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2021.04.21
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テーマ:国内旅行(1458)
カテゴリ:国内旅行
■2021.3/29(月)

  じゃんけんで負けて蛍に生まれたの   池田澄子

知覧麓の武士屋敷を見て回った後、■「富屋食堂」という昔の食堂が
「ホタル館」という名前になって残っているのを見た。
ここは、昭和17年に軍用となり、10~20代の特攻隊員らが足しげく通った所。

ホタル館 富屋食堂
ホタル館は,第二次世界大戦末期に陸軍の指定食堂だった富屋食堂を,当時の場所に忠実に再現した資料館です。
ここでは,息詰まる戦況下で特攻隊員をあたたかく迎え「特攻の母」として慕われた鳥浜トメさんの生涯(2階)と,その特攻隊員とのふれあいの遺品や写真など(1階)を展示しています。

今は「ホタル館」という名前がついている。
名称は隊員が「ホタルになって帰ってきます」と出撃したことに由来する。


そこで私は、冒頭の俳句を思い出した。

▲映画「ホタル」の監督・降旗康夫氏の碑▼知覧特攻平和祈念館前。

蛍が成虫になり、■光を放つようになってからの寿命は、1週間から2週間ほどと言われています。

闇の中、はかない光を放ちながら周囲を照らし、短い一生を終える蛍は、ただそのためだけにこの世に生まれてきたのだろうか、なんだか損な役回りを持っています。

だからこそ、作者は「じゃんけんで負けて」蛍に生まれたと表現しています。
裏を返せば、今ここに在るのは、じゃんけんの勝ち負けのような「偶然」にすぎないことをテーマにしています。

「偶然」に誕生した生命というものは、蛍が放つ光のように、いつ消えてもおかしくないほど危なっかしいもの。

人として生まれようが、蛍として生まれようが、生き続けることは決して当たり前のことではなく、
偶然の連続なのかもしれない…といった命のはかなさと大切さを物語っています。

 生きて人生を長らえていれば、夫となり父親になり孫を愛したであろう若者が、何者にもならないうちに死ななければならなかった哀しみ・・・。

偶然生まれてきた時代の不運に蛍のような短い人生を「仕方がない」と諦めたのだろうか・・・。

この後、■「知覧特攻平和祈念館」■に行った。
ここでガイドをしてくれたのは、7歳の時、父親が戦死したという80代後半の男性。
父親を亡くし、家計の苦労をしながら大きくなったと話してくれた。
その不運が80代半ばを過ぎてもなお戦争の悲哀を訴えていくエネルギーになっているように思った。

「知覧特攻平和祈念館」のまわりは、茶畑が広がっていた。
ここ知覧は、お茶で有名。
スーパーに寄ってお土産にお茶を購入。

この日の宿は指宿(いぶすき)の「国民休暇村指宿」で、連泊する。

修学旅行の生徒たちで満員の宿。
私たちも、浴場の時間制限などがあったけれど、よかったね、学生諸君。
よかったね、宿の皆さん。

(南九州市・知覧)
この日、大阪のコロナ感染者総数は、215名だった。
靴 ◎走行距離:82km  ●11075歩
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Last updated  2021.04.21 23:37:40
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