初めての開花
めざせ北のローズマスター 初めての開花 こうして私は、お借りしている人様のお庭に、オベリスクと木製のアーチを立ててしまいました。 アーチは芝生の端に、と言ってもやはり芝生の上には変わりありませんので、バラはプランターのままでアーチに誘引することにします。 ツルバラは、最低でも10号鉢以上のものをご使用下さい、と教科書にあるので、これも早速、ホームセンターに走り、木製の10号鉢を購入。当然ゴロ土・赤玉土・腐葉土・培養土等も購入。 しかし・・・、辺りはすかり夕暮れ時を過ぎています。 でも、今日中に作業を終えなければ、明日からはまた日勤(8:00出勤)に入ります。 黄昏の薄闇の中、孤独な作業は続けられました。 ご心配には及びません。ここを出る時にすっかり元通りにして出れば良いだけです。 こちらは、家主さんが捨てて行ったツルバラの面倒も見て差し上げるのですから。 さて、開花へ向けて2週に一度の水肥と、病害虫予防の消毒と、仕事が一気に増えました。 一番の難点は、この家のお隣が住宅一戸分の空き地になっていて、雑草は生い茂り、クモやら毛虫やら、カメムシやら、アブラムシやらetc と、虫たちの宝庫であることでした。 自分のバラを守る為には、周囲の雑草も退治して消毒しなければなりません。 それからと言うものは、休日と言えば朝から庭仕事。 だって、芝生もバラの肥料が流れ出た分のをおすそ分けを受けて、どんどん延びる、延びる! ムコ殿が仏心で芝刈りを手伝ってくれたまでは良いのですが、彼の怪力で土まで掘り起こし、挙句は芝刈り機を壊してしまったから、私は小さなカマを買って、しゃがみこんでせっせと芝刈りです。 カマを握る右手指の関節が、ずきずき病みますが、カマって、左手では切れないんですね。 夕刻には決まって手や足腰に湿布を張って、ソファーに身を投げ出すのです。 そう言えば、あれほど夢中になって通いつめたパチンコに、春から一度も足を運んでいないことに気づきました。 そして、その疲労感はとても爽やかで、自然に返った命の底からの喜びすら感じるのです。 綾香は、保育園から帰ると決まって庭を一周するようになりました。 バラの点検は、自分の仕事だと思っているようです。 綾香の黄色い声が響きました! 「あ~ちゃん、見て!見て!」 くたびれかけたツルバラは見事に蘇り、沢山の蕾みを付けました。 「ア~チャン、見て! こっちも!」 ゴールデン・シャワーも、見事な黄色い花を咲かせてくれたのです。 「マーちゃん、起きないの?」 次の綾香の言葉に、私はドキッとしました。 私は、日々のバラや庭の手入れに夢中になって明け暮れて、本来の目的をすっかり忘れかけていたからです。 「マーちゃんは、もう、起きないのよ」 私は、しゃがんで綾香と目線を合わせて話しました。 「どうして?どうしてマーちゃん、起きないの?」 綾香は不満そうに口元を尖らせます。 「もう、起きないで、バラの下で、ズ~~ット眠っているのよ」 私は綾香の両肩を支え、抱きしめたい衝動を抑えて言いました。 突然、綾香は陽気な声を出して、おどけるように頭に両手を上げて言います。 「え~~!まーちゃん、まだ寝てるの~。おねぼーだね~」 その天使の声の明るさに、私は救われました。 「そう、マーちゃんも、もうおじいちゃんだから、ずっとお寝坊さんのままにしておいてあげましょう」 それ以上は言うまい。 そう・・・早起きマーちゃんはもう、居ないんです。 お寝坊で寝たきりマーちゃんは、きっと、黄色いバラの開花を、天国で星になって、喜んで見ているに違いありません。 宵の明星が、沈みかけた太陽の反対側で、淡い光を放っておりました。 ( つづく ) 「小説ブログランキング」 参加してますポチット、応援 よろしくお願いします~誤字・脱字・入力ミス、ございましたらお許しを~