『世界終末の序曲』のギミック、登場するモンスターは「巨大イナゴ」である。
DVDのパッケージには、牙を剥き出しにした怪物のイラストが描かれている。もちろん、本物のイナゴはそんな形相はしていない。いたってのんきな顔立ちだ。
のんきな顔立ちのイナゴ。この映画の特徴は、着ぐるみでもなく、ストップモーションでもなく、もちろん当時CGなんてものはない。目が離れたのんき顔した本物のイナゴちゃんを映画の中で巨大に映して合成し、モンスターに仕立てたのだ。
監督はミスターBIGと呼ばれたバート・I・ゴードン(Bert.I.Gordon)。イナゴだけでなく、ヒト、クモ、ネズミ、アリ等が巨大化する映画を作りまくったヒト。
アングルは、放射能を使って巨大化した野菜を食べたイナゴが自らも巨大化してシカゴを襲う、というもの。
冒頭、車の中で愛の営みに忙しいアベック(カップル)。女の方がふと目を開けたとき、そこには信じられないものが。女の視線に気づいた男も、そちらを見て驚愕の表情になる。
なんという素敵な出だしだこと。
さらに、警官が捜索に向かうと、そこには大破した自動車が。一体何があったのか。
じつにモンスターへの期待が膨らむ段取りだ。
しかしながら、問題はモンスターとしての巨大イナゴだ。
イナゴって、実物は3~4cmくらいのものでしょ。それを映画の中ではビルの1フロアの天井を突き抜けるようなサイズに拡大してあるのだ。拡大率が大きいので、画像がクリアではない。ぼやけていたり、合成が透けて見えたりする。
さらに、イナゴは演技ができない。ただそこにいて蠢くだけ。
同じような技法に、トカゲ特撮がある。これは、本物のトカゲやワニにツノや背びれなどを装飾して恐竜に見立てて撮影し、画面上では人間との合成で恐竜のように大きく見せるのである。
『紀元前100万年(1940)』はトカゲ特撮が用いられている。トカゲ同士でお互いに争ったり、あるいは自分の頭上より岩石が落下してくれば痛がったりするから(動物虐待?)、それなりに演出がほどこせる。
でも、本物のイナゴは、まったく喜怒哀楽が表出されません。人間を襲う場面では、「ギャー」と叫ぶ人間と淡々と歩みを進める拡大イナゴちゃんとに落差があるから、想像力を駆使して見ることになる。「うわっ、巨大化したイナゴの襲撃だ、恐いぞ」と。もちろん、とかげやワニだって、ヒトとからむ演技はできない。
そもそもどうしてイナゴをモンスターにしようと思ったのだろうか。カマキリやクモなら、そのまんまでも不気味な容貌だから、でかくすればモンスターらしく見える。だから、カマキリ怪獣、クモ怪獣というのはけっこう映画に登場する。しかし、イナゴ怪獣は本作だけ。
実際のイナゴは、蝗害と呼ばれるように、ときとして大量発生して、移動しながらすべての植物を短時間に根こそぎ食いつしてしまう。そこには、確かにイナゴは恐い虫だというイメージがある。だからモンスターにしようと考えたのだろう。
『世界終末の序曲』では、巨大イナゴが複数姿を見せる(大群ではない)。しかし、画面には、1匹ずつ映ることが多い。巨大化させてしまえば、群れに埋没させるよりも個のイナゴを見せたくなるのが人情。技術的にも、巨大イナゴを大群で活躍させることなどできなかった―映画の中では「(巨大イナゴが)数百より多い」とのセリフがあるけど。
大群として見れば怖いが、個々にみればのんき顔。そこに、誤算があったようだね。
今の技術なら、巨大イナゴの大群をスクリーンに映し出せるでしょう。だれかでつくってみるかなぁ、リメイク版『世界終末の序曲』。おもしろいかどうか知らないけど。
イナゴの佃煮って、食べたことある?