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カテゴリ:歴史の勉強
8/27のBS-TBSの「にっぽん!歴史探訪」を見ていると、十七条憲法は聖徳太子が作ったわけではなく、天武天皇の時代につくられたとのこと。
これでは、あまりにロマンがなくなる。 あの飛鳥時代から「和をもって貴しとなす」という考えがあったのだと感心していたのだ。 しかも聖徳太子が言い出したと。 天武天皇のころに皇太子という身分を作り、その権威を高めるため、過去の厩戸皇子を、理想の皇太子として作り上げたと言われている。十人の話を同時に聞けるというのもその一つ。 そういえば気になったのが、高尚な一条の「和をもって貴しとなす」の次は「仏教を敬え」、次が「天皇の言うことを聞け」とか、毛色の違う言葉が出てくるところだった。天武天皇の指示で作ったと言われれば、そう思える。 神話(日本書紀)にある国譲りも、世界の標準では考えられない謙虚な姿勢だと日本の独特の考え方と感動していました。 しかし、これらの感動の秘話が、天武天皇や藤原不比等が自分に都合よく編纂した記紀に記載されていると思うとがっかりする。 天皇という言い方も、日本という国の言い方も、初めての国史日本書紀の編纂も、天武天皇の頃と言われているので、日本の基礎ができたのは天武天皇の時ということに異論はない。 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.09.13 08:07:56
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