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2005.10.12
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カテゴリ:サユリ
あの頃の僕は若かったなんて言い訳は、言い訳にもならないと思うけれども。

手首に残る傷痕を見た僕は、どうして自分自身を傷付けたのか、その意味や理由を考えることも無く、ただサユリが全てを自分に見せてくれたことに、一つの嬉しさに近い感情を持っていた。だから、「美しい」と、それはまるでどこか呑気とも思えるようなことを胸の内に持ったのだと思う。

僕はその傷の意味を問いただすことはしなかったし、彼女自身もそれについて言葉を次ぐことも無かったから。「過去のこと」として僕はそれを受け取ったし、「自分が居るからそんなことはもう無い」と言う妙な自信からでもあった。

実際、酔ってそのまま眠ってしまった次の日にはサユリは何事も無かったかのように僕にひっついてきて、それ以上のことを考える事を、僕は止めてしまった。

「過去」は「過去」で。そのころの僕は「今」と「過去」をまるで別の物のように思って、そして全く切り離して考えていたから、「今」僕の腕の中にいるサユリが笑っているなら、傷痕に何の意味も無いと決め付けた。

僕とサユリは、切り付ける風が吹き抜けるアーケードの下を通って、幾つか古着屋だとか、アクセサリーが並ぶ店を回って、ジャケットと安い指輪を買った。もう少しすれば、僕は論文のために、多くの時間を費やさなければいけなかったし、変わり行く季節の中で慌しく過ぎていくであろう日々を思った。


「しばらく、あんまり会えへんかもなぁ」


ベージュのソファに向かい合わせに座って僕が口を開く。サユリの目を、顔を見ずに肩をすくめて道を歩く人を見ながら言った。街中に出る度に腰を下ろすこのカフェで、サユリはモカをすするのを止めた。


「会えないかな」

「うん。研究、ちょっと遅れてるしな」

「そっか」


しばらく、二人の間に言葉は無くて、僕はカップの中のコーヒーと、紙ナプキンを交互に見たりした。


「もし、さ」

「ん?」


サユリが口を開いて、でもその顔が余りにも真面目だったから僕は少し固くなる。


「会えない間に、わたしが死んだらどうする?」


サユリの言葉の意味が一瞬掴めず、僕はぽかんとした。

死ぬ?何が?

そして、僕はそれを「会えない」と口にした自分に対する責めだとか、寂しさを伝えるための比喩のことだと解した。そして、僕は、物事をちゃんと理解して飲み込むことが出来ず、ただ、自分の感情のみに重きを置く、こうした女性の言が好きではなかったから、そのまま何も言わずに、ぬるくなったコーヒーを口に運び、店を出ようと促した。




別れ際に、1週間はサユリに会えないであろう事を僕は伝え、自転車を大学に向けて走り出した。頬に当たる風が痛い。そして急にサユリの傷痕を思い出し、少しの不安を覚えた。


「わたしが死んだらどうする?」


その問い掛けは、ひょっとするともっと大きな意味を持っているのかも知れない。ただ、その不安も研究室のパソコンを開いた時には、僕の心の片隅にも残っては居なかった。





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Last updated  2006.02.27 13:30:08
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