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バンクーバーとソチのフィギュアスケート競技のシングルで何が一番変わったか? それは言うまでもなくメダルを争うトップスケーター達のジャンプの難度だ。男子シングルでライザチェクが4回転なしで金メダルを獲得した夜、ジャンプの難度向上に心血を注いできた過去の名選手からは批判の声が上がった。ジャンプがまるでボイタノ時代まで逆戻りしてしまったような状況に、カナダのストイコは、「フィギュアスケートが死んだ夜」とまで言っている。 銀メダルに終わったプルシェンコは、「4回転を跳ばなければ、それはもはや男子ではない」として、採点システムと審判に対する批判を繰り広げた。 日本人のスケート関係者は概ね、こうした声には冷淡で、プルシェンコの批判を負け犬の遠吠え扱い。出てきたプロトコルを後付で説明し、システムと審判を擁護しただけに終わっていた。Mizumizuの記憶の範囲で、採点システムあるいはジャッジングの傾向に異議らしきものを唱えたのは、本田武史だけだったと思う(「個人的な意見」としながらも、女子のトリプルアクセルはもっと評価されるべきだと思うと述べていた)。 ほんのわずかな回転不足が転倒より多くの場合、転倒以上の減点になる。今から考えれば、信じられないようなルールがまかり通ったのがバンクーバーだ。Mizumizuの目には、日本人女子に2度連続で金メダルが行かないよう(そうなれば、当然ながら浅田選手に匹敵する力をもち、カナダの「英雄」であるコーチがつき、国きっての有名企業がスポンサーとしてバックアップしているキム・ヨナが金メダルになる)に、男子はこれまで五輪金がないカナダに金メダルが行くように(もちろん、行き先は当時4回転がなかったパトリック・チャンのハズだった)に、数年がかりでお膳立てをしているように見えた。 バンクーバーでのフィギュア大国ロシアの凋落ぶりは目を覆うばかりだった。すべてのカテゴリーで金メダルなし。ロシアスケート連盟の金銭にまつわる腐敗なども取り沙汰され(その急先鋒は、やはりプルシェンコだったが)、次の自国開催のオリンピックまでに、建て直せるのか誰もが懐疑的だったが、結果として、ロシアは「国の威信をかけても金メダルを獲る」と宣言したチーム戦で優勝し、前回メダルなしに終わったペアで金銀を獲得し(このとき、金メダルを「奪還した」とボロソジャル選手が語ったのが印象的だった)、アイスダンスでも銅を確保した。 そして、ジャンプが採点のカギを握るシングル競技。その行方を「予言」した非常に重要なインタビューが2011年6月にThe Voice of Russiaに掲載されている。 http://voiceofrussia.com/2011/06/20/52120950/ プルシェンコのアマチュア資格復活についての記事だが、ここでインタビューに答えているのがAlexander Lakernik氏。ロシアスケート連盟の副会長(当時)、ISU委員、そして大いに尊敬されているジャッジだ。ここで彼は、個人的な意見としながらも、ソチ・オリンピックの男子シングルで起こるであろうことを「予言」している。 ルール改正により、「回転不足が、以前そうであったようには罰せられない(underrotation is not punished so much now as it was before)」ようになったことが助けとなって、「以前より、4回転を入れるリスクを取ることに敬意が払われている(the risk in forming the quads is now respected more than it was before)」。 これはバンクーバーの翌年、多くの男子選手が4回転に挑んできた2011年の世界選手権の結果を踏まえての発言だ。ここでLakernik氏は、ソチではバンクーバーのような状況にはならず、多くのスケーターが4回転を1度、何人かは2度入れ、4回転なしで金メダルを獲れるとは考えられないと述べている。 If you look at this year Worlds, and look at how many quads there were, at least in free skating, it is already a lot, and by Sochi there will be many, many skaters with one quad, and in my opinion there will be some, maybe several skaters with two quads, that is the problem. Yes, correct, Lysacek was the first without even trying the quad, because he tried it before, but the year of the Olympics they decided not to risk. In my opinion, the situation will not be like this in Sochi, because by that time there will be many quads, and I don’t think somebody can win without a quad. 難度の高いジャンプを入れることが勝敗のカギを握る――ソチではまさにその通りになった。優勝した羽生選手はフリーにサルコウとトゥループの2種の4回転を入れ、銀メダルのチャン選手は、4回転トゥループを2度入れてきた。転倒がありながらも、羽生選手が逃げ切って金メダルを獲れたのは、2種類の4回転に加えて、2度のトリプルアクセルを後半に組むなど、「超絶難度」とも言えるジャンプをフリーに組んで、その多くを回りきったからだ。 女子でも、この傾向は顕著だった。メダルを争う女子選手はほとんどが3回転-3回転を入れてきた。女子選手の多くが3-3を「跳ばなくなってしまった」バンクーバーとは雲泥の差だ。このようなジャンプ重視の競技になるよう流れを作ったのは、明らかにロシアなのだ。 それはロシアのフィギュア(特にシングル競技)に対する信念と言ってもいい。「フィギュアスケートは進歩していくものだから(プルシェンコ)」「これはスポーツ。より難しいことを成した選手が勝つものだ(タラソワ)」「演技・構成点は技術点とのバランスを取るべきだ(ミーシン)」。いずれもバンクーバー五輪由来(苦笑)の、主観に大きく左右される演技・構成点で勝敗が決まる流れを批判するものだ。そして、個人的意見としながらも、「ソチではバンクーバーのような状況にはならない」と、何年も前に発言したロシアスケート連盟の重鎮。 そのAlexander Lakernik氏は、ソチで女子シングルのテクニカルコントローラーを務めた。 http://www.isuresults.com/results/owg2014/SEG004OF.HTM 女子フリー終了後、アメリカのテレビ局でクワンが、ジャッジの構成員の人間関係に疑惑があるという声もあるようだが・・・という司会者の質問を受けて、ソトニコワ選手とキム選手のジャンプ構成の難度の違いを挙げ、「現行システム下では、ソトニコワの勝利」と言い切ったが、その流れを作った大物が、ジャッジ席にいたのだ。 キム選手の演技の「芸術性」や「円熟味」がたとえソトニコワ選手より上だったとしても、それだけでは勝てない。バンクーバーのときは、ダブルアクセルを3回跳べばトリプルループ並みの点になったかもしれないが、ダブルアクセルの基礎点は下がり、回数は制限された。トリプルループを回避したら、連続ジャンプのセカンドにトリプルトゥループを2度入れることはできなくなったのだ。 キム選手のジャンプの強みはセカンドのトリプルトゥループにあった。ダイナミックな3-3に加えて、難しい入り方でダブルアクセル+トリプルトゥループを軽々と決める。しかも、プログラム後半に。トリプルループを回避したことで、ルール上キム選手は、3-3と並ぶ彼女の強みをプログラムに入れることができなかった。 一方のソトニコワ選手は前半の3-3に加え、後半にダブルアクセル+トリプルトゥループを入れ、しかもセカンドのトリプルを目の覚めるような鮮やかさで回りきっておりてきた。彼女が五輪女王になったのは、Mizumizuには当然のことだったし、クワンや田村氏の解説も同様だ。 そして差のつかなかった演技・構成点。ここにMizumizuは「尊敬される」ジャッジでもあり、演技審判を指導する立場にもある Lakernik氏の影響力を見る。それは政治的なものだと言えるかもしれないが、不公正の証明ではない。「トップを争う選手に演技・構成点で順位をつけても差はつけない」というのは、むしろ公平さの証明だといのがMizumizuの、何年も前から一貫した主張だからだ。 <続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014.08.08 07:32:18
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