ひとくちに「のど」と言いますが、我々耳鼻科医はのどを咽頭と喉頭に区別しています。分かりやすく言うと、咽頭と言うのは主に食事や飲み物が通る道、喉頭は空気の通り道です。のどぼとけの中には声帯というV字型の靱帯があって、普段は呼吸をするために開いていますが、声を出すときはこれが閉じて、両方の声帯の隙間がふるえることによって音が出るのです。この声帯が喉頭のちょうど真ん中にあります。
声の調子がおかしい時は、必ずといって良いほどこの声帯に異常があります。ただむくんでいるだけの場合から、癌ができている場合まで様々です。声がれのことを嗄声といって、これが主訴の場合は声帯を観察しなければなりません。
head&neckが医者になった15年前は、この観察に間接喉頭鏡というものを使用していました。名前は大仰ですが、ただの鏡で、歯医者さんなんかに行くとよくある先端の曲がったスプーンの様な形をしたミラーです。これは扱いが難しく、のどの奥を診るのにはちょっとしたコツが必要でした。まず温風で暖めておかないと曇って見えなくなります。暖めすぎると今度はのどをやけどするので、適度にしないといけません。また、のどに挿入する角度が難しくて、奥を診ようとしてつっこみすぎると患者さんは「おえっ」となります。のどの壁に触れないようにして奥深くまで挿入して、更には光の入れ方も重要です。昔もこのブログで書きましたが、額帯鏡というおでこの反射鏡でのどの中を照らして観察するのですが、この光の入る角度と喉頭鏡の角度が合っていないと声帯を診ようにも真っ暗で観察できないのです。研修医の頃は、この声帯の観察にかなり苦労しました。場合によっては患者さんをげえげえ言わせながら何とか所見をとり、上級医に見せると全くなっていないと叱られたり、患者さんにもう勘弁してくれと言われたり・・ 一時期、嗄声の患者さんを診るのがイヤでイヤで仕方のなかった時期があります。
そうこうしているうちに、ファイバースコープなるものが登場しました。いや、実は以前からあったのですが、当時はこれ、高価な道具で、病院の外来にあまり数が無く、研修医は使わせてもらえなかったのです。いわゆる胃カメラの孫みたいなもので、鼻から細い管をのどまで差し込んで観察する特殊な内視鏡です。現在では数も増え、いつでもこのファイバーを使えるようになっています。もちろんこちらの方が確実に見えますから診断精度も高く、患者さんにとっては良いことですが、若い研修医も最初からファイバーを使うので、彼らは間接喉頭鏡(ミラー)を使ったことがありません。実際の日常診療でこのミラーが使えないから困ることはほとんど無いのですが、死角になっている部分を鏡に映して観察する・直接見えない角度の場所を診るというこのテクニックがちょっとしたことで意外に役に立つ場面は多いのです。ファイバーが全部使用中の時にのどをみたい場合などは無論ですが、例えば鼻の内視鏡の手術のときに、先端が70度の側視鏡だとミラーと良く似た感覚で挿入したりして見ます。
以前の額帯鏡というエントリーでも書きましたが、新しくて便利な道具が出現すると、診断精度は上がりますが人間の器用さが失われて行きます。携帯電話がでて電話番号を覚えなくなったり、ワープロが普及して漢字が書けなくなったりするのと同じです。便利さと器用さの折りあいは重要ですが、微かな危惧を覚えつつ、毎日ついつい便利なファイバーを使ってしまうのでした。
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