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カテゴリ:読書案内「翻訳小説・詩・他」
由良君美「みみずく偏書記」(ちくま文庫)―フクロウ氏へ捧ぐ―
「ハックルベリー・フィンの冒件」の案内の時に、若い、文学を愛するお友達に「フクロウ氏」などと勝手なニックネームを付けた手前というか、そういえばというか、自ら「みみずく」と名乗ったものすごい英文学者がいたこと思いだして書棚を探したのだけれど、どうもどこにあるのかわからない。 しようがないからアマゾンで「みみずく偏書記」(ちくま文庫)を買って読みなおし。読みながら ああ、そうだ!と思いだしたのが四方田犬彦の「先生とわたし」(新潮文庫)でした。 そういえば、学生の頃に現代詩や映画評論の雑誌で名前を知っていた由良君美を、後年 ああ、そういう人なの!って教えてくれたのがこの本でしたね。 というわけで、四方田君の「先生」で、つまり、ぼくが「みみずく」で思いだしたのが由良君美という人です。 本人のエッセイ集、たとえば「みみずく偏書記」でも、四方田の「先生とわたし」のどちらでも、お読みになれば、きっと理解していただけると思うのですが、只者ではありません。これは断言できます。 本人が「ミネルバの使い」を自負して「みみずく」と自称していたような人だから、まあ、見当はつくと思うのですが、たぶん、見当の遥か彼方の人だということに呆れるにちがいありません。 もともと、というか、大学の先生としてはイギリスのロマン主義文学の研究者であったわけで、フランスならユーゴーとかバルザック、ドイツならやっぱりゲーテというふうにビッグネームが出てくる時代の思潮ですが、ぼくの場合、イギリスというと、んっ?となってしまうんですね。 まあ、物を知らないのだから仕方がありません(笑)。人生先は長いと慰めるほかに方法はないのですが、横文字はもうだめだろうと思うと、トホホ・・・ 詩人で哲学者のコールリッジとか、画家で詩人のウィリアム・ブレイクが専門だった人であるようですね。こちとら、だいたい、この名前にピンとこないレベルなわけで、こまったもんだ。 付け加えれば、由良君美という名は、ぼくのような、70年代後半育ちのお調子者のミーハーには、三人とも今ではもう亡くなってしまったのですが、フランス文学の澁澤龍彦、ドイツ文学の種村季弘と並んで出てくるヨーロッパ異端文学、奇想文学の御三家ともいうべきビッグネームです。 1970年代の終わりの頃、「ユリイカ」や「映画批評」の紙面で活躍していた、映画、マンガ、絵画、なんでもござれの博覧強記の人という印象です。 そのうえ、さらに、「アリス狩り」の高山宏と映画論の四方田犬彦がお弟子さんだと知って、 「なるほどなあ‥‥」とうなってしまうしかないような人です。 何を紹介しているのかわけがわからないことになってきたが、例えばこの本に書かれている内容は、ぼくのようなミーハーがとやかくいうレベルじゃない面白さで、一度お読みになれば、好きな人はやめられないという、まあ、そういうタイプの、というか、オタク向きのというか、そういえば、お弟子さんの四方田犬彦と高山宏も同じようなタイプですが、得したと思うか、わけがわからんというかは、その人次第という典型ですね。 まあ、一度手にしてみてください。手に入りにくいのですが。 2018/07/21 ボタン押してね! にほんブログ村 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.05.06 23:15:31
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