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カテゴリ:美術
レオナルドといえば、亭主ならずともすぐに思い浮かべるのは、「モナリザ」をものした後期ルネッサンスの大画家としての彼でしょう。
一方で、絵画はレオナルドにとって「世界を映す鏡」としての総合芸術であり、彼が対象を正確に描くためにありとあらゆる知識を追い求める学究の徒(研究者)だったこともよく知られています。(近代絵画は、そのような絵画観を否定することから始まったとも言えます。) 彼が残した膨大なメモ(手稿)の中には、自らの観察・考究によって到達したと思われる知識、こんにち的には物理学、数学(幾何学)、光学、天文学といった数理物理的な知識から、機械工学、土木工学、流体力学、化学(錬金術)といった工学的知識、さらには人体をはじめとした解剖学上の知識、動物学、さらには地質学(地球物理学)といった分野にまで広がる所見が書き込まれており、その途方もない関心の広さ、あるいは「空飛ぶ機械」に象徴される工学的・技術的なアイデアの豊富さから、巷では「万能の天才(Uomo Universale)」とも称されています。 とはいえ、亭主がこれまで手にしてきたレオナルドに関する著作の多くは、基本的には美術史の専門家によるもので、いきおい彼の絵画作品を中心にした美術史的な視点が中心になっています。そこでは前述のさまざまな科学・技術的知識も、そのような美術史上の関心、つまり絵画をより深く理解するために必要な背景知識として紹介・提示されることが定番でした。(レオナルドが世界一有名な「モナリザ」の画家である以上、このような扱いは避けられない必然のようなものだとも言えるでしょう。) これらとは対照的に、表題のレオナルド本は、あのスティーブ・ジョブズの評伝を書いた米国のジャーナリスト、ウォルター・アイザックソンの手になるもので、これまでの美術史関連書とは明確に一線を画しています。具体的には、「知識の探求者にして発明家(イノベーター)」としてのレオナルドを中心に据えており、斬新なレオナルド像を見せてくれます。 また、膨大な手稿の内容と絵画制作も含むライフイベントとの関係を調べ上げ、レオナルドの知識探究の活動をその生涯に沿って年代順に読み解いていく、という伝記的スタイルも、亭主が知る限り初めてのものではないかと思われます。 特に亭主を驚かせたのが物理学についての知見で、例えば本書第12章では、機械工学者としてのレオナルドが「永久機関」を研究する過程で摩擦の法則を発見していたことが紹介されています。彼は重い物体を斜面から落とす実験を行い、物体の重さ、斜面の表面の粗さ、傾斜の傾き、という3つの決定要因を発見するとともに、摩擦の大きさが物体と斜面との接触面の面積によらないことも手稿に書き記しています。この「摩擦の法則」(高校物理でおなじみ)は結局未発表に終わりますが、再発見されるのは何と二百年後、温度計や湿度計を発明したフランスの科学者、ギヨーム・アモントンの登場を待たねばならなかったとのこと。 その他にも、彼が見出した未発表の科学的知識は枚挙にいとまがないようで、レオナルドはガリレオ・ガリレイにほぼ1世紀先んじた物理学の先達と言ってもよいでしょう。 亭主が知る限り、従来のレオナルド研究はもっぱら文化系の学問である美術史の専門家に委ねられてきており、そのために彼の手稿でも絵画論的な部分に焦点が当てられる一方、「摩擦の法則」のような科学的知見についてはどうしても評価が疎かになる傾向は免れなかったのではないか、とも想像されます。 アイザックソンさんのレオナルド評伝は、「ルネッサンス期の大画家」というステロタイプを超えて、よりバランスの取れた彼の全体像を描いてみせた、と亭主には感じられました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
April 16, 2023 10:04:17 PM
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