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圧巻のフリーだった。 操作感アリアリの歴代最高得点をマークし、「本当は300点出したかった」などと、ジャッジに間接おねだりしている――こういうふうに点を要求するところは、キム・ヨナのかつてのコーチ、オーサーにそっくりだ――パトリック・チャンのことではない。 シーズン最初に「このプログラムは凄い」と驚嘆し、さっそくエントリーにあげた小塚選手のフランツ・リストだ(そのときの記事はこちら)。 技術点はチャンを上回る、驚異の98.53点(プロトコルはこちら)。あのジャンプ構成、あの出来栄えを思えば当然だが、何度も繰り返し指摘しているように、加点(もっと露骨なのは演技構成点だが)はいまや順位操作点になりさがっている。昨シーズン、解説者が、「加点1以上はつく素晴らしいジャンプ」と、思わず本当のことを言ってしまった安藤選手のジャンプに、雀の涙以下の加点しかつかなかったのはすでに指摘したとおり。 今回、前に滑った織田・高橋選手が大崩れしたことで、加点配分が小塚選手に来たのかもしれない。だいたい小塚選手はシーズン初めはマトモに点を出してもらえるのが、年明けの大きな大会になってくると奇妙なほど点が出なくなる傾向があった(もちろんその原因は、本人の疲労がジャンプを低くしたことにも求められるかもしれないが)。それが今回のフリーでは、要素に対する加点がずいぶんと真っ当についた。 一方のチャン。ショートの4回転+3回転はファーストジャンプからセカンドジャンプを跳ぶところで一瞬流れが止まり、「単独にしてしまうのか?」と思ったほどだ。つまりセカンドを跳ぶときにタメが少し長い。これが浅田真央なら、「流れが止まる」などと言われて減点されるところだ。ショートのトリプルアクセルも軸が広がってしまい、回転が強引だった。これらの欠点にもかかわらず、ジャッジは加点「2」を惜しみなく与えた。逆に去年の世界選手権で気前よく加点「2」をもらった高橋選手のトリプルアクセルに対する評価は、今回は期待したほどではなかった。 チャン選手のフリーの単独4回転は、軸が傾いたのを、本田武史の解説の言葉を借りれば、「強引にもってきていた」。軸が傾いても力でピタッと着氷させるのは素晴らしいのだが、もともとフィギュアのジャンプは、effortlessであることを理想とする。そこから言えば、あれだけ軸が外れてしまったジャンプは綺麗なジャンプとは言えないはず。それでも気前よく「2」をつけたジャッジが多い。後半のフリップも軸が傾き、着氷でずいぶん氷の削りカスが飛んだ。これがオリンピックのプルシェンコなら、「彼らしからぬジャンプ」などと言われて加点がつかないところだ。ところがチャンなら、「2」がズラズラ。もちろん、プラスの要素もある。チャンのジャンプは助走が短い。回転が速く、着氷時に身体が極端に前傾姿勢になるといった、多くの選手が見せる欠点がない。だが、それにしてもジャンプのプラスの部分を「奇妙なほど」素直に、積極的に評価されている感はぬぐえない。 フリー後半の3Lz+1Lo+3S。ルール改正でハーフループからのコンビネーションの基礎点が上がったことを受けて取り入れた難しいジャンプだが(これを入れて、大きく乱れなかったのは本当に素晴らしい)、ルッツをもう少し姿勢よくピタッと止めないと、サルコウとの間に、まるでオーバーターンを入れてしまったかのように、特に素人目には見えるはずだ。(中国大会の)ジュベール選手のように、1Loが回転不足判定されそうな危うさだった。明らかにルッツの着氷時の姿勢が完璧でなかったのに、またも加点「2」がぞろぞろ。この加点の甘さは、明らかにキム・ヨナ選手を彷彿させる。 一方の小塚選手のフリーのジャンプ。まずそのジャンプ構成が凄い。チャン選手は確かに4回転が2度、しかも連続ジャンプは4+3だ。それは本当に素晴らしい。だが、ジャンプ構成は全体で見るべきだ。4回転は2度決めたが、苦手のトリプルアクセルは1度しか入らす、しかも今回はステップアウトして決まらなかった。最後のジャンプはダブルアクセル+ダブルトゥループ。ずいぶんと竜頭蛇尾な印象だ。 高橋選手が4大陸選手権で歴代最高点を叩き出したとき(動画はこちら)は、 4回転 4回転+2回転 トリプルアクセル トリプルアクセル+2回転+2回転 (後半に)トリプルフリップ+トリプルトゥループ が入っている。4回転2度にトリプルアクセル2度、加えて3回転+3回転。これならば世界歴代最高点にふさわしいジャンプ構成だ。この構成に比べるとチャンのジャンプ構成とその出来は見劣りがする。 一方の今回の小塚選手のジャンプ構成。彼のフリーにはダブルアクセルが1つもない。4回転は単独で1度だが、トリプルアクセルは2度入る、さらに後半にトリプルルッツ+トリプルトゥループの高難度3+3。実に見ごたえがある難度の高い構成。しかも、今回はすべてのジャンプが鳥肌が立つほど完璧だった。4回転は流れがあり、回転も自然で、「強引に回している」感がまったくない。 浅田選手に対するエントリーで何度も指摘したが、トリプルアクセルはルッツを決めてこそ威力を発揮する。トリプルアクセルが2度入るのは確かに素晴らしいが、世界女王ならばルッツを決めて欲しいのだ。チャンに対しても同様のことを言いたい。4回転2度、しかも連続は4-3というのは確かに驚異的だが、フリーでトリプルアクセルをせめて1度はきれいに決めなければ。だが、現行のルールと、ジャッジの愛情(苦笑)は、トリプルアクセルをショート、フリーを通して1度しか決められなくても、チャンに破格の点を与えるようになっている。 日本が生んだ最高のジャンパーは本田選手だというMizumizuの確信にはいまだ揺るぎがないが、今回の小塚選手のジャンプは現役時代の本田選手に匹敵するほどの出来栄えだった。プレパレーションから着氷までよどみがまったくなく、着氷したあときれいに流れる。ジャンプも無駄な力が入っておらず(つまり、それがeffortlessということだ)、回転も自然で、力で回している感じがまったくしない。空中で放物線を描くきれいなジャンプで、トリプルアクセルの大きさなど、「おおっ」と唸ってしまった。 後半の3+3もセカンドジャンプのほうが高いくらいで、あれならば絶対に回転不足を取られることはない。後半の連続ジャンプのセカンドが回転不足気味になりやすくなってきた高橋選手とは対照的だ。 過去には低くなって回転不足を取られがちだったループも、後半にもってきてきちっと降りた。現行のルールで最も大切な「回転不足を取られないこと」という意識が徹底しており、しかもそれを実行できる体力がある。 そして目ざましい表現力の向上。ショートはまるでカート・ブラウニングが氷上に戻ってきたかと思うような洒脱な演技だった。トリプルアクセルは多少回転不足気味で(あれが回転不足判定されなくてよかった)着氷が乱れたが、全体の出来がよかったことはコーチの表情からも明らかだ。点が伸びなかったのは、操作性を感じざるをえない(まあ、そんなことはもう皆わかっているが)。 フリーのフランツ・リストはシーズン前半には、冒頭の表現にやや難があり、手を単に振り回しているように思えたが、徐々にモーションやポーズを磨いてきた。 正直に言うと、前半の表現だけだったら、今回のフリーより、四大陸のフリーのほうがよかった。背筋をぴたっと伸ばして大きな表現を心がけ、指先にまで神経を行き届かせていた。Mizumizuはその前、往年の名スケーターをあげ、その手首や指の表現に小塚選手も学んでほしいと書いたのだが、四大陸ではそうした課題に取り組んで成果をあげたようにすらみえた。小塚選手の表現力の進歩には目を見張ったのだが、その分後半、体力がもたずにジャンプの失敗が出てしまった。演技構成点も期待したほど伸びなかった(本当に、ジャッジの皆さん、よく見てくださいよ)。 今回は四大陸の冒頭ほどの表現への心配りはなかったかもしれない。だが、全体のバランスが素晴らしかった。極度の緊張を強いられる場面で、体力を温存して、最後まで滑りきる。ジャンプもきれいに跳び、そのうえで表現をする。表現にばかり力が入りすぎることもなく、ジャンプだけ跳ぼうとしているわけでもない。高い次元でこの2つを融合させるというバランスが傑出していた。 チャン選手のほうは、明らかに動きが硬く、見ていて息苦しくなるような機械的な演技だった。本田解説の「動きが硬かった」というのは、まったく的を射ている。それでも、チャン選手と小塚選手の演技構成点は「お約束どおり」フリーで10点近く開いている。 この意味不明の演技構成点での大差のつけ方をどうにかしなければ、得点はいくらでも操作できるのだ。他の有力選手がショートに4回転を入れたら、その分、チャン選手の演技構成点をインフレさせればいい。 加点ももちろん問題で、恣意性があからさまに目立ってきているが、それは評価に質を取り入れるというシステムの理念から言っても、その評価の評価にも好みや主観が入ることを考えても、いきなり大きく変えることは難しい。そもそも論だが、ジャッジはもともと加点・減点の点のつけ方には慎重だったのだ。それを「いいものはどんどん評価するように」と言って、「2」だの「3」だのを惜しみなくつけるように指導してきたのは、組織上部のジャッジを指導する立場の人間なのだ。 そして、ジャッジに「愛された」人間は失敗しても不思議と点が落ちないから、本人はモチベーションあがりっぱなしだ。努力すればどんどん報われる。そのほかの選手は、思わぬところで減点されたり、点が伸びなかったりして悩む。結果、いい演技ができなくなる。 それを考えると、これまで何度もここ一番で自ら崩れてきた小塚選手が完璧な演技をしたのは、いくら褒めても褒めたりることはない。 織田・高橋選手の大崩れで、日本選手最後の砦になってしまった土壇場で、全日本チャンピオンの名にふさわしい演技を見せた。 ジャンプの完璧さに加え、余裕を感じさせる伸びやかな滑り、すっと伸ばした足先や身体を返したときの一瞬のボディラインの美しさ、ノーブルで清廉で真摯な演技。すらりとして足も長く、スタイルもいい。まさにアマチュアスポーツとしてのフィギュアの理想に限りなく近かった。 報道で知ったのだが、フリーの曲は祖父の小塚光彦氏が嗣彦氏に勧めたものだったという(こちら)。今でさえこの曲は、難解で、哲学的で、日本人にはやや馴染みにくいところがある。それに目をつけた光彦氏とは、なんともはや、日本人離れした感覚の持ち主だったのではないだろうか。 フリーで滑るリストの「ピアノ協奏曲第1番」は、祖父の光彦さんが元五輪代表の父、嗣彦さんの現役時代に勧めた曲だった。しかし、当時はピアノ曲で滑る選手がまれだったため、使うことなく引退。約40年の時を経て、祖父から受け継がれた特別な音楽で、フィギュア一家のサラブレッドが輝きを放った。 小塚崇彦というノーブルな技巧派スケーターの成長を、この曲が世界に知らしめることになった。Mizumizuにとってもこのプログラムは特別なもの。正統派のクラシックのもつ格調高さ、スケールの大きさ、哲学性と気品、繊細な軽やかさと重めの哀愁を秘めたこの旋律を今後聴くたびに、小塚選手のスケーティングを思い出さずにはいられないだろうと思う。 久々にテレビの前でスタンディングオベーションをしてしまった。本当に素晴らしい選手が日本にはいると思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011.04.29 18:00:04
[Figure Skating(2010-2011)] カテゴリの最新記事
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