カテゴリ:四コマ・マンガの世界
新しい不定期のシリーズです。次がいつになるかはわかりませんが、面白くて、「これは傑作!」とか、「これは解説せねば!」と意気込んだときにだけ、お知らせします。いつとは言えないのが、残念ですが。
Rokku の家は朝日新聞をとっています。さほど深い理由はありません。前は中日新聞だったのですが、中日の読書案内が今ひとつ不満だったこともあって、朝日に変えました。朝日にしてみると、中日の特集が結構よかったりして、時々迷うのですが、いしいひさいち作の「ののちゃん」と、夕刊のしりあがり寿の「地球防衛家のヒトビト」が面白いので救われます。しりあがりは必ずしもいつも面白いとは言えませんが、なかなか捨てがたい魅力もありまして、時々出てくる傑作は何にも換えがたい面白さがあります。 いしいひさいちの四コママンガは、決して四コマで終わらないところが面白いです。もちろんコマは四つしかないのですが、五コマ目相当、あるいは六コマ目相当と、コマが分割されて使われていることが多々あるし、三コマ目が五コマ目にも相当したりと、融通無碍な展開があるのです。だから、とても四コママンガとは思えない複雑な物語がときに展開されていて、目が離せません。 版権の問題があるので、写真にとってお見せすることはできません。セリフだけをここにお知らせしますから、絵は想像してください。どうしても気になる方は、ご自分でお探しくださいね。9月5日付けの朝日新聞朝刊です。 今日お知らせするのは、二学期が始まった小学生「ののちゃん」こと「のの子」とお母さんの「松子さん」のやりとりです。場所は玄関先。言い忘れそうになりますが、松子さんは大阪弁で読んでください。 一コマ目 松子「雲行きがあやしい。カサいるで。」 のの子「学校に置きガサがあるよ。」 二コマ目 松子「夏休みに入る時みんな持って帰ったやろ。」 のの子「あっ そーか。」 三コマ目 松子「あれ? 知らんカサが。」 四コマ目 のの子「ななちゃん、みみちゃんと久保くん、スズキくんの置きガサだ。」 この四コマ目が説明しにくいのですが、ののちゃんの説明を聞きながら、松子さんはおぞましいことを思い出したような顔をして、絶句しています。その頭の中が四コマ目の絵の中に噴出しで描かれていて、このように説明されています。 「よみがえる学校プール帰りの悪夢」 そう書かれた噴出しの中には、松子さんのおぞましい記憶がいくらか雑なタッチで描かれています。その中で松子さんは、目を吊り上げて「ハイハイどうぞ」と言いながら、何かをトレーに乗せて運んでいて、すぐ横では子どもたちが「わあ わあ わあ わあ」と叫んでいて、どうもとんでもない喧騒のようです。トレーの上のものは判然としませんが、ジュースか何かのようですね。 そう、このマンガは悪夢のような小学生のいる夏休みの残像に関する一家庭の光景なのですね。 子どもが夏休みに家にいると、母たるもの、完膚なきまでにペースを乱されます。ケイトもそうです。だからでしょうか、この難解なマンガをケイトはすぐに説明してくれました。 実は、Rokku はよくわからなかったのです、この四コマ・マンガの意味が。でも、ケイトに説明されてわかりました。 そういえば、夏休みの時期に、ののちゃんは学校のプールに行っては、友達を家に連れて帰ってきたのでした。おかげで松子さんは、ななちゃん、みみちゃん以下、大勢の友達のためにジュースを運んだり、おもてなしに大忙しで目が吊り上っていたのでした。その喧騒を思い出させるに十分な置きガサの群れなのでした。 で、ここからが奥の深い、いしいひさいち傑作選の世界です。 この四コマ目の悪夢は、言うまでもなく、文学批評で言うところの作品内引用(英語で言うと internal quotation)で、実際に夏休みの頃に発表した自らの過去の作品に言及することで、目の前にある作品の意味に重層的な世界を積み重ねようとしているわけです。しかし、いしいひさいちの面白さは、そこにとどまりませんよ。 前の作品では、雷雨のことが言及されていたかどうか、記憶は定かではありませんが、それにしても、ここで置きガサと子どもたちのプール帰りの喧騒を重ね合わせることで、松子さんにとってのプール後のうろたえぶりがよみがえるだけでなく、ののちゃんの友達のしたたかぶりがまた引き立つように、マンガが構築されているのです。 だって、本来なら、松子さんが言うとおり、置きガサはみんな家に持ち帰るべきものです。ののちゃんは、そうしていますから、ちゃんと家にあるはずです。でも、彼女の友達はみんな彼女の家に置いている。なぜか? プール帰りには必ずののちゃんの家に寄って、夕方までたっぷり遊んで帰るからです。そのときに夕立が降る。だから置きガサはののちゃんの家にこそ置いておく必要がある、ということですね。素晴らしい! これらのことを、実は Rokku はケイトに教えてもらいました。感心しましたね。彼女の慧眼に。 でも、それから、どうしていしいひさいちはこんな構想のマンガを描いたのか、ちょっと気になっていたので、それを、今こうして、皆さんにお話しながら、考えてみました。 愛読者ならご存知でしょうが、松子さんって「ぐうたら主婦」です。こんないい加減でいいのか?というほど「ぐうたら」です。夏休み中の昼ごはんも徹底的な手抜きで、確か、カレー、チャーハン、ともう一品、それを繰り返すだけだと豪語するのですよ(細かい料理名は間違えているかも)。全体に、子どもにとって至れりつくせりの母ではない。ののちゃんもどこにも連れて行ってもらえず(昔、そんなことは当たり前でしたが)、プールへ行くだけが楽しみという夏休み生活です。 で、午後になると友達と家で大騒ぎするのですが、さすがに友達が来るとなると、松子さんもいつものような態度で接するわけにもいかず、一生懸命接待にあい努める。そうなるだろうことを、子どもたちはすでにわかっていたのですね、きっと。 自分たちに何もしてくれようとしない親たちへの意趣返し。そういう視点がここにはあって、それは、作者いしいひさいちの子供の頃の気持ちを今こうして戯画的に表現しているのではないのか、そう思ったのですよ。 時々、よくわからない「ののちゃん」や面白い「地球防衛家のヒトビト」など、これからも気がついたものは、こうやってブログ・ネタにすることにしますね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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