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<続く> 加えて、回転不足をやたらと派手に減点する現行の狂ったルール。すでにオリンピックの2シーズン前から、Mizumizuはこれを「安藤・浅田には勝たせないぞ」ルールだと言ってきた。荒川、安藤、浅田と女王が続いたあとに、急にルール運用がどうかわり、誰の点がいきなり下がり、誰がいきなり強くなっただろう? 考えればすぐにわかることだ。 4年前に世界女王になったときの安藤選手の強みは何だっただろう? 明らかにトリプルルッツ+トリプルループの高難度ジャンプだ。浅田選手のほうはトリプルフリップ+トリプルループをもっている。キム・ヨナ選手と当時強かったコストナー選手は、ハイスピードからのトリプルフリップ+トリプルトゥループをもっていたが、基礎点の高いループをセカンドにもってこられる日本女子に対して、彼らはもともと不利だったのだ。 ところがルールの運用がかわって、セカンドのトリプルループがまったくといっていいほど認定されなくなった。見た目にきれいにおりているのに、わずかに回転が足りないといってダブルループの失敗の点にされてしまう。キム選手(そして、あの連続ジャンプを維持できていれば)コストナー選手にとっては、目の上のタンコブがなくなったようなものだ。 こんな非常識なルール運用をゴリ押ししたのだ。これで安藤選手のセカンドの3ループは武器どころか減点対象になり、あれほど心血をそそいた4サルコウも使えなくなった。 天才ジャンパーが両翼をもがれてしまったようなものだ。 コーチのニコライ・モロゾフはルールを厳しく批判する一方で、ルール対応も怠らずに指導した。スピンやステップに傑出したものがあったわけではない、それどころか肩の負傷でビールマンポジションが取れなくなり、レイバックスピンのレベル取りには非常に不利な状況になってしまったにもかかわらず、ポジションをさまざまに工夫して対応した。 今季、E判定がずいぶんといい加減に猛威を振るって、「最高日本男子」の加点を抑えはじめると、安藤選手のプログラムからはフリップが消えていった。安藤選手はエッジを矯正したフリップだけは、回転不足になりやすい。エッジの違反は取られたことはないが、かなり中立に近く、昨シーズン前半まではエッジ違反を取られなかった日本男子がどんどん取られている様子を見れば、いつつけられてもおかしくはない。 過去のエントリーでも書いたように、Mizumizuは織田選手のルッツを心配していたのだが、案の定、カナダ大会のあとに連続してつけられていた。こういうことが安藤選手のフリップに突然起こっても不思議ではない。 フリップを抜いても、安藤選手にさほど不利にならなかったのは、ルール改正でフリップの基礎点が下がり、ほとんどループとかわらなくなったことだ。安藤選手はルッツが得意だ。フリップの点が下がったということは、フリップ頼みの浅田選手には不利だが、ルッツが得意な安藤選手には有利なのだ。 キム・ヨナ選手はエッジの問題を指摘されてから、ややフリップが不安定になった。今回もフリーでフリップが完全に抜けて1回転になってしまった。浅田選手は苦手意識のあるサルコウジャンプが同様にパンクして1回転に。この2人のトップ選手は、この失敗があまりに多い。 安藤選手にあの失敗(3回転を跳ぶつもりで行って、完全にジャンプが抜けて1回転になる)は、ほとんどない。3回転でタイミングが合わなそうなら2回転に抑えることができる選手だから(というか、トップ選手はふつうそれはできるはずなのだが、ことキム選手と浅田選手については、トップ選手の資質がこの部分についてだけ備わっていない)、3回転予定がいきなり1回転の点になってしまうという致命的なミスはほとんど起こさない。 その安藤選手に対する一番の脅威。それはやたらと日本女子とアメリカ女子には厳しい(ように見える)回転不足判定だ。 日本女子とアメリカ女子には厳しい(ように見える)というのは、別に思い込みで言ってるのではない。そうとしか見えない実例があるから言っている。今回、コストナー選手のショートで、フリップが完全に回転不足のままおりてきて転倒してしまった。 解説の八木沼純子氏が思わず、「ダブル判定(回転不足判定より1つ低いダウングレード判定)にされるかも」と本当のこと(苦笑)を言ってしまい、プロトコルが出て慌てて、「3回転認定されている」と訂正していた。 あれだけ回転が足りず、だからこそ思いっきりコケたジャンプが堂々と認定される。一方で、グランプリファイナルのショートのように安藤選手が回転不足のままフリップで転倒してしまうと、遠慮なくダウングレード判定(回転不足判定ではない。その下のダウングレード判定だ)される。 フランス大会でも似たようなことがあった。コルピ選手がルッツで思いっきり、回転不足のまま転倒し、解説の荒川静香も当然回転不足判定(もしくはダウングレード判定)を前提として、説明をしたのだが、プロトコルを見ると、なんとびっくり認定されている。 こうした不公平があることを、疑い深いモロゾフが気づかないわけがない。安藤選手だって、とっくに気づいているだろう。口に出さないだけだ。 こうなると選手としては、回転不足判定されないほど明確に回りきって降りてくるしか方法はない。それを安藤選手はやりきった。難度の高いジャンプを入れてしまうと、そこで疲労するので、他のジャンプが低くなる。そうすると、すかさず回転不足判定の餌食となり、点が出なくなる。このルールの罠に今回安藤選手ははまらなかった。着氷時の姿勢がやや完璧とは言いがたいものはあったが、失敗したアクセル+トゥ以外のジャンプは、本当に素晴らしい。女子であれだけ、きれいな放物線を描く、ディレイド回転(跳びあがってから回転を始める)ジャンプを跳べる選手はほとんど見たことがない。 かつてセカンドの3ループで世界を獲り、4回転サルコウの大技にあれほどこだわっていた選手が、どちらも入れずに再び世界を獲った。ジャンプで大技に挑まないから、すべてのジャンプをきれいにまとめ、他のエレメンツや表現にも力をさくことができたのだ。自分の体力とジャンプ力を総合して、何を捨て、そのかわり何を入れるのかを判断する。 ルールとジャッジングの問題は山ほどある。あるが、それは選手とコーチにはどうにもできない。別方面からのアプローチが必要だ。日本はとかく批判精神に欠けている。他国はさかんにジャッジングを批判し、ルールの不備に声をあげている。ところが日本ときたら、「女子のショートに3Aを入れられるようにしろ」などと、単にエゴイスティックな主張としか思えないようなことを提案している。 女子に関していえば、技術得点のルールとジャッジングの問題はそこではない。回転不足判定が公平で適切かどうか、そして現行の減点がいびつにすぎないかどうかだ。それは全選手に共通した問題点のはずだ。 モロゾフはチャレンジングなことはさせない。それが「相手のミス待ち」になったとしても、自分が挑戦して失敗し、その失敗が失敗を誘発しては意味がないからだ。採点で優遇されている選手がいるならなおさらだ。ジャンプの難度を上げれば、ジャッジは愛する選手の演技構成点を上げてくる。ミエミエではないか。そうやって、普段の練習でも確率の悪い無理な挑戦をして、何度「神演技」ができるというのか。神演技をしたときに、まっとうな演技構成点が出るだろうか? 今回の男子フリーのチャン選手と小塚選手の演技構成点の差をみれば明らかではないか。 フィギュアは実績なのだ。今回安藤選手が勝ったのも、今シーズン安定して実績をあげてきた実績がモノを言っている。あれだけ安定したフリーを見せ付けられれば、ジャッジも露骨に点は下げられない。 安藤選手は、今回、セカンドの3ループ、フリップ、4回転サルコウを捨てたが、世界タイトルを手にした。これが実績であり、現実だ。絵に描いた餅を追い求めるのではなく、現実的な対応で、チャンスを待ち、実績を出す。モロゾフはソチに向けて、役に立たない日本スケート連盟とさっさと手を切り、ロシアと伝統的に仲のよいフランスの若手選手の指導にあたっている。 そして、今回はただ1人日本選手で手放さなかった安藤選手を2度目の世界女王に導いた。したたかで計算高い野心家はこうやって結果を出し、自分のプレゼンスを高め、ビジネスとしてのコーチ業を成功させる。限界に満ちた人間である選手の力を見きわめたニコライ・モロゾフの冷静な姿勢と指導手法は、「挑戦大好き」な「筋肉脳」の他の日本選手とそのコーチも見習うべきものがある。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011.05.02 14:04:33
[Figure Skating(2010-2011)] カテゴリの最新記事
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