「八月は冷たい城」恩田陸を読んだ
「七月に流れる花」と対になる恩田陸のジュブナイル小説を読んだ。〇ストーリー夏流(かなし)の少年少女は時々,林間学校へ参加を要請される。その夏,光彦の前にもあの〈夏の人〉が現れ,招待状が届けられた。〈夏の城〉に集められた光彦ら4人の少年は,この行事の目的を知っているだけに,沈んだ気持ちで夏の日々を過ごす。だが他に誰もいないはずの〈城〉なのに,少年を傷付けようとする罠が発見され,彼らは謎の5人目の影に怯えるようになる。彼らは無事に〈城〉から出れるのだろうか?----------この作品で講談社のレーベル〈ミステリーランド〉も完結となるらしい。第1回配本から追い続けて来て13年。少年少女がワクワクしながら読む高い品質の小説群として生まれたシリーズだが,一時期からなかなか刊行が進まなかった。今回2冊続けて直木賞受賞直後の恩田陸作品が刊行され,それで完結,というのも劇的だ。実に良い。〈ミステリーランド〉はこの巻で,30冊が刊行された。同じ作家で複数の冊を発表していたのは高田崇史の「鬼神伝」だけだったが,最後の配本2冊が同じ作家の作品で,再び複数冊の発表となり,これでレーベル完結というのも,素晴らしく劇的で美しい。このレーベルは,イラストも挿入されており,全ルビということもあり,少年少女がメインターゲットではあるが,大人も楽しめる,ことを目指した野心的な構成だ。僕は児童文学も一定の割合で読むけれど,このレーベルがきっかけで,それまではちっとも詳しくなかった日本ミステリーを読むようになった。〈ミステリーランド〉が貴重なモノサシとなり,ここで出会った作家の作品を数作読んでみて,そして気に入ればもっと読むということを繰り返してきた。完結に13年もかかると,当初読んでいた小学生ももう就職していて,多くの人は読書の趣味が変わってしまったり,読まなくなってしまったのではないか思うが,きちんと大人の僕は読み切ったし,このレーベルを通じて読書体験が広がった。本当にありがとう。----------4人の少年が古城を利用して作られた林間学校に集められ,夏休みを過ごす。彼らが〈夏の城〉に集められたのにはある理由があるのだが,それを超えた事件が起き始め,少年たちに危険が迫る。そもそも〈夏の城〉の生活は何なのか?というテーマがあった「七月に・・」の”少女編”は,ファンタジーのようなふんわりとした空気が漂っていた。”少年編”である今作では,全員が〈夏の城〉の生活の意味を理解している。彼らに降りかかるのは,自分の身の危険という現実的な問題だ。だが知識が与えられていない少女たちが,きちんと現実を認識し,それを受け止めることが出来るという結末に反し,知識を持っているはずの少年たちは,現実には必ずしも正しく対応できない。体験を水平に共感できる少女たちと,知識は分け合えても,感情の処理は不得手な少年たち。2つの作品を読み終えると,その対比がきれいに浮かび上がる。----------公的には「七月に・・」「八月は・・」のどちらから読んでもよい,ということになっているが,〈夏の城〉の謎は「八月・・」ではあっさりと語られてしまう。それでは「七月に・・」のふんわりした謎が楽しめないので,やはり数字通り「七月・・」から読むべきだ。「八月・・」が先に借り出し可能になったので,最終的には本を延滞という状況になってしまったが,ぐっと抑えて「七月・・」が手元に入るまで1週間我慢(無視?)することになったが,正解だったようだ。これから読む方も,ぜひそのルールを守ってもらいたい。----------「七月・・」のあとがきで,恩田陸は「人は誰でも,心の中に女の子の部分と男の子の部分を持っています。」という言葉から始めているが,この連作は見事にそれを体現している状況となった。少女の部分と少年の部分を描いた連作は,互いに補完をする形で終わる。作品を通じて彼らは成長をするのだが,少女と少年のどちらがより大人に近付いたのかは読んでみて判断してもらいたい。時間はいずれ誰をもとらえたとは思うけれど。----------これまでのファンも,これを初めて読む少年少女にもオススメ出来る。ただし対になっている作品「七月に流れる花」を読んでいることが前提となる。