縄文人のこころ
縄文時代は、今から約1万2千年前より2千年前までの約2千年間。それからは、弥生時代。 弥生時代は、大陸から渡ってきた水稲栽培が始まり定住型。それから環境を都合のよいように変えてきた方法が現在まで続いているのではないだろうか。しかし、その方法も行き詰まり環境を元に戻そうとの努力が始まる。 起業家や自営業者はどちらかというと縄文人に属すると思う。組織の中での居心地の悪さ。また、新しい方法論を模索するタイプも。 固定的な様式手法に飽き足らず、新たなる方法論を作り出す。それを世に出す。一見苦しい作業のように見えるが、そういうタイプには心地良い。回りの人たちや家族にとってはつらい面もあるだろうが。 今の日本は、一応の景気を現す株価水準の1万8千円台に近づいている。しかし、大企業のリストラが成功しつつあるせいだろう。中小や零細にとっては、苦しい。乱暴な言い方をすれば、先細りの手法にしがみついているよりある一定範囲内の試行錯誤をして外れればたたんでしまうのもひとつの手だととも思う. 自分はどうだろう。現在助っ人主体だが助っ人先の共通のパターンとして後継ぎがいない。いずれたたまれるだろうが、体の続くうちはやっていかれる方々だ。 我を収めることができれば合併という方法もあるが、特に庭師はオレが、オレがのタイプが多い。しかし、過去形を語る人は多いが、未来を語るひとは、正直いない。 植木屋の未来は。住居というのは、就寝の場所という比重が高いと思う。それで、回りがあまりにもあからさまでは落ち着かない。今より少しは大きな木々に囲まれて眠りたい。これは本能DNAだと思う。