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テーマ:お祭り(70)
カテゴリ:郷土の話題
昔日の面影はないが
九州北部には「くんち」と称する秋祭りが各地に継承されている。基本的には秋の収穫に感謝する祭りである。「くんち」の語源にはいくつかの説がある。 第一は、旧暦9月9日の「重陽の節句」に由来するという説で、重陽の節句は現代でも中国や香港、ベトナムなどで行われる。9が重なるから九日、これが「くんち」といわれるようになったという。季節の花の名から「菊節句」ともいった。 第二には、収穫物を神に供える日という意味で、「供日(くにち)」から「くんち」になったとする説である。通常は漢字の「供日」は用いないで、ひらがなで「くんち」と表記する場合が多い。 基本的には地域の氏神である神社から御旅所まで、神輿(みこし)による御神幸が行われる。そこに大名行列や稚児行列、山車(だし=曳山、山笠など)、囃子(はやし)、踊り、獅子舞などが加わる。加わる催しはその地域の伝統文化を表す。 「相知くんち2024ポスター」 (唐津観光協会HP)より その中で「相知くんち」には、上記のほとんどの要素が含まれる。 羽熊行列は大名行列の先頭を行くもので、奴(やっこ)姿の若者が長さ3.5m、重さ20㎏の毛槍を投げ渡しながら、掛け声とともに進む。その道具類は唐津藩最後の大名小笠原家から受け継いだとされる。唐津市の文化財に指定されている。 羽熊行列のほかに、熊野神社の御神輿行列、稚児行列、中山浮立、大野大黒舞など郷土の民族文化の紹介の場ともなっている。 開催時期はもともと10月19日だった。佐賀県内の伊万里くんちも10月19日だったし、日本三大くんちの一つに挙げられる唐津くんちは10月29日だった。このことは、「くんち←重陽の節句」説を補強するのかもしれない。 「進む山笠飾り付け」(10月17日撮影) (三菱相知炭鉱(1964年閉山)の全盛期は相知くんちも大変賑わった) ただ、数十年前からこれらのお祭りは人手が多くなる週末に行われるようになった。相知くんちは10月の第3金土日、伊万里くんちは10月第4金土日の開催となった。唐津くんちは、祝日の11月3日をはさんで2日、4日と行なわれる。 ↓ランキングに参加しています。良かったらクリックしてください。 写真日記ランキング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024/11/03 03:32:12 PM
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