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カテゴリ:読書案内「翻訳小説・詩・他」
100days100bookcovers no88 88日目
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ「半分のぼった黄色い太陽」(くぼたのぞみ訳 河出書房新社) KOBAYASIさんが、岸本佐知子の翻訳したルシア・ベルリンの作品集『掃除婦のための手引書』を紹介してくれてから一ヵ月も経ってしまいました。いつものことながら遅くなりました。今回の言い訳は、学期末の仕事と家族(同居も別居も)も自分も体調を崩したりして、なかなか、手を付けられなかったということです。すみません。ただ、この文章を書こうと心の中に留めておくことが、つい怠けがちな私を立ち直らせてくれています。みなさんお付き合いくださり、ありがとうございます。 KIOBAYASIさんは岸本佐知子のツイッターをチェックされているんですね。そういえば、ショーン・タンの絵本展の紹介もしてくれていましたね。岸本氏はたくさん仕事されていて、ルシア・ベルリンにしても、ショーン・タンにしても、英語圏の人気をよく知っておられる旬の翻訳者なんでしょうか。 私が岸本氏を知ったのは、車の運転中に偶然聞いていたラジオ番組からでした。10年くらいたちますか。NHKの「トーキング ウイズ 松尾堂」に、作家の西加奈子と翻訳家の岸本氏が登板されて、本の魅力を語っていました。道は渋滞していたのですが、おかげで本好き人の話にすっかり聞き入ってしまいました。そのときに取り上げられた中の一冊をその後すぐに読みました。印象に残っていていつか誰かと話したいなと思っていました。実はずっと岸本氏の推薦だと思っていたのですが、今回この二人の名前と本のタイトルを並べてググってみたら、ちゃんとその番組の日付から、本のタイトルも上がっていたから、びっくりしました。季節や場所は覚えていますが、何年だったかは覚えていません。10年ほど前かなと思っていたら、8年前の2014年1月12日の日曜日でした。日付までわかってしまった。PCはやっぱりすごい。紹介していたのは西加奈子氏でした。でも、岸本佐知子の対談で話題になったという縁でやっぱりこの本にします。 『半分のぼった黄色い太陽』チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ くぼたのぞみ訳 河出書房新社 著者アディーチェは、最年少のオレンジ賞(イギリスの女性文学賞。現在はスポンサーが複数となり、名称も「女性小説賞」となっています。ちなみに、このあと、最年少はさらに更新されたらしいです。)受賞者として有名になったらしくて、受賞後3年ほどで、日本語翻訳も出版されています。よくご存じかもせれませんが、一応紹介します。 1977年、ナイジェリア生まれ。大学町スッカで育つ。イボ族の出身。ナイジェリア大学で医学と薬学を学び始めるが、19歳で奨学金をえて渡米。大学で政治学とコミュニケーション学を専攻、クリエイティブ・ライティングコースでも学び、次々と作品を発表。2003年にO・ヘンリー賞受賞。その後さまざまな文学賞を受賞し、2007年に『半分のぼった黄色い太陽』でオレンジ賞受賞、ベストセラーとなる。ナイジェリアと米国を往復しながら新作を発表している。 「半分のぼった黄色い太陽」というのは、3年だけあった「ビアフラ国」の国旗です。 骨が浮かび上がるほど痩せているのにお腹だけ膨らんだ「ビアフラの子」の写真は、かつて新聞に載っていました。目を離すことができず、今も網膜に焼き付いています。あのころ、栄養失調を「ビアフラの子」みたいという常套句で言われたのをよく耳にしました。自分と同じ年ごろのはずなのに、もっとずっと小さくてやせている子の写真を見て、激しいショックを受け恐ろしく思いました。しかし、その後もビアフラで何が起きていたのか知らなかったし、知ろうともしなかったことに気がつきました。これは偶然の采配。読むべき本に出逢ったと思いました。(ただ、これはノンフィクションではないので、そのつもりを忘れないように気を付けました) それで、ナイジェリアってどんな国なのか、ビアフラ国はいつできて、なぜ3年しか持たなかったのか。まずはWikipediaをざっと見てみました。 ナイジェリア連邦共和国 ビアフラ共和国 (1967年5月30日―1970年1月15日) このビアフラ戦争を背景にした小説なので、内戦の混乱、腐敗、飢餓、といった状況はもちろん大変なのですが、登場人物たちに戦争に巻き込まれてかわいそうという思いは持てない小説でした。すごい、あっぱれ、なるほど、そうなのか、などと意外な感想を持ちました。著者は、(戦争に巻き込まれて気の毒、かわいそう)といった固定観念の先立つ読み方を拒否しようとしています。語り手もひとりではなく、3人にして、多様な見方を提供しています。(著者は『シングルストーリーの危険性』という講演を行っていて、動画をネットでも見ることができます。) 最初の語り手は13歳の田舎出身の利発な少年ウグウ。大学教師オデニボのハウスボーイで、解雇されないように家事全般から語学や途中でやめた小学校レベルの勉強も頑張って身につけようとしています。オデニボは独立間もないナイジェリアの将来に自信と希望を持つ数学教師で、日々教師仲間を自宅に招いては政治の話をしたり、テニスを楽しんだりしている民主的理想的教師。主人公らしいのは、オデニボの恋人オランナ。オランナは富裕な政商の娘だが、オデニボに恋をしてロンドン留学をやめて、彼と暮らそうとしています。この3人だけでも、話す言葉が違います。ウグウはイボ語だが、英語を話すことに憧れ、一生懸命学びます。オデニボは、ウグウには「英語のスライドする音の混じったイボ語、しょっちゅう英語を話す人のイボ語、ラジオから聞こえてくるような歯切れのいい、正確な英語」を話します。オランナの英語は「もっとやわらかな英語、完璧な英語」です。 こんなふうに、ウグウは初めて出会ったオデニボの周囲の人たちの言葉や話ぶりから、語彙の意味は理解できなくても、その人の出身部族や性向や相性を感受している。ちょっとしたことですが、言葉によって、少年が世界の広さを感じているようすが想像されました。 3人目の語り手はハンサムで気弱なジャーナリスト、リチャード。彼はジャーナリストと言ってもたいした仕事はしていません。ナイジェリアのイボ=ウグウ遺跡の美しさに惹かれて、それをテーマに創作できればいいなと思ってナイジェリアにいるパトロンのような女性のもとに身を寄せています。その彼がひと目で恋に落ちたのがオランナの双子の姉、カイネネ。カイネネは美しいオランナとは見た目も性向も全く似ていません。カイネネはオランナとは違い、時には父の片腕となったり、あるいは独立してビジネスの世界に生きて忙しく飛び回っています。 この2組の恋人たちのスリリングなラブストーリーと、ウグウの成長と、戦争が前になったり、背景になったりしながら、3人の語り手が語る体裁になっています。 ストーリーは紹介しませんが、一つだけ種明かししますね。 「私たちが死んだとき世界は沈黙していた」 という言葉が何度も出てきます。ビアフラ戦争を内側から見た文章です。中身はリチャードが書いていた文章ですが、最終的には別の人がこの文章を書き上げたようです。よかったら、読んでみてください。 初めて読んだ現代アフリカ文学でした。ナイジェリアはそのうち人口が世界第3位になる大国だそうですね。この本を読んでからは、サハラ地域だけではなくナイジェリアのことも気にかけています。石油の発見とビアフラの独立が同じころで、グッドニュースかと思いきや、なかなかそうはいかないものなのですね。 SIMAKUMAさん 待ちくたびれさせてすみません。あとをよろしくお願いいたします。2022・07・30・E・DEFUTI 追記2024・05・16 投稿記事を 100days 100bookcovers Challenge備忘録 (1日目~10日目) (11日目~20日目) (21日目~30日目) (31日目~40日目) (41日目~50日目)(51日目~60日目)(61日目~70日目)(71日目~80日目) (81日目~90日目) というかたちまとめ始めました。日付にリンク先を貼りましたのでクリックしていただくと備忘録が開きます。 追記 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.05.22 14:07:32
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