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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2019.05.13
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​​​​​​​ エドガー・フォイヒトヴァンガー「隣人ヒトラー」(岩波書店)​


  市民図書館の新刊の棚で出会って、なにげなく読みはじめたが、歴史書というよりも映画の脚本を読んでいる感じ。独特の臨場感は編集されているとは思うが、悪くない。内容はいまこの国で起こっていることとかなり重なってリアル。​

 1929年、少年は五歳だった。

 少年の家の正面には「黒い小さな口ひげ」の男が住んでいた。少年は二階の窓からその男の暮らしを毎日覗いていた。

​​《そこには、ちょうど黒い大きな車がやってきて停まったところだった。兵隊さんみたいな制服を着た運転手さんがぐるっと回り込んで、後部座席のドアを開ける。中から男の人が出てきて、ボビーおばさんをじろじろ見て、つぎに公爵を見て、それから目をあげてぼくのほうを見た。その人は黒い小さな口ひげをくっつけていた。パパのとおんなじようなやつを。》​​
 1939年、少年は十五歳になった。
​「奴らの至高の能力を、我々は知らずにいたのだ。汲めども尽きせぬ泉のごとく湧き上がるその無駄口、あるいは惚れ惚れするような嘘の腕前である。ついに私は奴らを憎むようになった。」(ヒトラー「我が闘争」)​​
  少年の隣人、「黒い小さな口ひげ」は帝国の総統になりあがり、こんな言葉をまき散らしていたが、人々は大喜びで彼を支持し、すでにオーストリアもチェコスロバキアも帝国に併合し、世界戦争は目の前に迫っていた。
​「ユダヤ人から身を守ることは、ひいては神の創り給いしものを守るための闘いなのである。」(ヒトラー「我が闘争」)​​

   ベルリンオリンピックが開催され、レニ・リーフェンシュタールはアーリア人賛歌を「民族の祭典」という映画に仕立てたて宣伝した。一方、街角では写真のような光景が日常化し、ユダヤ人の逮捕、拘禁は権力の思うまま、アウシュビッツの世界は目前に迫っていた。

「黒い小さな口ひげ」男の帝国を脱出する最後のチャンスに少年の家族は賭ける。
《パパと連れ立って広いミュンヘンの駅を歩いていく。僕用のちっちゃなトランクを下げたパパ、パパの貸してくれたスーツを着ている僕。マフラーの網目から入り込む風がひやりと首をなでて僕は上半身をぶるっと揺すった。兵士たちが数人がかりで書類を確認する。ぼくのロンドン行の片道切符と、パスポートと、正規のビザ。パパのはオランダ国境の町エメリッヒまでの往復切符。眉一つ動かさず「行け」の合図をする兵士たち。ぼくはここ数日で間に合わせに詰め込んだフレーズを頭の中で何度も繰り返した。
「My name is Edgar」「How do you do?]「How old are you?」そしてもうひとつ。でもこれは、もう決して発するはずのない言葉。「I am a jew」。僕はユダヤ人。」》
​《さあ、国境だ。ここで降りるパパを見送りに乗車口まで行くと、SSの兵士がパパの書類を確認して、それからにこりともせずに、なんでこのユダヤのガキと一緒にドイツを出て行かないんだ、と言いながら偉そうに僕を顎で指した。パパは答えなかった。僕も答えなかった。だけど僕にはわかっていた。パパはいま初めて、心の底から、怖くなんかないと思っている。今日の僕たちに怖いものなんてない。もうあと少しすれば僕たちはドイツ人じゃなくなるんだ。二度と、一生。》​
  2012年、少年は八十歳を越えた。​

 歴史家として暮らした老人が、少年に戻って、最初の十年を物語たった。あの「黒い小さな口ひげ」男の隣りの家で暮らした思い出の日々。聞き手はフランスのジャーナリスト、ベルティル・スカル。​


 私たちのこの国の現在の危機的諸相が、ここにはすべてそろっている。失政の責任転嫁。貧困の排外主義による隠蔽、政治の宗教的、道徳的正当化。そして何よりもイメージによる扇動と言葉のもてあそび。イノセントな目に映る世界の異常は、やはり、破局の前兆だった。
 いやはや、ホントにヤバいと思いますよ。(S)

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最終更新日  2021.01.05 23:59:00
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