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2021.02.22
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テーマ:読書(8612)
カテゴリ:読書
【内容情報】(出版社より)
鷗外、荷風、百間、夢野久作、岡本かの子に、吉田健一、福田恆存、澁澤龍彦、筒井康隆、水木しげる……食にまつわる不安と喜び、恐怖と快楽を余すところなく描いた傑作の数々を収め、隠れた食のバイブルとして好事家たちの愛蔵書となった伝説のアンソロジーが、新装版で登場。新装版に際して、幻の名品を新たに収録。(解説 堀切直人)

魚●読書メモ●  ◎は私のコメント

★「グリモの午餐会」  渋沢龍彦
●美食学(ガストロジー)とは、必要を快楽に変えるための技術である、といえばいえるかもしれない。

◎このグリモというのは、バルタザール・グルモ・ド・ラ・レにエールのこと。
1758年パリ生まれの美食家だったというが、実在の人物だったのだろうか?
それとも渋沢龍彦の作った想像の人物か・・・。

ファミリー・レストランの「ガスト」というのがあるが、ガストロジーから来たものだろうか?
悲食記  古川緑波  昭和19年の日記から
●10月1日(日)
江東劇場千秋楽。
タバコがますますなくなり、
「さりとてキャラメルもなし口淋しいからこれをやっている」と、ゴムの乳首を口に入れている奴があったそうだ。
◎筆者は、当時人気のコメディアン、古川ロッパ。
この本を読んではじめて、映画評論家として菊池寛に認められたということを知った。
この本があまりに面白かったので、「ロッパ食談」を買った。

●11月3日(金)
炭鉱は、いいな、朝風呂も沸いている。
このクラブでは、女中達も、盛んに風呂へ入っているらしい、羨ましい。
今日の好間炭鉱慰問から15日迄、各地方へ、慰問と興行半々の旅が続く。
出し物「歌うロッパ」他。

◎戦争末期で何もかもない時代、風呂は贅沢だったのだろう。
昼の雪●12月20日(水)
又雪降る。
もう晴れたが、白がいがい。
馬車で駅へ行って、現場待機してるうちに又、降り出す。

◎当時は、いなかでは車がなく、あってもガソリンがないからか馬車だ。
お八つの時間   向田邦子
(略)子供の頃に食べたお八つを思い出すままに挙げてみると次の通りである。

ビスケット。動物ビスケット。英字ビスケット。クリーム・サンド。
カステラ。鈴カステラ。ミルク・キャラメル。クリーム・キャラメル。
新高キャラメル。グリコ。ドロップ。茶玉。梅干飴。きなこ飴。
かつぶし飴。黒飴。さらし飴。変り玉(チャイナ・マーブル)。
ゼリビンズ。金平糖。塩せんべい。砂糖せんべい。おこし。チソパン。
木ノ葉パン。芋せんべい。氷砂糖。落雁(らくがん)。切り飴。
味噌パン。玉子パン。棒チョコ。板チョコ。かりんとう・・・。
きりがないからこのへんでやめておくが、昭和10年頃の中流家庭の子供のお八つは大体こんなところだった。
(略)
子供はさまざまなお八つを食べて大人になる。
「なにを食べたかいってごらん。
あなたという人間を当ててみせよう」といったのは、たしかブリア・サヴァランだったと思うが、
子供時代にどんなお八つを食べたか、それはその人間の精神と無縁ではないような気がする。


◎はじめて聞く名前が沢山ある。
新高キャラメルは時代っぽい。
チャイナ・マーブルは、懐かしい・・・。
前田のクラッカーは、書いてないが懐かしい・・・。
★幸福  中島敦
●右は、今は世に無きオルワンガ島の昔話である。
オルワンガ島は、今から80年ばかり前の或日、突然、住民諸共海底に陥没して了った。
以来、この様な仕合せな夢を見る男はパラオ中にいないといふことである。
(「南島譚」昭和17年11月刊)

◎中島敦は、高校の教科書で知ってから大好きになり、時々「山月記」を読み返す。
養生のために南の島に行っていたそうだ。
戦争で行っていたと思っていたわ。
オルワンガ島って実在したのだろうか?
それとも、中島敦の創作なのか・・・?
この「幸福」よかったわ・・・。
いつか別枠で感想を書きたい。
★解説 食は惜しみなく恵む   堀切直人
●考えられる限り最悪な生存状況にさらされた哀れな男に、このように「至上の幸福」を恵んでくれた「夢の世界の栄養」とは、一体いかなる内実を秘めているのか。
思うに、それは幼児にとっての母親の乳汁のようなものではあるまいか。
幼児は母の温かい乳を吸飲することで、成長に必要な滋養を摂取すると同時に、生きていくための
自信や、他人あるいは現実への信頼の念をわがものとする。

だが私たちは、食事というものがそもそも生き物が生きながられるために他の生き物に容赦なく
襲いかかる血まみれの地獄絵図であることを怯(ひる)まず確認し自覚した上で、「食」のうちに
顕現(けんげん)する声明の根源的無垢性を信じ、故なき羞恥心や罪悪感をきれいさっぱり拭い去るべきではないか。
「幼児のような無恥の食欲」(萩原朔太郎)を大いに発揮し、他の生きものを貪り食う更衣をまるごと肯定することによって、人は初めて「いのち」の源流を自在に泳ぎ回ることができるのである。


◎肉を見ると生きていた動物を思ってしまうので、肉食が出来ない私は、永遠に「いのち」の源流を自在に泳ぎ回ることができない。
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Last updated  2021.02.22 00:05:21
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