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カテゴリ:雑感
長い人生の中、その後の人生に影響する曲がり角、ターニンングポイントが何度かある。 私の場合もいくつかあるが、1982年、1995年もそうであった。 1982年はその前年末に国内製薬会社を退社して、調剤薬局開設の準備に入った年であった。 結局、薬局開設は相手方の医師との交渉がうまく行かず、9月からその後23年間勤める事になる外資系製薬会社に再就職することになる。 この時、再就職の会社の選択肢は3社あったのだが、いろいろ迷ってその会社を選択したのだが、なかなかいい会社で今から考えればそれが大正解であった。 その13年後の1995年、今後は同僚と調剤薬局共同経営の話が出て来た。 ちょうど会社からは13年間在籍した大阪から東京に転勤になる話が来て、一応退社の意思表示はせずに東京に行ってから、いざスタートという時点で、仲間から呼び戻される手筈になっていた。 しかし結局この時も相手方医師との折り合いが付かず、その話はおじゃんとなった。 退社の意思表示は、開設が確定してからの方がいいのではないかとの同僚の良心的なはからいで、私は随分助けられることになった。 もし、会社を辞めて調剤薬局もオープン出来ないとなれば、路頭に迷うことになっていただろう。 その同僚には大変感謝しており、今でも時々交流している。 その当時我家には大学進学を控えた長女・長男がいたが、長女はその後2つの大学に行き、浪人を含め10年間仕送りをした。 長男も浪人、留年をして大学を出てから、漫画学校など実業学校にいくつか行き、教育費はかさんだ。 羽振りの良い製薬会社のサラリーマンでなくては、とてもこう言った高額の教育費は出せなかっただろう。 人生ちょっとの掛け違いで不幸な人生をたどることになる。 今までの幸運を感謝すべきである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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