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~さわやかに香る風~

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 ピンポン!ピンポン!
 ようやくマジョンナの住む部屋の前にたどり着いた亮介と希色。
 亮介が慌しくそのチャイムを鳴らす。その横では希色が少し屈み気味になり息をついている。
「はいはいそんなに押さなくても出てくるわよ」
 そう言いながら扉を開け出迎えたのはマジョンナだった。
「先生!!」
 亮介が叫ぶ。
 ……。
 マジョンナは目の前の二人の様子を見て、瞬時に大事が起きたことを察した。
「…とりあえず、中に入りなさい。話は地下で聞くわ」


「姐さん!鏡はあったんか?」
 階下でニージョが聞いてきた。
 マジョンナはそれには答えずに、後ろの二人へと振り向いてその答えを求めた。
「持って…来ました」
 亮介がハンカチで包まれた手鏡を差し出す。
 途端に希色が目頭を覆った。
「立花さん…」
 亮介も彼女を見て眉をひそめた。
「…どないしたんや?」
 ニージョも異変に気付き、彼らの表情を確かめようと背伸びをしている。
 鏡を受け取ったマジョンナは、ハンカチを外そうとしてやめながら、亮介に聞いた。
「この中に、巧が…なのね?」
 コクリ、と亮介は無言で頷いた。
 それを確かめると、マジョンナは大きくため息をついた。
「…もっと注意しておくべきだったわ。あの鏡の性質は知っていたっていうのに…」
 そのままマジョンナは頭を抱えながらしばらく黙り込んだ後、周りの視線に気付き顔を上げた。
「あ、ごめんなさい。とりあえず座ってちょうだい」
 ソファーに座るや否や、亮介はマジョンナに聞いた。
「マジョンナ先生…、タクを助ける方法はないんですか?」
 マジョンナもソファーに座りながらそれに答える。
「うーん、そうね…あると言えば、あるのよ。私なら、この鏡を使って向こうの世界に行くことができるから」
「えっ!?」
 亮介が驚きの声を上げたのと同時に、ソファーに座ってうつむいていた希色も顔を上げた。
「あなた達と違って、私には鏡の向こうにもう一人の自分なんていうのは存在しない…だから、その辺りのルールを気にしなくても、これを使えば向こうに行けるわ」
 マジョンナは一旦間を置いて、再び続けた。
「でも…気になるのよね。巧が鏡を見たのなら、ミックもこっちに戻ってこれるはず…。どうして巧があっちに行くことになってしまったのかしら…」
「う~ん、謎やな。お互いが鏡の前に立ったら移動できるっていうルールをもってしても帰ってこれへんかったんちゃうか?普通の鏡でも出来ひんかったんやし」
 ニージョが短い腕を組みながら言う。
「でも…それなら巧があっちに移動出来たのはおかしいわ。ミックが彼を引き込んだのかしら」
 マジョンナが言うと、ニージョは思い出したようにマジョンナを指差し、言った。
「…もしかしてあの鏡、一方通行になってしまったんやないか!?」
 それを聞いてマジョンナは眉間にしわを寄せる。
「…なんですって!?もしそうだとしたら、あの子達が戻ってこれなくなってしまうわ!…いったい、何が起こってるっていうの…?」
「い、いや、姐さん…ちょっと言ってみただけやで…?」
 ニージョがマジョンナの前に立って言ったが、彼女はそれを聞いているのかいないのか、
「…色々考えてても仕方ないわ。私が行くわ」
 と言って、手鏡に覆われたハンカチに手を掛けた。
「ま、待ってください!」
 希色がそのマジョンナの手を止めた。
「わ、私に…試させてください」
 希色のその言葉に、マジョンナは黙ったまま、「何を?」と言う表情で彼女を見つめた。
「え、えっと…鏡の向こうの世界には、もう一人の私もいるんですよね?…だったら、私が鏡を覗いたら、彼女が戻って来れるかも…」
 マジョンナはそれを聞いてもしばらく彼女を見つめていたが、やがて視線を落として首を振った。
「…だめよ。可能性はあるかもしれないけど、これ以上犠牲者を増やすわけにはいかないわ。もし失敗して、あなたも鏡の向こうから戻れなくなってもいいの?」
 希色は一瞬たじろいだが、意を決したのか立ち上がると、視線を落としたままのマジョンナに目を向けて、答えた。
「それでも…構いません!巧くんがいなくなったままなのに、何もせずにはいられませんっ!それに…まだ戻ってこられないって決まったわけではないです!きっと何か方法が…」
 希色の言うことに、マジョンナは驚いたように顔を上げたが、途中で遮った。
「わかった、わかったわ。あなたの気持ちは十分にね。でも、やっぱりだめなものはだめよ。あなたまで巻き込むわけには行かない。もしものことがあって、あなたを助けられる保障はないし、向こうに行ってあなたに何ができるというわけでもないわ。そうでしょ?」
「それは…」
 希色はまだ何か言いたそうだったが、そのまま黙ってしまった。
「立花さん…俺も、先生に任せた方がいいと思う」
 それまで横で黙って聞いていた亮介が、希色をなだめるように言った。
 希色はその一言に答えることも頷くこともなく、険しい表情のまま、ソファーにがっくりと腰を下ろした。
「希色、わかって。あなたのためなのよ。さっきも話したけど、もしかしたらあなたたちの力が必要になる時がくるかもしれない。その時は迷うことなく協力をお願いすることになると思うわ。でも今はまだその時じゃない。私自身、どういう形で協力してもらうのか、まだわからないくらいだしね。もしもの時は、この鏡を通して何らかの信号を送ることにするわ。私だって戻って来られない可能性があるし」
 マジョンナはそこまで言うと、部屋にいる全員を見渡した。手鏡を持ち、部屋の魔方陣の真ん中に立つと、手鏡のハンカチ包みを剥がした。
 希色と亮介はソファーから立ち上がり、ニージョは魔法陣の側まで駆け寄る。
「ニージョ、二人のことは頼んだわよ。特に希色には、誤ったことはさせないでね」
 マジョンナはそう言ってにっこり笑って見せると、手鏡の面に手を触れた。
「姐さん…!」
 ニージョがマジョンナの足元まで駆け寄ったが、その時にはすでに彼女は鏡の中に姿を消し、代わりに上から降って来た残された手鏡に頭をぶつけたのだった。

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最終更新日  2006.11.08 12:05:18
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