カテゴリ:在日関連
『6.25の朝鮮動乱』、いや、その後の『分断国家』」と色々な意見があります。 ただ、私はそれが最大の悲劇だとは思いません。 なぜならこれらの意見は韓国本国の社会にもあてはまるからです。 なら何が原因でしょうか? 在米韓国人や他の移民との違は・・・。言葉と名前がその人の全て、 中世ヨーロッパでそう言われてきました。 私が考える原因はその2点(言葉と名前)です。 創始改名から来る今日の”通名”を使用し母国語が話せない。 この2点に集約されると思います。 在日が色々な歴史背景の中で、通名を捨てきれず、 日本社会に同化せざるを得なかった日本社会の中で生きる在日の悲哀だろうと思います。 私は、在日の”日”がその全ての原因だと断定しています。 日本と言う社会に住むことによって、 長い年月、”氏、素性”を隠して日本語を話し 日本の文化に溶け込みに日本人に成りすまして生きることによって この社会で生活の糧を得てきたからだろうと思います。 一部の例外はあるにせよ。 その原因は忌まわしき「関東大震災後の朝鮮人虐殺」などが大きな要因でもあります。 日本と言う韓国:朝鮮人に最も強い差別感情を有する国に生まれ その国の言語しか話せない事が悲劇でもあります。 そして、その反動として、悲しいかな 本国(南北を問わず)での「在日」に対する差別意識がが形成され 僑胞(キョポ)と蔑視され そして我々を日本の手先(親日派)と蔑むのでしょう。 もちろん日本人がみな韓国人を嫌うのではなく 韓国人が皆、在日を嫌うのでもありません。 むしろ日本人の方がはるかに我々を理解してくれます。 しかし、現実として差別社会システムとして形成されています。 在日社会学者の姜 在彦先生が何時講演会で「 韓国社会のマイノリティーである在韓中国人の現状を話された内容は 在日の権利差別を声高く叫ぶ韓国政府が自国のマイノリティーの問題に ようやく重い腰を上げたにしか過ぎないと言う話でした。 これこそが韓国の(我々への)問題意識の欠如 無視する事が差別そのものといってもいいでしょう。 それは目に見えない、ちょっと油断すると見過ごしてしまう差別。 愛する人に 「おまえが韓国人(在日僑胞)でもいいよ」 とプロポーズされたことのある人はもう一度その言葉を噛締めて下さい。 「でも」とは何でしょう。これが差別です。これが悲劇です。 私はこの台詞を腐るほど聞きました。 そしてそれは友情を破壊するに足るものでした。 皆さん、もう少し注意して下さい。 のべつまくなしに差別感情を顕にする人は極まれにしかいません。 その意味では差別は無くなった様に見えます。 しかし、冷静に日々のマスコミ論調や政治家、官僚、役人の発言を 耳をすまして聞いて見てください。 我々が己の最大の悲劇に気づかないのは悲劇であり、喜劇です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.07.15 20:45:25
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