昨夜と今朝、私はある精神病跡学の研究書を読んでいたのだが、偶然にも毎日新聞ディジタル版の早川健人氏の記事が興味深い研究を伝えている。
京都大学白眉センター特定助教授の東島沙弥佳氏と京都大学医学研究科の山田重人教授が『日本書記』を読み込み、初代天皇から第四十一代持統までの記述に、生来の身体的あるいは機能的な異常がみられ、染色体や遺伝子など複数の原因があげられる先天異常を有していたと診断した例が33件あったという。その内訳は、◆身長の異常10例、◆過剰な組織または器官形成6例、◆言語または行動の異常6例、◆通常と異なる顔または体の特徴6例、◆色素異常3例、◆その他2例。
『日本書記』に関する研究書は膨大な数にのぼる。研究とも言えないどうしようもない本を入れると果たしてどれほどあるか。しかしながら東島、山田両氏のような病理学・病跡学方面からの研究はほとんどなかった、と早川健人記者は書いている。
事実、画家や音楽家あるいは文学者などの芸術家(ここには黒澤明氏のような映画監督も含む)、あるいはまた哲学者や宗教家については、精神病跡学方面からのアプローチは数多い。破滅に向かった人物例もあるが、一方で、創作活動が精神的危機におちいることを救っている、という研究結果もある。それらの人物に関する研究より数は多くはなさそうだが、西欧の歴史上の王侯貴族やヒトラーのような政治家に関する医学的な研究もなくはない。一般読者の手の届く研究書もある。私の蔵書のなかにもある。しかし早川記者が書いているように、こと日本の古代史を医学的にまともな視点で研究した論文はないかもしれない。
いまや世界の政治家には、精神病理学からアプローチしなければならないような、サイコパスを疑える人物が目立って多い。泥縄式に研究しても、それらの人物が主導する戦争による、世界の無残な人間破壊の現状を変えることはできないが、人間社会が未来につづくことを願うなら、現代の国主や首長や政治家を医学的に、とくに精神病跡学方面からの研究は必要であろう。