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2007.12.10
テーマ：八重山的小説(65)
カテゴリ：nobel
昼飯時を少々回っていたので食堂は空
いており、俺の腹もたいへん空いていて、 俺は若干勇み気味に八重山ソバ大盛と ゴーヤチャンプルとカツカレーを注文した。 しかし俺の威勢とは裏腹に厨房に立つオ バチャンはトリプルオーダーにちょっと引 き気味な表情を見せただけで、注文を復 唱するでもなく、愛想笑いを返すでもなく、 ただせわしなげな風情でほんの少し頷い てみせただけだった。アゴがちょっと動い たような動かなかったような…。 大丈夫かなオバチャン… オバチャンがちゃんと注文を記憶してく れたか少し心配だったのだが、心配し てる暇もなく八重山ソバが運ばれきた から俺は驚愕する。注文から目の前に 置かれるまで所要時間およそ五十秒。 これは速い。あまりに速い。速すぎるく らいだ。駅の立ち食いそば屋と比較し ても遜色ないほどのスピード感である。 本来は『早い』なのだろうが、ここでは 賞賛の意も含ませ敢えて『速い』の字 を当てておきたい。 で、ゴーヤチャンプルも間もなく出てきた し、俺はソバもチャンプルも一気に食べ 終えてしまい、カツカレーを待った。今や 遅しと待った。五分が経ち、九分、十分、 十二分と時を刻み、あまりに遅い現実か ら目を背けるために、つい読み耽ってし まった週刊誌から顔を上げると最早二十 分待ちになろうかとしているではないか。 黒い予感。 苦い汁が口の中に広がり始める。 でも今さっき食べたゴーヤではない。 まさか、忘れている…なんて…ことは、 ないよね。…ね。そうだよね。だって店 がこんなに閑そうなのに…。お客さん、 俺を含めて三名しかいないのに、注文、 忘れたりしないよね。 密かに恐れていた展開が現実のものに なるのだろうか。俺は思わずオバチャン に声を掛けた。 「あのぉ、俺のカツカレーって作ってま すよ…ね」 〈俺のカツカレー〉って幼児的フレーズに 少々恥ずかしさを覚えるも、体裁や面子 などは捨て置き、ここでオバチャンに食 い下がらんでいつ食い下がるとばかりに 俺は好戦的な気分にもなっていた。 そして三秒の沈黙の後、オバチャンの顔 は半笑い。でも声には少々怒気をこめて 言うのである。「あんた、なんで早く言 わんか！困った兄さんだね。ほんとに、 もう！」 えっ、悪いの…俺なん…ですか…。 途端に気持ちが萎えるのがわかり、それ から五分と掛からずに出てきたカツカレー を俺は申し訳なさそうに食べ終え、お金 を払って店を出ようとしたその刹那オバ チャンが俺の目を覗き込み更に言うので ある。 「兄さん、今度からちゃんと言わんといか んよ。頼んでから随分と時間が経つなぁ と思ったら、それは大抵は注文を忘れら れてるんだから。わかるでしょ？自分から 言わんとそういう時は。兄さん、人生なん でも同じよ。食堂だけじゃなくて、仕事で もビジネスでもみんな同じ。自分からモノ 言わんと誰も聞いてはくれんよ。わかる でしょう、兄さん。私の長男も、子供の頃 は自分からモノの言えん子だったよ。だ けどよ、大学出てから長男は東京に就職 したさ。それから随分もまれたんだろうね。 大変な思いもした筈よ、あの子も。就職し てから一年して島に帰ってきたら、もう！ 私もビックリするくらい積極的にモノを言 える子になっててよ、ホント、後にも先に もあんなビックリしたことはないね、私も。 自分の子ながら驚いたよ。あれー、どう したらこんなにモノが言えるようになるの かね～と思ってよ。次男と三男は子供の 頃から、もう二人ともはきはきした子で、 小学校の五年生の頃だったかね そうして三十分。 俺は延々とオバチャンの三人の息子の 話を聞かされ、積極的にモノを言えること の大切さを諭された。黙って聞より他に 術はなかった。 話が一区切りして店を出るときオバチャン は何度も頷きながら俺を見送ってくれた。 俺は食堂で何か間違ったことをしたのだ ろうか？いいや。してぬ。食堂を出て独り とぼとぼと歩きながらそう自問自答するよ り他に俺に道はなかった。 【続く】 お気に入りの記事を「いいね！」で応援しよう
Last updated
2007.12.12 18:52:41
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