去る7月12日のこのブログ日記で、私は故常石敬一氏を追悼した。そして氏が歴史の闇から発掘し研究された、旧日本軍関東軍731部隊による細菌戦生体実験等の残虐行為の実態にふれた。私の書棚からご著書『消えた細菌戰部隊 関東軍731部隊』(1981) の画像を掲出した。
ところで、偶然とはいえあまりにも日にちが近いが、今朝の朝日新聞デジタル版が、〈旧日本軍731部隊の「職員表」発見 発足時の組織の姿あきらかに〉と、後藤遼太 編集委員・北野隆一記名の記事を掲載した。
旧日本軍731部隊の「職員表」発見
それによれば、明治学院大学国際平和研究所の松野誠也研究員(日本近現代史)が、国立公文書館に保管されている文書のなかから、細菌戦部隊731部隊について、部隊構成、隊員名、階級などが記録された「職員表」を見つけた。
731部隊については敗戦直前に、施設(生体解剖をしたとされる実験室や死体焼却施設など)を破壊し、関連文書等も焼却され、部隊の実態について不明な点が多かった。
ペスト菌を細菌兵器として使用する人体実験も行われたといわれるが、それらのデータは終戦時にアメリカに引き渡す裏取引がおこなわれたとされ、731部隊関係者は誰一人戦争裁判にかけられていない。常石敬一氏は、ソ連人捕虜の生体実験に関して、ソ連側の裁判への日本軍関係者引き渡し要求に関する文書を、ソ連の記録に発見した。しかしこの裁判に731部隊関係者が引き渡されることはなく、結局、731部隊は歴史の闇に消えた。常石氏の著書の「消えた・・・」とあるのは、そういうことである。
さて、松野誠也氏が発見した731部隊「職員表」が、今後、多くの人たちによってどのように読み取られ、解釈されるか、私は注意していこうと思う。まさかとは思うが、日本の研究者を称する人たちのなかにはいつの時代にも「時流」におもねる御都合主義の解釈をする、そういう非科学的な、つまり学問とはいえないような「歴史研究」があるからだ。なぜそんなことがおこるのかといえば、私が観察するところ、「歴史」は、自分の手のひらの上で世界を転がしているような幻想にひたれるもののようだ。しかもその幻想は、誰でも浸れる。誰でもだ。「歴史」はエンターテイメントになる。そしてどんな幻想的な歴史解釈でも、徒党を組めば、政治的な「力」になる。その危うい政治力は、第一次資料によって証拠を積み上げてゆく科学的な歴史研究をする学者に対しては、第一線に立つことを強権によって拒む。愚か者が権力を握ると国も人心もワヤクチャとなるが、現在、日本の私たちは、さまざまな局面で危ういところに立っている、と私は思う。
【付記】小説家森村誠一氏に『悪魔の飽食』(1981)、『続・悪魔の飽食』(1982) がある。この著書で731部隊の実態をあきらかにしたとされたが、『続・悪魔の飽食』に証拠として掲載された写真が、じつはまったく無関係な1912年に出版された『明治四十三年南満州「ペスト」流行誌附録写真帖』(関東郡督府臨時防疫部刊)からの流用であることが判明した。森村氏はそれを認めて公式に謝罪した。・・・ことほど左様に、優れた小説家森村誠一氏にして、自己の言説の主張のために悪魔が忍び寄ることがあるのである。