そっと、人差し指で唇を撫でる。
一人きりの部屋で、小さなソファに身を委ねていた。部屋には最低限の物しか置かない主義であるが故、若者の部屋にそぐわず殺風景なものである。いつ出ていくから分からない部屋に愛着のある物を作って置いてしまっても仕方がない―――そういった理由から、テレビや音楽デッキなどの機器といった気を紛らわせるものが何もなかった。目に付く物と言えば、ダイナマイトの試作品や…その横に積まれているアイツが勝手に置いていった野球漫画ぐらいだ。「面白いから読んでみろよ」と勧められたのも空しく、手を付けてすらいない。
取り立ててすることもなくクッションを胸に抱きごろんと寝転がったが、しんと静まり返るその部屋の居心地の悪さにチクリと胸が痛む。
『獄寺!』
瞳を閉じれば明るく呼ぶ声がする。他の誰でもない自分を。
また、だ。
(黙れ…)
心の中でも、現実と同じように悪態を付く。己の気持ちを曝け出さないように、細心の注意を払って普段通り冷たい態度で接する。
『獄寺…』
そうすれば、今度は先程とは打って変わったような、低い声。真剣なその声が、心臓の奥を抉るように刺激する。
(黙、れよ……)
『好きだよ、獄寺…』
「……ッ!」
そこからはただの想像。妄想だ。分かっているのに、頬に一気に熱が集中してしまう。あの声で名を呼ばれると、何故かその先を期待してしまう。まっすぐにオレを見つめて、オレだけを考えて。自分と同じように…他の奴なんて見えないくらいに、愛してくれ―――なんて、そんな浅ましい感情、誰にも知られるわけにはいかない。
静まり返った少し肌寒い部屋で、何も聞こえなくなるように…そんな願いを込めて耳を塞いだ。
友人としては近すぎる距離。恋人には程遠い距離。決してこの距離を埋めようとは思わない。そしてこの距離が段々と広がるにつれて、忘れてしまう…人の感情は移りゆくものなのではないだろうか。
そうやって、少しずつアイツのことを考えることもなくなってゆく?あの笑顔を見ても胸が高鳴ったりすることもなくなる?自分を…慰めることも、なくなっていく?
―――ピーンポーン
そんなことを考えた矢先に玄関のチャイムが鳴り響いた。
「獄寺いるか?親父からの土産持ってきた!一緒に食おうぜー!」
何も考えてないような能天気で明るい声が扉の向こうから聞こえる。随分と聞き慣れた、声。瞬間的に、思わず胸に抱いていたクッションに顔を突っ伏した。
…そうやってオレはまた、この扉を開けてしまうのだろう。何を言っても、やはり今頭から離れないのは奴の存在なのだ。近くにいる限り、変わらない気持ちもあるのかもしれないと、そうしてまた“諦められる”自信を無くしてしまうのだった。
「好きだ…山本」
嗚呼、苦くて切ないこの感情を全て吐き出してしまえたら…どんなに楽だろうか。
***
急に獄寺君の“片想い”が書きたくなった。でも書いたら、両想いにしたくなった(…)
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