の会談は、こんな過剰な装飾をまとった、重々しい扉の向こうで行われたのかもしれない。
そして、市民会館。優美な曲線のアールヌーボー建築。正面のドームにはムハ(ミュシャ)の装飾画。この一級の建築芸術が市民会館とは…。プラハのハコものは本当にすごい。
だが、ここでウロウロしていたモーツァルト風の仮装(カツラに赤いジャケットを装着・笑)をしたコンサートチケット売り(まあ、ひらたくいえば、ダブ屋だろうか)はいただけない。あれでは道化以外の何者でもない。「歴史的ハコもの」があまりに洗練され、素晴しいだけに、プラハでは、それを利用して観光客相手に商売しようとする市民の発想の貧弱さには時にひどく驚き、ガッカリさせられることも多かった。