神から人へ ◎神と先祖・祭りの意味とやり方◎
(祭りについてお教えください)では教えん。祭りの意味と、そのやり方を。祭りというも幾つかのあり。神を祭るも祭りなり。人を祝うも祀りなる。なれど正しき祭りとは、神に捧げる感謝報恩。先祖に供える供物奉納。いずれも今ある生を歓び、そを伝えんとするが始まり。なれどあやまち、誤るもあり。一つは先祖の魂のみを、高く祀りて崇めんばかりの本末転倒、誤りなり。先祖も大切、ご縁にあれど、最も敬い、尊ぶべきは、まずは己の守護神、守護霊。そに守らるるを感謝すべし。先祖も守護神、守護霊に守られおるなり。導かるるなり。なれば己の守護神に、感謝を捧げて後に祀れよ、己の先祖や親族は、最も大事な守護神なれど、そもまたス神に導かれ、守護することを許さるなれば、全ての感謝の大本は、全てがス神に続くべきなり。なれど本神、己の先祖も、ス神のご守護を賜ることをよく知り、わきまえおるならば、先祖の祀りもあやまちならず。 (守護神様を知ることはできないと伺いましたが、どうお祭りすればよいでしょうか)そはまた、もっとも、当然なり。なれど、己の氏神あるらん。そを祭るのも、祭りとなるらん。 (氏神様とは、自分の家の近くの神社の神様でしょうか)さなり。そが最も近き、神にあるなり。 (守護神様と、守護霊様は、別々にお祭りするべきでしょうか)さなり。霊と神は異なるものなり。神は祭りて捧げるべきなれ、霊を祀るは必要なければ、先祖祀りで事足るらん。 (神社、氏神様へどのように参詣すればよいでしょうか) 新年はじめの挨拶と、己の祈願成就の際の、感謝御礼、節目の挨拶。折々に、家内安全、健康なれば、回を定めず詣るがよけれ。くだらぬ囚われ、義務にあらねば、己の心の表れなり。無理に詣るも、神は歓ばず。何も打ち捨て、はせ参じるを、神は愛でなん。喜ばん。人の真の行いなれば、日がな一 日、働きし後、眠りにつく前、神に向かい、感謝唱うも、祭りとなるらん。立派な祭壇、高額ご供養、真の想いのこもらぬ供養は、かえりて徒(あだ)なり、汚(けが)れなり。身にふさわしき奉納を、捧げて楽しく祭るが正し。神と共にて生きるを喜び、共に行積む心も新たに、さらなる感謝と帰依の心で、ただひたすらに真摯に生きよ。その想いさえ保てるならば、祭りと等しき尊き行い。月に一度の祭りも大事。なれど毎日、一年全てが、本来祭りの日となるべし。さにて祭りの意味と方法、心得ておくべし。忘れるべからず。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/