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カテゴリ:美術
いわゆる「ポストモダン」建築を代表する建築家・磯崎新が他界したのが一昨年(2022年)の暮れでしたが、亭主は偶然にもこのところ彼の設計になる建築によく遭遇しています。
先月には研究会の会場となった水戸市民会館に隣接する水戸芸術館、さらに同月末には送別会で久々につくばセンタービル(リニューアル後初めて)を訪れ、その昔感じた独特な空気感を思い起こすことに。そこで彼の手がけた建築が気になり始めた亭主、近場に建っているものはないかとグーグル先生に訊いたところヒットしたのが表題の美術館でした。 同美術館のウェブページを覗くと、ちょうど亭主が大好きな長谷川潔(はせがわきよし)の版画展を開催中であることを察知。ただし、会期が3月2日から4月7日までの1ヶ月余りと短く、気づいた時には既に半分以上過ぎていました。「近場」といっても現地までは片道3時間以上の道のり。いろいろと段取りをつけた結果、昨日日帰りの強行軍で(建築物の鑑賞を兼ねて)版画展に足を運びました。 長谷川潔(1891-1980)は前世紀を代表する銅版画家で、19世紀に写真が発明される以前に絵画の複製に用いられていたメゾチント(マニエール・ノワール)という技法を復活し、版画の技法として発展させたことで有名です。 メゾチントでは、銅板にベルゾーという幅広のナイフで細かい傷(溝)を付け、インクを載せて刷り取るとビロードのような漆黒の画面を作ることができます。さらに、バーニッシャー、スクレーパーと呼ばれる道具を使い、下地として用意した細かい傷を潰すことでインクが載らない部分を作ると、印刷画面でそこが白く浮き出ます。傷の潰し加減を連続的に加減することで明暗のグラデーションを作ることができるので、これで画面を自在にコントロールできるようになります。長谷川は、この技法で暗闇の中で微妙な陰影によって描かれる幻想的な静物画の世界を作り出し、銅版画の表現に新たな可能性を切り拓いたと言えます。 一方で、長谷川がメゾチントに本格的に取り組んだのはむしろ晩年になってからで、それ以前にはエングレーヴィングやドライポイントという伝統的な技法でも数多くの佳作を残しています。メゾチントと対照的に、これらの技法では基本的に白い画面の中に線描で対象を描き出すので、昼間の窓辺や屋外のような明るい光の下にあるものの表現を得意とします。実際、長谷川はこの技法を用いて静物画やフランスの村落の風景を数多く描いています。 今回の展覧会では、彼の最初期の木版画など珍しい作品から晩年のメゾチントまでほぼ万遍なく115点の作品を揃え、かなり充実した内容でした。(しかも入館料も大人1名300円と、今どきとしては破格の設定!)ちなみに、これらのうち同館所蔵のものは2点のみで、あとは同館に寄託された個人蔵の作品とか。この展覧会も新たに寄託された作品を中心に構成したとのこと。 ところで、久しぶりに彼のメゾチントを(鼻を擦り付けるように)間近で眺めて意外に思ったことには、グラデーションを付けながら白く浮き立たせた部分にまばらに残ったベルゾーの刻み(黒く細い線の断片)が、パソコン画面を見慣れた亭主の目には粗いピクセルの表示のように感じられるのでした。なので、メゾチントの漆黒の美を堪能するためには、作品から少し目を遠ざける必要がある、というわけでした。(これもエングレーヴィングやドライポイントの作品とは真逆のように思われます。) さて、展覧会を見終わったところで、今度は美術館の建物を見て回ることに。この美術館が開館したのは1974年ということで、今年は開館からちょうど50周年の節目の年に当たります。この年には、磯崎の初期のもう一つの代表作と言われる北九州市立美術館が開館しており(同図書館は翌1975年)、立方体の集合体、という幾何学をベースにした彼のコンセプトをあちらこちらに見ることができる造作になっていました。 なお、築後半世紀の昭和の建築ということで、やはり老朽化は気になるところですが、2005年から3年ほどかけてリニューアルしたとあり、一見してそれほど気になるところはなし。一方で、最寄りのJR高崎駅からはバスで30分弱と、立地としてはやや不便でもあります。「群馬の森公園」の一角を占める施設ということで、来館者はもっぱら近隣からの車での来場を想定しているのでしょう。また、2階にある展示室は休館中とあり、いろいろと名品を所蔵しているようでですが常設展示はされてはいないようで、やや残念な状況でした。これも地方公共施設の運営難という共通の問題から来ているのかも。いずれにせよ、せっかくの立派な施設なので、何か人を惹きつけるアイデアが欲しいところです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
April 7, 2024 10:15:51 PM
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