カテゴリ:国内旅行
■11月25日(金)-1 近江八幡のホテルを出て、長浜へ。 写真はホテルの窓から見た琵琶湖。 長浜では、ガイドさんの案内で市内を廻る。 ■長浜城■ 1573年(天正元年)に羽柴秀吉(豊臣秀吉)が 浅井長政攻めの功で織田信長から浅井氏の旧領を拝領した際に 当時今浜(いまはま)と呼ばれていたこの地を信長の名から一字拝領し長浜に改名した。 小谷城で使われていた資材や、1558年に火災に遭った竹生島宝厳寺の復旧資材として 浅井長政が寄進した材木などを流用し築城。 いわゆる水城であり湖水に石垣を浸し、城内の水門から直に船の出入りができるようになっていた。 琵琶湖は今よりもだいぶ大きかった。 現在、このあたりは公園になっている。 ▲公園内の木が紅葉して美しい▼ ▲まもなく来る冬の雪に備えて、樹木の枝が折れないように縄で枝を保持する、雪つりがしてある。 ▲秀吉と石田三成がはじめて会った時の話「三献の茶」のシーンの像。 町のあちこちに秀吉の馬印、千成瓢箪が。 ■旧長浜駅舎は、■ 現存する日本最古の駅舎。 明治15年(1882)、当時の新橋駅を模して造られた、洋風2階建ての建物。 1階2階ともに暖炉が設けられ、回り階段、彫刻入りの欄干など鹿鳴館調の建築様式で、当時の地元民を驚かせた。 ▲今の長浜駅は、旧長浜駅舎に似て作られた。 ■旧開知学校(きゅうかいちがっこう)■ 明治7年(1874)に町民の寄付によって神戸町(現在の元浜町の一部)に建てられた、 現在の長浜小学校の前身となる洋風の木造校舎の建物。 三階建ての上に八角形の櫓をのせたユニークなデザインであった。 建造以降、幼稚園・高等女学校などとして使われ、昭和12(1937)年には現在地に移転し、以後はさまざまな業種に利用されていた。 平成12年、開知学校として撤去されていた櫓なども復原し再び甦ることとなった。 現在は会議室や喫茶店などとして利用されている。 町のあちこちに古い建物が残っている。 ■滋賀・福井2泊3日:滋賀県・守山市:佐川美術館、ゲジゲジナンバー■ ■滋賀・福井2泊3日:紅葉の近江八幡市と八幡山■ にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2022.12.10 00:06:51
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