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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2022.06.09
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​ホルヘ・ルイス・ボルヘス アドルフォ・ビオイ・カサレス
「ボルヘス怪奇譚集」(晶文社・河出文庫)
​ ホルヘ・ルイス・ボルヘス1899年8月24日 にアルゼンチンブエノスアイレスで生まれ、1986年6月14日スイスジュネーブで亡くなった、文字通り天才詩人です。天才をつけるなら文学者より詩人がいいなと思ったからそう書いたまでですが、まあ、一言「天才」といった方がいいのかもしれません。なんで、天才というかといえば、ぼくごときには、いったいこの人物が何者であるのか、読んでも考えても、まあ、よく分からないからですね。​
​ で、ここに1冊のアンソロジーがあります。「ボルヘス怪奇譚集」。今では河出文庫で読むことができるようですが、1976年、ぼくがまだ学生だったころに晶文社から翻訳が出た本です。​
​​ 要するに「怪奇譚」ですが、アンソロジーと言ったのは、世界中の書物の中からボルヘスカサレスという作家の二人が探してきた「怪奇譚」が、何の手も加えられることなく載せられているだけだからです。​​
 「千夜一夜物語」とか「荘子」とかにはじまって、まあ、ぼくがその書物や著述者の名前を知っているだけでも、プルターク英雄伝、ギボン、モーム、ヴァレリー、カフカ・・・・と際限なく出てきます。知らない人や書物もたくさん出てきますが、それらの書物の数行、ないしは数10行が抜き出されているだけの本です。もっとも、すべてが実在の書物なのかどうか、相手がボルヘスなので明言できませんが、引用にはすべて出店が書かれていますから、この本の場合は実在からの引用だと思います。
 訳しているのは、​あの!柳瀬尚紀です​あの!と言ったのはジョイス「フィネガンズ・ウェイク」を訳した人だからですが、「それがどうした!?」といわれてしまうと返事のしようがありません(笑)。
​​ で、その柳瀬尚紀「訳者あとがき」でこんなふうに解説しています。​​
 ​ボルヘスには笑いがあるということを、訳者は近頃しばしば思うようになった。さきに四苦八苦しながら「幻獣辞典」を翻訳した過程でも、ときおり笑いにすくわれるようなことがあった。そういえば、たとえばカーター・ホィーロックもその精緻なボルヘス論「神話創造者」の冒頭で、「驚くべき、深遠な、ユーモラスな、幻惑的なボルヘスの幻想の世界」と記していて、《humorous》の一語を忘れていない。本書はいわば《おかしみ》のアンソロジーとして読むことができる。
 とはいっても本書はたんにさまざまの《おかしみ》のアンソロジーではなく、反復されるおかしみのアンソロジーである。本書のおかしみに出会って弛緩する我々の知的な筋肉がふとこわばるとすれば、それはここにおさめられた短い話(テイル)の背後に、いや前後に、あるいは過去と未来に《反復》というおぞましい影を何重にも見るからだ。現に、ボルヘスのおかしみを語る訳者自身、カーター・ホィーロックを反復しているではないか。
 アントニー・カーリガンは、「われわれが反復しないなら、それは臆病だ」といい、ルイス・マクニースを引用する(英語版序文)。
 新しいものが何ひとつないことを
 知っているがゆえに何ごとをもはじめないのは
 衒学的な詭弁―
 原罪だ。
​ ​というわけで、ぼくがいうことはなにもありません。でも、それでは、あんまりなので、ぼくの頭でも面白いと思ったところを引用します。柳瀬氏がおっしゃるところの反復の反復ですが、まあ、文学というのはそういうものだということですね(笑)。​​
囚われ者の誓い
 黄金の銅の壺から外へ出してくれた漁師に妖霊はいった。
「わしは異端の妖霊のひとりで、ダヴィデの子ソロモン(ふたりとも安らかならんことを!)に背いたのだ。わしは負けた。ダヴィデの子ソロモンは神のいだけとわしに命じ、自分の命令に従えといった。わしは断った。王はこの銅の器にわしを閉じ込め、蓋に至高の御名を押し、服従した妖霊に命じてわしを大海の真只中へ投げ込ませた。わしは心の中でいったのだ、『わしを救い出してくれるものがあれば、そいつを永久に金持ちにしてやろう』とな。ところがまる百年たっても、わしを助け出してくれる者がいない。そこで心のなかでいったのだ、『わしを救い出してくれる者があれば、そいつに大地の魔法を残らず明かしてやろう。』しかし四百年たっても、わしは海の底だった。それからわしはいった、『救い出してくれる者があれば、そいつに三つの願いをかなえてやろう。』しかし九百年たった。そこでやけっぱちになって、わしは至高の御名のもとに誓ったのだ。『わしを助け出してくれる者があれば、そいつを殺してやろう。おお、わが救い主よ、死ぬ覚悟をせい!』」
​「千夜一夜物語」第三夜(P48~49)
​物語
 王はクシオスを完全に別な国に連れ去れと命じた(「余は汝を死に処するが、しかしクシオスとして死ぬのであって、汝として死ぬのではないぞ!」)。彼は名前を変えられ、顔立ちの特徴も巧みに削り取られることになった。その新しい国の人々は彼に新しい過去をつくり、新しい家族を用意し、彼自身の才能とは似ても似つかない才能を準備しておくことになった。
 たまたま彼が昔の生活の何かを思い出すと、彼らはそれを打ち消して、彼が狂っているとか何とかいいきかせるのだった・・・・。
 彼のために家族が用意されていて、妻も子供たちも彼の妻であり子であるといった。
要するに、一切が一切、皆が皆、彼におまえはおまえではない人間だと告げるのだった。
​ポール・ヴァレリー『未完の物語』(1950)(P124)
おそらくは幻惑的な
 仮面の男は階段を登っていた。彼の足音が夜の闇にこだました。チク、タク、チク、タク。
​アグゥイル・アセベド『幻影』(1927)(P127)​
 いかがでしょう。河出文庫で読めるそうです。バスとか電車とかでスマホとか覗いていないで、こういうので首を傾げるというのもアリではないでしょうか。
 ちなみに、今回の案内のきっかけは、年相応に自分の部屋でよろけて、書棚から転げ落ちてきた数冊の一冊ということで、他意はありません。どうぞ、お楽しみください(笑)。

追記2022・06・09

​​ 英語圏の文学の翻訳といえば、最近(?)では柴田元幸さんが有名ですが、1970年代のスターは柳瀬尚紀さんでした。今回取り上げたボルヘス「不思議の国のアリス」のルイス・キャロル、そして「飛ぶのが怖い」のエリカ・ジョングロアルド・ダール・コレクションジェームス・ジョイス「フィネガンズ・ウェイク」1990年になってからですが、話題の新刊書は書店に平積みされていました。お調子者のぼくは早速購入しましたが、歯が立ちませんでした。その後、河出文庫になりましたが、やはり絶版のようで、調べてみると、文庫の古本としては破格の価格になっていて驚きました。
 柳瀬さん1943年のお生まれでしたが、2016年に亡くなられたようです。昔の職場の同僚の方で、早稲田で同級生だったという方のお話をうかがったことがありました。「フィネガンズ・ウェイク」が出たころのことです。内容は忘れてしまいましたが、その方が柳瀬尚紀と知り合いだということがうらやましいと思ったことだけ覚えています(笑)。​

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最終更新日  2022.06.09 09:10:52
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