作家の家計簿
作家(織田作之助)の妻、一枝さんが昭和16年に付けていた家計簿のコピーを先般入手できた。彼女のけな気な内助の功で、当時の新進作家の家計が分ることはありがたい。 16年といえば、新婚3年目で現在の堺市北野田の長屋住まいの頃だが、15年に「俗臭」で芥川賞候補になり、「夫婦善哉」を発表して作家の地歩を築き始めた時期にあたる。 先ず家計簿で注目したのが、どんな本を買っているのか、家計簿に掛買の欄があるので、つけで買っていた本だけについてはあらましが分る。したがって、現金で買った新本や天牛書店など買った古本の書名は把握できない。 3月:林芙美子全集、鏡花全集、次郎物語、フローベル、二十歳3冊(自作)、無限ほうよう?、文芸、文芸春秋、改造、婦人朝日 4月:エッフェル塔、横光利一集、シグレー島、何処へ、じぞう話、二十歳、文芸春秋、競馬本8冊。 ちなみに同じ頁に 競馬に7日賭けていてトータル30銭の得(現在の価値では1円≒2,000円として5、600円?)と記録されている。 5月:バルザック、モーパッサン、次郎物語、冬の宿、イタリヤ物語、文芸、競馬本8冊 6月:里見惇集、父、村の司祭、贋金つくり、遠方の思い出、スタンダール、モーパッサン、得能五郎(伊藤整作?)、俳句研究、文芸春秋、近世小説、ゆうしゅん(優駿?) 8月:鏡花全集、モーパッサン、バルザック、文芸春秋、本代5件(書名不明)、競馬本1冊 9月:本代として9冊(書名不明)、文芸、サンデー毎日、競馬本4冊 10月:鏡花(全集?)、本代4件、競馬本12冊 11月:本代6件、競馬本3冊 12月:鏡花全集、本代14件 鏡花全集は1件2円60銭。 コピーが手元にない月あり(1,2、7月)。 この年、織田作は日本の作家では鏡花、里見、林、横光に興味をもち、外国ではスタンダール、バルザック、モーパッサン、ジイド(贋金つくり)などフランス文学を読み続けていたことが窺い知れる。 なお、スタンダールの「赤と黒」は昭和13年にすでに読んでいる。(稲垣真実「可能性の旗手織田作之助」) それと、競馬に熱中していたことが伺える。このことは後年の作品「競馬」に生かされることになるのだろう。 つけ買いをした主な書店は千日前の波屋書房とも言われている。