社民党・共産党凋落の理由
去年7月の参議院通常選挙で、共産党は4議席、社民党は2議席と大きく議席を減らした。共産党は6年前の選挙では無党派層の票を巻き込んで15議席と大勝したが、今回は議席数が3分の1になった。また社民党は旧社会党時代の土井たか子全盛期にはマドンナブームで46議席を得たが、その後22→16→5→3→2と議席数が激減している。(あのマドンナブームで当選したオバサンたちは、今どうしているのだろう?)ただ、参議院選挙で共産党が比例区で得た得票は4,362,574票、社民党は2,990,665票にものぼる。現行の選挙制度では衆議院参議院ともに小政党には不利な制度になっているから議席数は惨憺たるモノになっているが、実はまだ共産社民あわせて740万人の有権者が支持しているのである。この数は東京23区と横浜市の有権者の合計に匹敵する数字である。「少数党」と呼ぶには、支持者の数はあまりにも多い。議席数ほどには、両党の支持者は減っていないのである。しかし全盛期に比べると、共産党と社民党は「凋落」という言葉がふさわしいほど勢いがないのは、厳然たる事実である。それにしてもどうして、共産党や社民党は古くからの支持者を失い、若い人からそっぽを向かれるのだろうか?確かに90年代以降、両党には「国際情勢」というハンデがあった。冷戦が終わって後ろ盾としていたソ連が崩壊し、頼りにしていた中国も毛沢東からトウ小平に指導者が代わりストイックな原理共産主義の国から経済本位の「商売人」の国へ衣替えした。また依然としてお隣には北朝鮮があり、共産党や社会党が政権を取っていたら日本もあんな国になっていたという、絶好なショーウィンドウの役割を果たしている。社会主義国家の成れの果ての姿を、北朝鮮があんなにわかりやすい形で曝してしまえば、共産党や社民党の党勢拡大は困難である。しかしそれだけでは、共産党や社民党の凋落の原因は説明できない。現にイギリス労働党やドイツの社民党は政権の座にあるし、またフランスでは80年代から90年代にかけて、先進諸国がレーガンやサッチャーや中曽根など「新保守主義」の政治家が政権を握っている状況に逆行して、社会党のミッテランが大統領を14年間も続けてきた。だから社民党も共産党も、もしかしたら冷戦下うまく立ち回って国民の支持を集め続けることだってできたのである。私は社民両党の凋落の原因の一つは、彼らが「戦争反対」とか「護憲」といった、手垢のついた「正義」のスローガンを有権者に押し付け過ぎて、人々の心を打つ言葉を生み出すことを怠ってきたからだと思う。ところで、小泉首相も国民の心に響く言葉の探求を怠ってきた人である。小泉首相は「改革なくして成長なし」「自民党をぶっ壊す」という「ワンフレーズ・ポリティクス」で大きな支持を得てきたが、自民党をぶっ壊す政権獲得から3年たった今では鮮度を失ってしまった。ワンフレーズの格好いいスローガンは、はじめのうちは新鮮で人の心を打つが、やがて輝きをなくし、そのうちに人の心を打たない「手垢のついた言葉」に成り下がる。野党はそんな首相の言葉の空疎さを槍玉に挙げて攻撃している。しかし、共産党や社民党は小泉氏の「ワンフレーズ・ポリティクス」を批判することはできない。なぜなら「ワンフレーズ・ポリティクス」の元祖は、実は社民・共産両党だからである。彼らは半世紀にわたって「戦争反対」「改憲反対」といった同じ言葉をしつこく繰り返してきた。3年どころか50年も60年にもわたって、「ワン・フレーズ・ポリティクス」を続けているのだ。小泉首相の「改革なくして成長なし」とか「自民党をぶっ壊す」というフレーズを「戦争反対」「護憲」「安保反対」に置き換えて欲しい。短いスローガンを連呼するのは、なにも小泉首相だけではないのだ。共産党や社民党の方がはるかに年季が入っている。共産党や社民党の凋落は、小泉内閣の支持率減少と同じく、言葉の創造力が欠如した「ワンフレーズ・ポリティクス」に原因があるのだ。誤解しないでいただきたいのは、私は「戦争反対」「平和を守ろう」という言葉の内容に異を唱えているわけではない。共産党や社民党の政策の語り方に対して注文をつけているのだ。「戦争反対」「平和を守ろう」というスローガンは、太平洋戦争終了直後の、長く激しい戦争で疲弊した国民の前では、大いに効果的だったろう。あの戦争がどんなに人々を苦しめたか、想像に余りある。戦時中の人々は、空を見上げれば爆弾が落ちてくる恐怖を感じ、今日の晩ご飯の食料確保に頭を悩まし、外地で兵隊として死の危機にさらされ、残された人は家に郵便や電報の配達人が来るたび肉親の死の報告じゃないかとハラハラし、親と子は疎開で離れ離れの生活を余儀なくされ、疎開で田舎の生活を送っている子は、いつ自分の家が空襲で破壊されるか親の生死を案じ、とにかく誰もが心を休めることなく、絶えず緊張しながら生活していた。そんな悪夢のような戦時下から解放されたばかりの日本人にとって、社会主義政党が叫ぶ「戦争反対」「平和主義」のスローガンは、乾いた砂漠で出会った、噴水のように人々を安心させ、かつ熱狂させた。しかし平和ボケした我々は違う。悲しいかな我々は「戦争反対」のスローガンだけでは心が動かされなくなった。街でよく見かける、白地に黒の毛筆体で書かれた「世界人類が平和でありますように」の文字を見て、果たしてどれだけの人間が平和への想いを新たにするだろうか?社民党・共産党の人たちは、戦争直後と同じ言葉で、同じ感覚で有権者に訴え続けている。彼らは自分たちの言葉が「正義」であることに安住して、有権者の心を打つ言葉の開発を怠ってきた。それが彼らの敗因である。彼らが心の底から戦争反対を願い、戦争に対して恐怖を感じ、戦争で虐げられた人の気持ちを想像できたなら、もっと生きた言葉で、聞く人を感動させる言葉で、平和について語ることができたのではないか? 平和に安住している人間を戦争の地平まで引きずりおろすリアルな言葉で説得していたら、今のような惨状に堕ちなかったのではないか?確かに「戦争反対」の言葉に一番有難みを感じるのは戦火の中である。今の日本みたいな太平の世の中で戦争の痛ましさを伝えることがいかに難しいか、それは私にもわかる。ただ今のような芸のない「戦争反対」「護憲」の無邪気な連呼から、社民党や共産党は一歩踏み出すべきなのだ。社会党・共産党は日教組を通じて、50年もの長い間いわゆる「左寄り」の教育を子供に与えてきた。もし彼らの「刷り込み」が成功したならば、子供たちが大人になった時に社会党や共産党にどんどん投票して、今では社会党と共産党の立派な政権が誕生していたことだろう。なぜそうならなかったのか、もう一度考え直して欲しい。