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April 13, 2008
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カテゴリ:特撮映画
こちとら「モスラ対ゴジラ(1964)」で怪獣映画の産湯につかった身だぁ、昨日や今日、怪獣映画ファンになったひよっことは年季が違わい(ゴジラの新作も作られない現在、新しい怪獣映画ファンなんてものがいるのかどうか)。「クローバーフィールド」は。この怪獣映画オヤジを唸らせたんだから、てぇしたものじゃねえか。なあ、おい。
 子供だろうが、大人だろうが、怪獣映画はおもしれえんだよ。

 この映画は、家庭用ハンディビデオカメラで撮影されたとされる映像で構成されています。まあこれは、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト(1999)」の手法を怪獣映画に取り入れたわけだね。全編ハンディカメラの映像なので、視線がしっかりとひとつに固定されてしまっています。通常の映画にはまずあり得ないような、フレームが外れたり、ぶれたりする映像ばかりです (「ボーン・アルティメイタム(2007)」の手ぶれ画面なんてまだおとなしいものよ) 。それによって、とてもリアルな怪獣映画になりました。

 怪獣映画は、とっても荒唐無稽なものです。完全な非日常ですね。まず、ゴジラのような身長50mもの巨大生物がいるわけがない。それから、大砲でもミサイルでも退治できない生き物というのもじつに不可思議。しかも、たった1頭しかいない生物って何?なんで人間社会(大都市、しかも日本ばかり……)を襲って、建物をぶっこわさなくてはいけないのでしょうか。行動に全然目的がない。
 ヤボなつっこみはあえてせず、巨大生物の破壊スペクタクルを楽しめばいいのですが、ともすると(しなくても)怪獣映画は子供のものになってしまいます。コートームケーだから。

 そんな中で「ガメラ大怪獣空中決戦(1995)」は、単なる怪獣バトルではなく、現実の社会に怪獣が現れた場合を考えた内容で、大人の観賞に耐える、いや大人とか子供とかの区別のない充実した怪獣映画でした。しかし、友人に見ることを進めてビデオテープを貸したら、その男はガメラを見た後で「家族からバカにされた。オレの時間を返せ」と言われてしまいました。なんでこの映画のよさがわからないかねぇ。
 怪獣だから幼稚などという見方をせず、中味を見なければいけないですよぉ。
 まあ、分からんものには、見せてもしょうがない。
 分かる人は、想像力とインテリジェンスを備えた方です。
 
 「クローバーフィールド」の舞台は、アメリカ一番の大都市ニューヨーク、摩天楼が建ち並ぶマンハッタン。ある高層マンションでは、日本へ海外赴任する友達の送別会が行われています。その様子が、まずビデオに記録されているのです。平和な日常。にぎやかなパーティが行われています。
 このどうでもいいようなパーティ・シーンがけっこう長い。客からのお祝いメッセージが続き、笑い、トラブルなどの人間模様が脈絡もなくダラダラと映し出されます。そこでの退屈さは、観客が普段送っている自分自身の生活となんら変わらない平凡な人間の営みが行われているのを印象づけるためのものなのです。

 突然、地響きと大きな揺れが襲ってきます。そして停電。何が起こったか分からない。そう、災害は予告なしにやってくる。大地震だって、それが起こる前までは、人々は何も知らずにいつもの生活を送っています。ところがある一瞬を境に、淡々と続くと思われた日常の営みが一変してしまうのです。
 窓の外を見ると、あれはなんだ、高層ビルの谷間に何やら見たことのない、得体の知れない物体が蠢いています。パーティの面々は、急いで避難しようと外に出ます。そこはパニックに陥った人々が群れをなしていました。大騒ぎの渦中、何かどでかいものが降ってきた。見ると、それは自由の女神の頭部なのです。

 巨大生物は、まったくの正体不明。名前や出現理由どころか、夜の暗闇に紛れて姿さえ定かではありません。逃げまどうマンハッタンの住人たち。その様子をひたすらハンディビデオカメラがとらえます。
 もし、本当に大都市に巨大生物が現れたとしたら、それを一市民の視点、体験から見ていったとしたら、きっとこんな感じにちがいありません。災害の渦中にある人間には何がどうなっているのか、正確な情報は伝わってこないのです。大地震に見舞われた被災地など は、こんな様子なのでしょう。
 ときどき、ハンディビデオカメラが、電気屋でテレビのニュース映像を写したり、あるいはカメラをもっている人間がヘリコプターで救出されて、空から怪獣の姿を見ることができます。そんな断片的な情報しかない。
 これまでの怪獣映画は、積極的に怪獣を映し出してきました。しかし、この映画はあくまでも襲われた一市民の立場を優先しています。だから、怪獣の全貌はよくわかりません。が、確かに巨大怪獣はいるのです。このあたりの描写が、じつにリアルですね。例えて言うと、雨の中歩いて、靴下が少し濡れちゃったみたいな感じ(脱いで確かめたわけじゃないけど、靴の中に不快さを感じる)。

 さらに、逃げ惑う一団は、軍隊の攻撃場面に出くわしてしまいます。怪獣と軍隊の一大攻防戦の渦中に飛び込んでしまったがために、自分の体のすぐ脇を砲弾が飛んでいく。瓦礫が落ちてくる。下から撮ったり、横から撮ったり、正面から見たり、カメラは動きまくり、ぶれまくります。これは臨場感たっぷりだ。

 普通の怪獣映画ならば、たいてい科学者や防衛隊、新聞記者などの関係者が登場します。そして彼らの視点を通して状況が描かれます。そこでは、なぜ怪獣が現れたのか、名前は何なのか、どうやって退治したらいいのかなどのやりとりされ、観客への説明が果たされます。
 しかし、「クローバーフィールド」は、一市民のビデオ映像なのですから、当然広い視野はありません。俯瞰的な見方はまったくされていません。納得できる解説は何もなく、ただ部分的、個人的な視点から見た現象があるのみです。この効果を得るためには、ハンディビデオカメラというアイデアが生きています。視点はたった一つに固定されているのですから、説明的に動きようがありません。

 映画を見た後、ノベライズを買って読みました。「ガメラ大怪獣空中決戦」はノベライズでも、映画で味わったのと同じような興奮がありました。しかし、「クローバーフィールド」は、文章でカバーしている部分はありますが、やっぱりハンディビデオカメラの映像には及びません。この映画は、言葉では現せない、映像でなければできない作品です。

 突如現実の生活を破壊する非日常性、それこそ怪獣映画の醍醐味ってもんだ。長年、怪獣映画を見続け、追い続け、ときには冷たい視線を浴びながら、苦節ン年……(おい、泣くなよ)。継続は力なり(ってほどのことはない)、いやぁ、またひとつ感動的な怪獣映画に出会えたんだぜ、こんちくしょうめ。


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Last updated  April 13, 2008 06:11:25 AM
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