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カテゴリ:Figure Skating
誰がこんな結果を予想しただろう? 優勝候補の3人――四大陸で史上最高得点をたたき出して優勝した高橋選手、グランプリファイナルで高橋選手を破ったランビエール選手、ヨーロッパ選手権を制して波にのるベルネル選手――は誰もメダルを獲れなかった。優勝したのは4回転を跳ばず、ショートとフリーをミスなくまとめたカナダのバトル選手だった。
それについてはまた後日書くとして、テレビの解説でおそらく、一般の方が一番わからなかったであろう「高橋選手の最後のルッツが0点になった」ことについて説明しようと思う。本田武史は実に正確に説明していたが、あの話はフィギュアのジャンプに関する基本ルールを知っていないと理解できないと思う。 男子フリーの場合、連続ジャンプは3箇所(2連続・3連続という話ではなく、あくまで3箇所)で入れることができる。4箇所で連続ジャンプを入れてしまうと4つ目のジャンプは0点になってしまう。「高橋選手は4回も連続ジャンプを跳ばなかった」と言われるかもしれない。それはそのとおり。高橋選手が「実際に」跳んだ連続ジャンプは2回だけだった。だが、別のルールがからんでくるために、跳んでもいない連続ジャンプを跳んだとみなされるのだ。 その別のルールとは、「同じ種類の3回転以上のジャンプは、2回まで入れていいが、そのうち1回は必ず連続ジャンプにしなければならない」というルールだ。つまり単独で同じジャンプを2度跳んでしまう(つまり連続ジャンプにできない)と、2度目のジャンプは自動的に連続ジャンプの箇所としてカウントされる、ということだ。もちろん得点がのびるわけではない。ただ、連続ジャンプの箇所数としてカウントされるというだけのこと。 高橋選手のフリーのプロトコルのうち、ジャンプだけを抽出してみよう。 ジャンプの種類 GOE後の実際の得点 1) 4T 10.43点 2) 4T<+SEQ(<は回転不足によるダウングレード。SEQは本当は連続ジャンプにしなければいけなかったという意味だと考えるとよい) 0.20点 3) 3A 7.5点 4) 3A+SEQ(こちらはダウングレードなし。SEQは同じく本当は連続ジャンプにしなければいけなかった箇所) 4.17点 5) 3F+3T(これが高橋選手が実際に跳んだ連続ジャンプ)10.74点 6) 3S 5.24点 7) 3Lo 4.79点 8) 3Lz+2T 0点 このように2)と4)と5)と8)の4箇所で連続ジャンプを跳んだとみなされるため、最後の8)は0点となる。つまり8)で2Tさえ「つけなければ」3Lzの後半の基礎点6.6点はちゃんと加算されていた。きれいに跳んだからおそらく加点もついただろう。4大陸のときはちゃんと単独ルッツで加点をもらって7.6点も稼いでいる。つまり、2Tをつけてしまったがために、7点近い点を失ったのだ。アナウンサーが「最後に2Tをつけなければメダルに手が届いた」と言っていたのはそういうことだ。 高橋選手のジャンプの構成は4大陸と同じだった。4大陸でのジャンプは3LoのGOEで引かれた以外は完璧。 1) 4T 10.29 2) 4T+2T 10.73 3) 3A 9.5 4) 3A+2T+2Lo 12.9 5) 3F+3T 11.88 6) 3S 5.66 7) 3Lo 4.64 8) 3Lz 7.6 基本的にこの構成で、最後の8に2Tをつけてしまったと考えると「連続ジャンプが4箇所だった」ということに納得がいくだろうと思う。この構成で行くつもりが、2)と4)で転倒とお手つきがあり、連続ジャンプを入れられなかった。入れられなかったことで同じ種類の単独ジャンプを2度跳んだことになり、自動的にそれは「連続ジャンプの箇所」にカウントされたというわけ。 最後に高橋選手が2Tを回ったとき、テレビの前のMizumizuは信じられなかった。まさに悪夢。最後のルッツの点をモロに失うのは本当に大きい。モロゾフコーチも凍りついただろう。構成は4大陸と同じなのだから、決められた箇所での連続ジャンプで失敗してもほかの単独ジャンプを連続ジャンプにしてはいけない。モロゾフのジャンプ構成はそれを非常にわかりやすく選手に印象づけるようになっている。最初に2回の4T、次に2回の3Aを跳ぶのだから、連続ジャンプはもう1箇所でしか入れられない。 なのになぜ? 高橋選手に聞くほかないが、2)の4Tを自分の中で3Tのミスと勘違いしたのかもしれない。実はランビエールに負けたグランプリファイナルのときの高橋選手のジャンプ構成は、 1) 3T 2) 4T 3) 3A 4) 3A+2T+2Lo 5) 3F 6) 2S 7) 3Lo 8) 3Lz+2T だった。つまりこのときは3回入れていい連続ジャンプを2箇所でしか入れず、損をしている。負けたランビエール選手との差は僅差だったから、どこかで2Tだけでも回っておけば勝ったのになあ、などと思ったものだ。 高橋選手にはこのときの構成が頭にあったのかもしれない。どちらにしろ、冷静ならばやるわけない失敗なのだが、案外このキックアウトでどど~んと減点される選手は多い。 拙ブログでは全日本選手権のときの太田選手に起こったこのキックアウトの悪夢を取り上げたが、織田選手も何度かやっている。これも考えてみれば不合理なのだ。今回の2)のジャンプは回転不足でダウングレードしている。つまり3回転トゥループの失敗と見なされている。ところが連続ジャンプの回数カウントでは4回転としてカウントするのだ。回転不足のダウングレード判定がいかに多くの矛盾を引き起こすかわかると思う。 高橋選手のフリーは2度目の4回転を失敗したのは仕方ないとしても、得意のトリプルアクセルが決まらず連続にできなかったこと、そのほかのジャンプにもミスが出たことが大きかった。これはやはり極度の緊張を強いられる世界選手権で大技を決めることがいかに難しいかを示した結果となった。大技は、決めたあとは集中力が切れて別のジャンプを失敗したり、決められなかったときは精神的にダメージを受けて次からのジャンプに精彩を欠いたりする。全日本、4大陸とほぼパーフェクトに決めてきて、実力はあることを証明した高橋選手だったが、やはり重要な試合になればなるほど、普段どおりにはできなくなる。 最初にトリプルアクセルを跳ぶ前にコケて、ほとんど演技が中断しそうになりながら、それ以降はほぼパーフェクトに跳んだ浅田選手とは対照的だった。これは精神力の違いだろうと思う。ただ、4回転1回でもメダルは獲れそうだった状態で、あえてモロゾフが4回転2度を認めたのは(モロゾフは直前に回避策を指示したが、けっきょく高橋選手が押し切った)、オリンピックまでに完成させようという気持ちからだと思う。何回やってもできるぐらいまでこのジャンプ構成を自分のものにすれば、また「銀河点」が出ることはわかっている。国際大会ですでに一度やっていることだから不可能ではないはずだし、今回の世界選手権でも4大陸の高橋選手をしのぐジャンプを見せた選手はいなかった。来シーズンに期待しよう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.12.10 09:14:20
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