奥尻島 その3
フェリーが、24日欠航で26日の午後便も欠航とこの時期、台風以外では、欠航は珍しいそうですが、綱渡りのような 奥尻滞在20時間でした。奥尻島で出逢ったどなたもが、心優しい方で15年前の西南沖地震の被災によって身近な大切な人を目の前で失った島の皆さんが、命の大切さを身を持って感じ、そのことが復興のいしずえになっていると島を訪れた私は、感じたのです。フェリーから宮津弁天宮が見えます。午後便が欠航予想のため、やはり波が高く、同船していた奥尻の方も船酔いすると言っています。せたな港に着いてから予想外の空き時間を利用し奥尻島に面している神社へと向かいました。そこは20年前、我家の子供たちと夏休みに数年間、訪れていたところです。地元の皆さんから、歴史のある神社と聴いていました。今回の北海道の東と西を繋ぐ神事のライン上にあたるところです。その鳥居のそばにある家紋を見て驚きました!我家と同じ家紋が神社の石碑に刻まれていました。翌日27日は、北海道に渡ってきた曾祖父の祥月命日であり天の計らいと先祖の計らいに お礼を申し上げました。フェリーが予定通りであれば、来れなかったのですから・・・帰りの車中、美しいダブルレインボウが架かっていました。 ”すべての出来事に心より感謝いたします ”