平安時代から弥生時代までタイムスリップして来ました。
いつもつコメント頂く東京の「東の料理人」さんから昨夜(5/18) 次の様なメールを貰いました。【・・・・・17日の新聞を見ていたら「六波羅に平氏一族屋敷跡?発掘現地説明会 19日10時~正午 問い合わせ先・・・・・」とあります。ご予定もあるかと思いますが、前に「六道さん」のブログを拝見したことを思い出し、兎に角ご迷惑顧みずご連絡だけさせて頂きます。・・・・・】こんな催し、地元に居ながら知らなかったので急遽参朝から行って来ました。場所は五条坂に面したこの場所で・・・このテントで囲われた場所です。横断歩道橋から見ると・・・右後方に清水寺がこの様に見える一等地で・・・清水焼の登り窯の有った場所にこの様にホテル建設の為の史跡調査です。貰った資料の一部ですが・・・このような事が目的の発掘調査です。遠く平安時代よりはるか昔の弥生時代の史跡も書かれています。さて、10時開始なのに、10時前に中に入ると、凄い人で、既に説明が始まっていました。向うの方にいる3人はNHKのカメラマンで今日の夕方のニュースで取り上げると言っていましたが・・・残念ながら、私は観るのを忘れました。兎に角都会の真ん中に現れたこんなに広い土地、単に登り窯だけでなく、他にもかなり住宅等取り壊されたであろうことが推測されます。向こうの正面に見えるのが開睛小中学校(元洛東中学)でその西側に清盛ゆかりの六波羅蜜寺が有ります。ところで、この現場の五条坂を挟んだ向かいに真新しいホテル?が建ちました。この場所も元は登り窯が有った場所です。当ブログの2015.8.7 と2015.8.9にホテル建設の為取り壊される前に調査されたことを書いています。