気を学ぶ
ビデオリサーチ社のアンケートを最近書いて図書カード4千円分を貰ったので昨日は、ミュンヘン大橋のそばのバカデカ本屋「コーチャンフォー」に行く。佐久間博士の治療ロボットを家と職場で試しつつ、中国での気功の歴史を知りたくなった。「中国気功学」馬済人著, 植地博子翻訳)というのを見つけ、税込み5,040円という値段に唸りつつパラパラと捲り良さそうだなと思いつつ購入する。 以下この本より「このたび東洋学術出版社より,拙著『中国気功学』が翻訳・出版され,日本の気功愛好者に紹介されるはこびとなったことに対し,中国の気功研究者として心から感謝の意を表します。 気功は民族文化遺産の中でもとくに中国独自のものとして異彩を放っており,ことに医療気功は中国伝統医学を構成する重要な一部分であって,5000年の歴史をもっています。中国気功はその悠久の歴史の中で,豊富で多彩な内容を形成してきました。歴史の発展過程において,身心の健康に有益なありとあらゆる自己鍛練の方法および理論が絶えず吸収・融合されつづけてきており,人びとの医療保健の面に大いなる貢献をはたしてきました。 気功とは, (1)姿勢調整・一定の動作--「調身」 (2)呼吸鍛練・内気運行のコントロール--「調息」 (3)身心のリラックス・意念の集中と運用--「調心」の3つの要素を総合したものであり,体内の気を練ることを主眼とする自己身心鍛練法です。 鍛練を通して元気を増強し,臓腑の機能を調整し,体質の改善をはかり,人体に潜在する能力を発揮させることによって,病気の予防・治療および益智延年の効果を得ることができます。気功学とはこの自己身心鍛練の方法,プログラムおよび理論を研究する学科であるということができます。 気功の特徴は,意と気を結合させながら鍛練を行うという点にあり,それは病気を予防・治療する方法を,1人ひとりが身につけるという独特の医療保健措置であるということです。 そこである程度の功法を学ぶ必要があるわけですが,功法をいっそうよく体得し,理解して,運用できるようになるためには,気功師も気功愛好家も,気功に対して全面的に理解を深めなければなりません。そうすることによってムダな労力をはぶき,能率よく修得することができるのであって,本書を執筆した目的もここにあります。 近年来の気功師・気功愛好者による日中間の相互交流,さらには多くの人々の努力により,中国気功が急ピッチで日本に広まると同時に,日ごと市民権を得つつある状況は誠に喜ばしいかぎりです。 本書が日中交流のひとつの賜として,広く日本の気功研究者ならびに気功愛好者の方々に奉献されることを期待しております。 馬 済 人1987年 中国上海市気功研究所にて 」この本には、シャーマニズムに始まり、老荘思想や仏教や儒教などがいかに気功や鍼灸や座禅や瞑想などと密接に絡み合い日本を含むアジアで発展生長してきたかが書かれる。例えば、道教の古典である。太平経より「そもそも人は、混沌の気から生じる。気は精を生じ、神は明を生ずる。陰陽の気がもとにあり、気は精に転じ、精は神に転じ、神は明に転ずる。寿を欲する者は、気を守って神を合し、精をその形より分離させないようにする。この3つをあわせて1つにするよう念じ、これを続けているうちに理がわかってくる。筋力をつけるのとは違う。自然に太平に到るのである。」安静にして腹式呼吸をしながらみたいな養生訓が書かれる。鼻から息をゆっくり吸って(気を入れて)、口からゆっくり吐き出す。禅宗でも言われてることだ。この際、へその下のほうに意識を集中するとか、チャクラや丹田とか、まあそんなこんなの歴史であります。様々な気を貯める方を内気功、人に施術するのを外気功と呼びます。副作用の方もきっちり書いてありまして、偏差と呼ぶようです。こちらは、精神病のような症状が現れる場合もあるようですが術者の側の心の問題であることが多いようです。僕個人の偏差で言えば、霊感がするどくなります。これまた、自己鍛錬あるのみでしょう。自分でやってるだけなら良いのですが、重病人である姉などに遠隔などもしたいので、色々学んでおります。気そのものは、宍戸先生と話してある程度理解をして自分で出せるようにもなったのですが、おそらくこの手の技術で最重要なことは、「道徳心」だろうなあなどと再確認しました。この本には密教や鍼灸についても書かれています。その根本は「その心を虚しくしその腹を実にす」という老子の一語に尽きるようであります。などと書いていたら気功師宍戸先生よりお電話がありました。これから我が家に来るようであります。非常に奥が深いなあというのが今の所の印象であります。(-∧-)合掌・・・中国気功学第2版