カテゴリ:旅行記
3.山に住む人々 この日私を苦しめたのは、水の恐怖ではなくてむしろ空腹だった。 湖を眺めてから、近くの町を見学しつつぶらぶらした。その後帰路に着き、食料を調達しようと店を探したが、祭日のためにレストランや店が開いていない。何もすることがなくなって、結局ホテルに戻った。 いくらイースターだからといって、いくら田舎だとは言え、こんなに何もない土地だとは。明日もお店がやってなかったらどうしよう?もう昼から何も食べていない。お腹はペコペコ。こうなったら明日、フロントに物乞いに行くしかないかも…。うっ、情けないなぁ。ひとり部屋に座り、読書をしていたけれど、不安げになってきた。きゅうきゅうなるお腹を押さえつつ体力を温存するため寝よう、と思ったその時、部屋をノックする音が聞こえた。 (……誰?) 全く心当たりがない。一体誰だろう・・・?ドアを開けるか、開けまいか。どうしよう。考えている間、またノックの音が聞こえた。私は結局、こわごわドアを開けた。 そこに立っていたのは女の人だった。妙齢を過ぎたあたりだろうか。その表情からは、とても感じのよさそうな人であることが窺える。私はほっとした。 「ホテルの部屋に一人だなんて!寂しいでしょう、私たちのところへいらっしゃい」 どうやら私が一人でいることを、レセプションのお兄さんから聞いたようだ。レセプションのお兄さんは、私がアジア人で珍しかったからだろう、あれやこれやといろいろなことを興味津々に聞いてきた。 そして、女の人の隣には、青年がいた。 「ピェルニクはいかが?」 といって、ハート型のチョコレートクッキーみたいなお菓子を差し出してくれた。 (食べ物だ・・・)思わず、見入ってしまう。 「俺のハートだよ♪」 「・・・・・・」(・・・はあ?) ……私はこの手のジョークが苦手だ。 (どうして、ポーランド人ってこうなんだろう・・・) どうやら下の階にあるバーでみんなが集まっているらしい。この親切な人たちは、独りでいる私をどうやら不憫に思って、全く部外者なのにも拘わらず集まりに招待してくれたのだった。 バーの入り口からは、もう30歳くらいの男性やら女性やら、が集まっているのが見えた。私を迎えに来てくれた女の人のだんなさんらしき人もいるようだ。カウンターでは中学生くらいの男の子が立派にお酒を振舞っている。部屋の奥にはジュークボックスがあって、今流行りの洋楽が流れていた。踊っている人もいる。私はこわごわ中に入った。みんなは私を暖かく迎え入れてくれた。 「よくこの町に来てくれたわね!」 私を迎えに来た女の人は、このホテルの経営者だった。どうやら友達同士、幼なじみで集まってパーティーをやっているらしい。そんな全く身内の集まりに、私のような部外者を招待するなんて、本当にここの人たちは変わっている。それとも私がアジア人で珍しいから誘ってくれたのだろうか。いずれにせよ、部屋で座っているよりはずっと面白そうだった。何せここには食べ物がある。 ホテルの女主人、エヴァは土地の話をし始めた。 「ここはいい所よ。今はまだ寒いけど、夏はいいわよ!ハイキングもできるし、湖もあってね…」 私はまさにその自然が見たくてここに来た。けれど、時期が悪かったようだ。ポーランドでは4月といえどやっと春が訪れたばかりで、まだまだ暖かいとは言えないのだ。 ここの人たちは、土地の自然を誇りにしているようだった。 「一度東の町の方に住んでたことがあるけど、気候が合わなかったの。町にいると、時々頭が痛くなるのよ。ここでは(山のある土地では)そんなことはない。やっぱりここが一番いいわ。」 そうすると付け加えるように、 「俺は山の民だよ。ここで生まれ育った。誇りを持っているんだ」 と、だんなさんが堂々と言った。 私はその時、山が多い日本のことを思い浮かべた。山が多い日本でも、町に住んでいると頭が痛くなる、なんて話は聞いた事がない。そういえば、山で育ったクラスメートのアメリカ人は「ポーランドは山がないから寂しい」と言っていた。山ってそれほど人に影響を与えるものなんだろうか。私は山に親しみを持っているけれど、そこまで感じることはできない。 ふと、うらやましい、と思った。山の多い国に住んでいるのに、その山の存在を感じることができない自分。それは、自分が町に住んでいるからかもしれないが……。 (続く) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
February 19, 2005 04:18:28 PM
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