忘れもしない。 それは私が小学校6年生の時だった。 町に、サーカスがやってきた。 そのサーカスの団員の家族で、一人の女の子が私のクラスへ転校して来た。 ストレートで綺麗な長い髪。物静かで、卵型の少し大人びた面立ち。 たった1ヶ月間だけのクラス・メイトだったけれど。 A子ちゃん。 その名前は今でもはっきりと、フルネームで覚えている。 他に誰がクラス・メイトだったか、ほとんど名を覚えていないのに、 彼女のことだけは覚えているのは、彼女がサーカスと共に町へやってきた 少女だからだと思う。 田舎の山猿の私には、それだけで充分ミステリアスな存在だった。
そのサーカスへは、母に弟と見に連れて行ってもらった。
覚えているのは人間ポンプ、球形の鉄の枠の中をバイクで走る曲芸? ピエロもいたかなあ…う~ん、テレビで見たこととごっちゃになってるかな。 花形はなんといっても、空中ブランコだった。
彼女の家族がその後、どれほどの期間サーカスにいたかは知れないけれど、
私はこんな風に時々彼女を思い出していた。 何度も転校を繰り返したのかなと思うと、人見知りをする私は子ども心に、 つらくはないのかなあと思ったものだった。 彼女と特別仲良しになったわけじゃないのに、サーカスという私には 非日常的な空間は、そこに身を置く一人の綺麗な少女の面影を、 私の脳裏に焼き付けて、彼女と共にどこかへ去って行ったのだった。
ドッジボールが上手だったA子ちゃん。 貴女はどこかの小学校を、どこかの小学校の誰かを覚えているのかな。 どこの学校の、誰を覚えているのかな。 貴女のふるさとはどこなんだろう。 ふるさとというものを、どんな感覚で捉えているんだろう…。 元気でいれば私と同じ年齢。 もしも同じ町に住んでいて、どこかですれ違っていたとしても、 互いに気づかないんだなあと思うと、縁というのは不思議なものだ。
思い出すと、昭和の匂いがするいくつかの思い出。
懐かしくなって少し検索したら、小学校の木造の講堂が、まだ当時の姿のまま 残っていることがわかった。 ペンキの色まで当時と同じだった。 私がバイトをしたラーメン屋も、当時と変わらないたたずまいで、 写真に収められていた。 その写真の向こうには3階以上の建物がない。 もちろん町のどこかには、マンションなどもあるんだろうけれど、 その店の背景にはないってことが、私には途方もなくうれしいのだった。 店舗が並んだ国道やバイパス沿いのように、どこもかしこも似たような 風景にするのは、たぶんとてもたやすい。 忘れ去られたのではない。変わらないことがまるで奇跡のような町の、 昭和の匂いが漂う個性的な風景。 今となってはそれこそが、ある種の貴重な先端のようだ。 カラーだけれど少し色褪せて、幾つもに千切れたフィルムの断片。 頭の中で繋ぎ合わせて、たった一人の上映会に、秋の夜長が更けていく。 さて、今夜は何色のドロップを、頬張ろうかな…。
★ リック・ブラウン & ピーター・ホワイト/Kisses in the Rain ★ |